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ルームチューニング⑤

☆プロローグ

ホームシアターやオーディオのルームチューニングにおいて、「反射」というのがしばしば問題になる。反射とは、もちろん音の反射である。映画のように映像つきの場合には光の反射の対策を真剣に考えなければならないが、今日は音の反射の話。

硬い壁面を指して人は「反射がきつい」という。柔らかい壁面を「反射が穏やか」だと言う。このような硬さと柔らかさが、オーディオルームの音質にどのような弁証法を生み出すことになるかを考察するのが、今回の記事である。ところで、定在波とは入射波と反射波の合成である。


☆石井式

石井伸一郎氏の監修のもと、松浦正和氏が作った『石井式リスニングルーム研究』のサイトにダウンロードページがある。「四角い部屋の低域伝送周波数特性をシミュレートするプログラム」である。入念に作り込まれた定在波分析のツールであり、そこに以下のようなパラメーターの説明がある。

 壁などの反射率は0.85あたりを基準として硬く反射が多い壁なら、0.9程度に、逆にふすまや障子など反射が少ないと考えられる場合は0.7程度に設定すると良いでしょう。ちなみにフローリング床なら0.9、畳なら0.85あたりが現実に近い結果が得られるようです。(反射率はあくまで低音域を基準に考えてください)

http://hoteiswebsite.c.ooco.jp/room/download/index.htm

壁面が反射の強いものだと0.9であるとしても、襖や障子で0.7である。また、床がフローリングであると反射率は0.9、畳であると0.85あたりらしい。フローリングと畳の設定上の違いは0.05。だが、この0.05という数値上の小さな違いは、実際の聴感ではだいぶ違ったものになるのだろうか?反射のきつい壁面と襖や障子を比較したり、フローリングと畳の比較をしたことがないので、適当であるが、多少の違いになるのだと思う。0.05程度というのは初心者が思案にくれるべき事象ではないだろう。しかしまた、セッテイングの1mmに拘るような人たちにとっては意味を持つはず、ということ。


☆スクリーン・フレームと定在波

今のオーディオルームは部屋の設計段階からスクリーンにカーテンを作ろうかと計画していた。ルームの完成後でもカーテンの設置は可能だからと後回しにした。その後、様々なルームチューニングの試行をしながら何度か検討したのだが、そのたびに立ち消えで、今になった。

私のスクリーン、キクチのグレースマットは張り込み式で、フレームサイズは幅が約290cmで、縦が約175cmの120型である。巻き上げ式はスクリーンに皺が入ったり、平面性が弱かったり、という弱点がある。しかし、音質という観点ではあのケースが最悪である。何らかの音を出せば、巻き上げ用のケースの中に音が間違いなく入るが、手の施しようがないことになると思われたので、画質も音質も問題ない、張り込み式にしたのであった。

それで今のルームを使い始めた当初、非常に悩まされたのは、「わーんっ」とエコーが<どこからか>聞こえてくることだった。どこから聞こえてくるのか分からないので、困ったのである。その「わーんっ」はスクリーンのフレームであったことが後に判明するのだが、スクリーンのフレームが「わーんっ」と聞こえてくるのが、いったいなぜ分からなかったかというと、他にも異音を出している箇所が無数にあったからであり、かつ、定在波によって再生音の中にそれらの無数の異音が混ざってしまい、異音の位置が発生源から移動してしまい、結局、異音の正体が分からなかったからである。

そういうわけなので、「わーんっ」の正体は暗中模索する過程でやっと気付いた。正確にいうと、半分くらい理解した。半分というのは、何かをするとまた新しい発見が出てくるのである。この辺のことは、『FOCAL、Sopra no.2…by LUXMAN』という記事でも取り上げた。とにかく定在波が絡んでくると究極的には実体がつかめないのである。私の場合、部屋の無数の箇所のダンピングを進めることで、やっと理解が進んだのであった。例えば、私のオーディオルームには10個のガラスのカバーで覆われたLEDが高さ2m50cmオーバーのところに緩いV字型に並んでいる。

画像の左側がオーディオルームの前方で、画像の右端が膨らんでいる部分は出入口を示している。上の方に丸い点が5つあるが、それが照明用のLEDである。LEDを同じ高さに並べなかったのは、LED間で反射が起こることを恐れたため。なお、LEDの電源はオーディオや映画に使うのとは別の回路に属している。また、画像の左上方にはエアコンが図示されている。

わざわざこんなに高いところに付けるように設計したのは、ノイズを出すことは分かっていたので、スピーカーや自分の耳から遠いところのほうがよかろうと考えたからである。ただし、その高いところに設置する音質上のメリットはたかがしれたものであった。照明のなかのバネやソケットの周辺にある諸々もまた鳴いていたのだ。しかし、下の画像のように、照明をダンピングしていった結果、スクリーンが盛大に鳴いていることに気付いたのであった。

光っているLEDの両脇に黒いのが左右にある。あれはカバーを固定する部品で、ブチルテープでぐるぐる巻きにした。その付け根にバネがあり、それが盛大に鳴いていたので、それも処置した。照明のダンピングは音質的には重要ですが、もし試す場合には耐熱温度に気を付けてください。照明器具は発熱していますから、難燃性能が高い部材を使わなければなりません。

両サイドの高いところにある10個の照明をダンピングしてみて、部屋のS/N比は上がったかもしれないが、静かになったわけではない。なぜなら照明を黙らせて、スクリーンフレームが鳴いていることに気付いたからだ。フレームが「わーんっ」と鳴いているのが、はっきりと聞き取れた。当たり前だろと思うだろうが、私の中では大発見であった。

アバックとキクチ科学研究所のスタッフがフレームにニードルフェルトを充填して、フレームの溝の中でスプリングが異音を出しているのを止める手助けをしてくれた。なお、写真では見えない外周にはレアルシルトを張りまくっている。

ということで、私のホームシアターのスクリーンは画質が良いだけではなく、「わーんっ」と鳴かないことで、音質を劣化させないフレームとなった。しかし、スクリーンはスクリーンなので、2m90cm x 1m75cmほどの平面がスピーカーの背後に広がる。何もない平面というのは音には良くない。そこで現段階ではスピーカーの背面とスクリーンの距離は1m50cmほどに設置している。また、スクリーンの対面、つまり背後壁は下の画像を見ていただくと分かるように徹底してある。

ルームの背面

ということで、スクリーンの平面が絡むところで最も定在波を悪化させるのは対面であるので、対面である背面壁を処置すれば定在波は緩和されるはずなのであるし、その初めの頃に手を付けたのが、上の画像の奥、中央部に紺色のカバーの下の黒のピラミッドである。これは効いた。LEDライト10個をダンピングするよりも、2m90cm x 175cmのフレームをダンピングするよりも、 ずっと音質が良くなった。なぜならこのピラミッドの対面はダンピングしてあるとはいえ、2m90cm x 175cmのフレームが作り出す平面であるから、その定在波の少なくとも一部をピラミッドが粉砕したのである。このピラミッドは実は狙い通りの位置ではない。プロジェクターがあって狙い通りの位置に置けないのである。しかし、それでも私が実施してきた定在波対策で5本の指に入る音質改善効果であった。

このピラミッドによる定在波解除の話をさるマニアにすると、なぜだか数倍の値段の調音材を勧められた。その人は「ハイエンド」調音材をとっかえひっかえしていた。ルームチューニングの本質をまるで理解できていないからそうなるのである。

いったん話をまとめると、ルーム内のオーディオシステム以外にもダンピングを進めることは重要であるが、それが第一ではないということである。第一は定在波と闘うことである。スピーカーにはバッフルがある。バッフルは面を構成する。したがって、あとは壁でも床でも平面がありさえすれば定在波は発生する。だから、執拗な定在波への対策を進めることが重要なのである。しかし、繰り返すが、定在波は実体をつかみにくい。本質的に、遠回りしながらでないと対策は進まないのかもしれない、私がそうであったように。

☆今度こそスクリーンにカーテン

上の話はカーテンをスクリーンにつけるという話で始まったが、紆余曲折を経ることになった。もう一度その紆余曲折をまとめると、当初スクリーンにカーテンをつける目的は定在波対策のつもりであった。しかし別のことをやり続けた結果、スクリーンにカーテンをつける理由がなくなったということである。さあ、そこで実験である。下の黒い物質は今治産の柔らかいがコシがあり、分厚く内部に空気層をもつ綿のタオルである。2mx1m40cmの大振りで、重量は1kg。

今治タオル。1枚、5000円。光が当たってグレーっぽく見えるが、真っ黒。

この大振りのタオルを、カーテンに見立てて、スクリーンに設置してみる。

アルミテープだと思っていたが、アルミテープではなかった重量級のテープでフックをダンピングした。まだ少しだけ鳴く。もう少しダンピングすべき。

まず、右側だけやってみた。右側というのは、『ルームチューニング④』で右側の調音材を再調整したら、右側に寄っていた音像が左に動いた。そこで、この分厚いタオルを右側だけつけると同じ趣旨の効果が得られるか試したかったから。

試聴してみると、音像の動きはあまり感じられなかった。しかし風合いは少し良くなった気がした。そこで、カーテンを左右両側に取り付けてみた。

写真だとはっきり見えるが、リスポジでは実際には、ただ暗いだけで、ほぼ何も見えない闇。

約2mx1m40cm x2の平面を分厚い綿で覆ったわけだが、音像の動きはほとんどなく、定位の仕方に変化はない。恐らくだが、低域の特性もほとんど変化がないのではないか。ここで、石井式の「四角い部屋の低域伝送周波数特性」の話に戻ろう。床がフローリングのように硬いか、畳のように柔らかいかの違いは「0.05」であった。それに関して私は、壁や床が硬いか柔らかいかの違いは、聴感でも「0.05」程度の違いであろうと感想を書いた。

今、改めて感想を述べると、やはりそんな程度としか言いようがないのである。しかし、この今治タオルは気に入ったので、寝具ではなく、そのままオーディオ用にすることにした。

音質の傾向が丸くなる。私のスピーカーはFOCALのSopra no.2であるが、中高域は非常にシャープでストレートである。低域からアイソレートされたキャビネットに、ダンプの効いたユニットでベリリウムのツィーターである。しかも逆ドームであり、全体は「く」の字に屈折して、音は集約され、指向性は抜群に高い。虚飾がないだけでなく、遊びもない。ところで、最近、PCM系の音源を爆音にするとぴきぴきとした音像の切れ目が耳について不快に感じていた。

こういう負の症状は吸音過多の典型的な症状であろう。しかるに、大振りで厚手の今治タオルは、このような症状を悪化させることになるはずである。しかし、事態は逆だった!これはなかなかいいオチではないか。

吸音系のタオルは中高域をカスカスに抜いてしまい、潤いや芳醇さを剥奪して、聴感をきつくするのではなかったか?しかし、私はこの厚手の今治タオルによって、音像のエッジが丸みを帯びて、心地よくなったと感じているのである。

なぜ吸音して音が尖るのではなく丸くなるのか。私のスクリーンはバネの張力で平面性を保っている。ところでスピーカーから音を出せば、スクリーンの表面で音が反射するが、バネの特性によって反射音は大いに歪むのではないか。その「柔らかさ」に起因するトランポリン仕掛けの歪みを、今治タオルが覆い、たぶんスクリーンが発出する歪んだ反射音が沈静化されたのではないだろうか。たしかに今治タオルによって音量は幾分か減った。吸音は確実に行われたわけだ。しかし、悪さをする反射音の影響のほうが再生音に対して大きかったわけだ。


新しい酒は新しい革袋に盛れ、である。