電磁波の女。

街中で広告や様々な案内表示に
モニターが使われることが格段に増えたと思う。
電車の行き先案内や、街中の広告など
あらゆるところで見かけるようになった。
最初は不思議に感じていたが、
すっかり普通だと思うほどに馴染んできた。
ポスターの貼り変えなどもいらないため、
色んな意味で便利なのだろう。
何種類もまわしていけるのも使い勝手が良いポイントか。

私が新卒で入社した会社は小さなデザイン事務所だった。
私と社長夫婦と年配の女性の四人だけ。
働き初めて一年経った位だろうか、
私にとって初めての後輩が入社してきた。
高校を卒業したばかりの女の子だ。

私はそんなに人付き合いが得意な方ではない。
話していて、なんとなくだが
その子も同じようなタイプだと感じた。
しかし歳も近く、絵を描くことが好きで入ってきた子だ。
少しずつでも仲良くしていきたい。
初めての後輩に、下手くそなりに教えたり
ちょこちょこと話しかけたりした。

その子が入社して１週間くらいだろうか。
社長にそっと教えられた。

「彼女は辞めることになった」

私はビックリした。何で？と思った。
今ならどうしようもなく合わなかったとかも解るし
急に辞める人もいることは理解できる。
しかし、当時の私はとにかくビックリした。

彼女は急に来なくなる、所謂トンだような感じではなく
はっきりと覚えていないが辞めると聞いた
翌日だか翌週だか、とりあえず早々に来なくなった。

私の教え方が悪かったのか。
何か嫌なこと言ってしまったのか。
色々と考えた。さっぱり解らなかった。

辞めると聞いたあと、たまたま二人きりになった時に
勇気を出して聞いてみた。なんで辞めるの？と。
彼女は苦笑いを浮かべてこう答えた。

「私、電磁波がダメなんです」

電磁波…？

当時の私たちの仕事は一日中パソコンに向き合い
ひたすらにデザインの制作をするものだった。
(といっても資料を集めたり納品に出掛けたり
普通にPC作業以外のこといっぱいあったけど)
彼女いわく、仕事の中でパソコンの画面から本体から
絶え間なく発生する電磁波を浴び続けるのが
彼女の体には悪いとのことだった。

お、おぅ、そうか。

私はそれ以上の言葉を返せなかった。

電車などでよく、優先座席の付近では
携帯を使ってはいけないとか
病院などで携帯を使ってはいけないとか
(最近もそうなんですかね？)
よく知らないが電波が機械に影響を与える事があり
気を付けなければいけないことがあるとは知っている。

PCやタブレット、スマホなどの画面を見続けると
目が疲れてきたり、視力の低下を呼ぶ恐れがあることも
知っている。
子供の頃はよくテレビから離れて見なさいと怒られた。
今も、アニメの最初に部屋を明るくして離れてみてね、と
案内が入ることも知っている。

先に上げた例は、なんとなくこれまでの暮らしの中で
当たり前に情報として入ってきたもので
細かい理由や理論的な事では違うと解っている。

けど、私にとってはなんか大体が
機械の電波的なあれだろ、とざっくりと認識している。

あの女の子はどれだったのだろうか。
パソコンと一日中にらめっこするということは
これまで無かったのであろう。
ちゃんと病院には行けたのだろうか。
お腹が痛くなったのか、頭が痛くなったのか
それとも気分が悪くなってしまったのだろうか。

今となっては確認できない。
それでも、街に大きなモニターが増える度、
電車などにモニター表示が増える度に思う。
あの子、電磁波大丈夫かな、と。