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【古典ギリシャ語をはじめませんか?】第2回:古代ギリシャの名言・格言

堀川宏

なんとなく心惹かれるけれど「難しい」とも言われる古典ギリシャ語ですが、実際に学んでみると楽しいことが色々あります。このnoteでは私が面白いと思うことを中心に、あれこれ記してみようと思います。ぜひくつろいだ気持ちでお読みください。

 古代ギリシャの人々が発した言葉は、名言や格言などの形でも伝わっています。そのなかから今日はいくつか有名なものを紹介してみようと思います。どこかで聞いたことのある言葉があるかもしれません。

 まずは「始まりは全体の半分」という言葉から見てみましょう。ギリシャ語で記すとἀρχὴ ἥμισυ παντός. で、アルケー・へーミシュ・パントスのように読みます。ἀρχήが「始まり」、ἥμισυが「半分」、παντόςが「全体の」に対応し、一般的には仕事などを念頭に置いて「実際に着手したら半ば完成したようなもの」という意味で使われる句です。しなくてはならない仕事をつい後回しにしがちな私には耳の痛い言葉ですが、皆さんにとってはどうでしょうか? 私などは「着手したら半ば完成なのだ」と呟きながら、懲りずにまた仕事を遅らせてしまいそうな気もします。なお、ἀρχή(arche)やἥμισυ(hemisu)はarchaic(始まりの時期の)やhemisphere(半分の球体)などの英語と関係があります。少し大きめの英和辞典で語源欄を調べてみるのも楽しいかもしれません。

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 「始まり」を表すἀρχήを使った有名な文としては、他にも「万物の根源は水である」が思い浮かびます。これをギリシャ語で表記すると、たとえばἡ ἀρχὴ τῶν παντῶν ὕδωρ ἐστίν. となり、へー・アルケー・トーン・パントーン・ヒュドール・エスティンのように読みます。ἡ ἀρχήが「始まり」すなわち「根源」を、τῶν παντῶνが「すべての物の」を意味します(ἡとτῶνは定冠詞)。そしてὕδωρが「水」、ἐστίνが英語のisに相当する語です。ギリシャ七賢人の一人とされるタレスの思想を表す言葉で、高校の世界史や倫理の教科書などにも記載があるかもしれません。彼が活躍した紀元前6世紀は「自然哲学」と呼ばれる思想が芽生えた時期で、エーゲ海東岸のイオニア地方を中心に、この世界の成り立ち(原因)が盛んに問われました。ἀρχή(アルケー)はそれを象徴するキーワードです。

 続いて哲学者ヘラクレイトスの言葉を見てみましょう。彼はタレスよりも少しあとに、やはりイオニア地方のエペソスで活躍したと考えられています。この世界を絶えず変わりゆくものとして捉え、「万物は流転する」などの言葉を残しました。これをギリシャ語で記すとπάντα ῥεῖ. で、パンタ・レイと読みます。πάνταが「すべての物は」でῥεῖが「流れる」ですから、そのまま訳せば「すべての物は(まるで川のように)流れている」となります。これと比べると「万物は流転する」という訳し方は、ずいぶん気取った感じがしますね。

 哲学的な言葉が続いたので、ここで日常的な文脈でも使えそうなものを見ておきましょう。たとえば「ゆっくり急ぎなさい」というのはどうでしょうか? ギリシャ語だとσπεῦδε βραδέως. で、スペウデ・ブラデオースと読みます。σπεῦδε(急ぎなさい)とβραδέως(ゆっくり)という相容れない言葉を並べることで、かえって真実の一端を垣間見せるかのような意味になっています。日本語の「急がば回れ」に対応しそうですが、それが直進ではなく迂回をイメージさせるのに対して、「ゆっくり急ぎなさい」は歩みの進め方に注目して「一歩一歩を踏みしめて進みなさい」と言っているようで、独特の味わいがあります。このようによく似た言葉を比べてみるのも面白いかもしれません。

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 他にも「エジプトはナイルの賜物(ἡ Αἴγυπτος δῶρον τοῦ Νείλου ποταμοῦ.)」や「汝自身を知れ(γνῶθι σεαυτόν.)」、あるいは「舌は誓ったが心は誓っていない(ἡ γλῶσσ’ ὀμώμοχ’, ἡ δὲ φρὴν ἀνώμοτος.)」といった言葉も紹介したかったのですが、残念ながら紙幅が尽きてしまいました。ご関心のある方はぜひ調べてみてください。

記事を書いた人:堀川宏(ほりかわひろし)
獨協大学専任講師。1981年山梨県生まれ。2012年京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2016年京都大学博士(文学)。訳書として『古代ギリシャ語語彙集 ––– 基本語から歴史/哲学/文学/新約聖書まで』(共訳、大阪公立大学共同出版会)と『アポロニオス・ロディオス アルゴナウティカ』(京都大学学術出版会)、著書として『しっかり学ぶ初級古典ギリシャ語』『反「大学改革」論 ––– 若手からの問題提起』(共著、ナカニシヤ出版)がある。



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