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ブラジル・ポルトガル語に魅せられて #3
ベネズエラ情勢
田町 崎(たまち さき)
トランプ大統領の圧勝劇で幕を閉じる
「まさか」と言うべきでしょうか。「やはり」と表現すべきなのでしょうか。先日、アメリカ大統領選挙の結果が出て、ドナルド・トランプの当選が報道されました。この大統領選挙は、一部のメディアは「どちらが勝つかわからない」と最後の最後まで報じていましたが、ふたを開けてみれば7つの激戦州すべてでの勝利をおさめるというトランプの圧勝劇で幕を閉じたのでした。
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不透明感が強まっている世界経済の行末
彼の大統領就任は世界経済に大きな影響力を及ぼすこととなるでしょう。これに私たちは「期待」や「希望」を抱いてもいいのでしょうか。それとも「不安材料」となってしまうのでしょうか。
そして、中米/南米各国でもっとも強い影響を受けてしまう国を仮に一つだけ挙げるとするのであれば、それは間違いなく長らく人道危機に直面している「ベネズエラ」なのでしょう。そこで今回の記事では、現在までに至るまでのベネズエラ危機の経緯を、キーパーソンを交えてざっとお伝えしていきたいと思います。
7年連続のマイナス成長に陥ったベネズエラ
まずはベネズエラ経済の成長率から見ていくことにしましょう。次に挙げる表は2010年から2022年にかけての同国の成長率です。上段がベネズエラ経済、下段が世界経済の成長率です。
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これを見ると、2014年以降マイナス成長を記録し続けており、その数値は年を追うごとに大きく膨らんでいっていることがわかります。2014年の3.9%の数値は2016年には二桁に突入。コロナショックが起きた2020年にはマイナス30%と、マイナス成長は振り返ってみると7年連続という未曽有のレベルにまで展開してしまったのです。
では、次にベネズエラにどんなことが起きてきたのか、時系列でこれを確認してみることとしましょう。
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ベネズエラ大統領。一部の市民からの強い反発とアメリカからの干渉を受けながらもそれらを乗り越え、産油国ブームの恩恵を多分に受けた形でベネズエラ経済を大きく成長させました。強固な反米姿勢を打ち出し、ブッシュ米大統領を生涯に渡って非難。好調な経済を背景にベネズエラ国民からの絶大な人気を誇ったカリスマ政治家でしたが、2013年、癌により58才の若さで死去しました。
2014年
2014年、原油価格が突如大暴落を始める
ベネズエラ経済の大きな転換点は2014年です。チャベスの後任を引き継いだマドゥーロ政権下の2014年の暮れ、原油価格が突如大暴落を記録し始めます。直前まで「産油国ブーム」と言われ、世界中の投資家たちからもてはやされていた産油国の経済的な活況は一気にしぼんでいったのです。この大暴落のダメージをもろに受けたのが、他でもない世界最大の石油埋蔵量を誇ると言われるベネズエラでした。
原油価格の大暴落の影響をもろに受けるベネズエラ経済
この大暴落が産油国に与えたダメージは甚大なものでした。ベネズエラはチャベスの後任のマドゥーロ政権でハイパーインフレが発生。これにアメリカ主導の対ベネズエラ経済制裁が追い打ちをかけていきます。結果、チャベス政権でみせた旺盛な経済力は大きく弱体化。輸入に頼っていた食料品と医薬品が国内で急激に不足していくこととなったのです。
これに民衆が怒ります。ベネズエラ国内では各地で反政府抗議デモが頻発します。しかし、マドゥーロは治安部隊を投入しこれらをすべて鎮圧していったのです。
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2013年から現在に至るまでベネズエラ大統領の座に就く。大統領就任直後に起きた原油価格の大暴落とハイパーインフレに見舞われ、経済は疲弊し国内は大混乱となります。民衆の度重なる抗議活動に対し、武力を以て鎮圧させてきました。軍隊、司法、選挙管理委員会のすべての関係者を掌握していると言われています。
南米大陸最大の人口流出
経済の縮小と治安の急激な悪化により、ベネズエラ国民は国外へと逃げ出し始めます。国外亡命を余儀なくされたベネズエラ国民はこれまでに600万人を超え、深刻な人道危機がメディアによって盛んに報じられるようになりました。これは「南米大陸最大の人口流出」だと言われています。
2019年
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この宣言から1年後、しびれを切らした対立野党により、グアイドは暫定大統領の地位から引きずり下ろされてしまいます。
2019年、ファン・グアイドが立ち上がる
事態が動いたのは2019年です。同年1月、野党連合内で選出されたフアン・グアイドがベネズエラ暫定大統領に就任すると自ら宣言したのです。街を埋め尽くした彼の支持者はこれに歓喜。待ち望んでいたニューヒーローの登場を反マドゥーロ派のベネズエラ国民は心より歓迎したのです。
これにすぐさまアメリカが応えます。トランプ大統領はフアン・グアイドを「ベネズエラ暫定大統領」として公式に認めると宣言。後日、トランプ大統領はグアイドを米国議会に招待します。その議会の場でトランプはマドゥーロを「非合法な支配者であり、国民を残虐に扱う暴君」と酷評し、グアイドの支持を明確に表明したのです。
WATCH: Trump praises Venezuela’s Juan Guaidó at the State of the Union | 2020 State of the Union
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「Maduro is an illegitimate ruler, a tyrant who brutalizes his people」――トランプは議会でこのようにスピーチしました。対して、マドゥーロはファン・グアイドの大統領就任宣言を「クーデター」と表現し、「これはアメリカが仕組んだショーだ」と非難したのです。
マドゥーロの牙城は切り崩せず
同年4月、グアイドは軍関係者に対しマドゥーロに対し蜂起するよう仕掛けます。しかし、一部の兵士の賛同を得るも、軍関係者が政権に対して翻ることはなく、試みは失敗に終わります。一部の戦果として盟友レオポルド・ロペスを自宅軟禁から奪還することはできましたが、グアイドはマドゥーロの牙城を切り崩すことはできなかったのです。
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レオポルド・ロペスはグアイドが所属する大衆意思党を創設した政治家です。政治的影響力が強いことから、マドゥーロから目をつけられ自宅軟禁措置に置かれてしまいます。2019年、秘密警察と各国大使館の助太刀を得てベネズエラから脱出。現在は、メディアや国際機関を通じて、ベネズエラで民主主義を構築していくことの必要性を訴えています。
2024年
その後、ベネズエラの悪化した人道危機は無情にも改善されていくことなく月日は流れていきます。ふたたびベネズエラが国際メディアから注目を集めることとなったのは2024年7月に行われた大統領選挙でした。
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ベネズエラの有力政治家の一人。大統領選挙出馬を目指して、2023年10月に行われた大統領選挙予備選に出馬し、マチャードは圧倒的な勝利を収めました。しかし、ベネズエラの最高裁判所は「彼女に立候補資格はない」とする判決を出したのです。「ベネズエラに対しての経済制裁を推進させ、グアイドの蜂起作戦を主導した疑惑がある」――これがこの判決を正当化する理由でした 。https://www.vozdeamerica.com/a/tribunal-supremo-venezuela-ratifica-inhabilitacion-henrique-capriles/7459127.html
2024年、選挙管理委員会はマドゥーロの勝利を発表
有力政治家の一人であるマリア・コリーナ・マチャードの立候補が認められなかったことから、現職のニコラス・マドゥーロに対して、野党はエドムンド・ゴンサレスを擁立し大統領選挙に臨むこととなりました。
この選挙結果はどうなったのでしょうか。大統領選挙が行われた翌日に選挙管理委員会は、44%の得票率に終わったゴンサレスをおさえてマドゥーロが51%を得票し勝利したと発表したのです。
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大統領選挙後、ベネズエラの検察当局は「テロに関連する犯罪」を犯したとしてエドムンド・ゴンサレスに対して逮捕状を請求しました。ゴンサレスは身の危険を感じ、国外へ亡命。ペドロ・サンチェスをはじめとする有力政治家の庇護を受けて現在はスペインにいるとされています。
ブラジルまでもが選挙結果に異を唱え始める
この選挙結果に野党は猛抗議。選挙結果には「不正があった」として「ゴンサレスの勝利」を認めるよう主張します。また、反マドゥーロ派の民衆も激怒し、ベネズエラの全土で抗議活動が展開されることとなったのです。
さらにはです。国際社会も選挙結果にすぐさま疑義を唱え始めます。アメリカならびにラテン諸国が相次いで選挙結果に懸念を表明。南米諸国の中での本当に数少ないマドゥーロへ手を差し伸べてきたブラジル、コロンビアまでもが「選挙結果を公開」するようベネズエラ政府に強く求める事態となっているのです。
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ベネズエラとブラジル間で現在、軋轢が生じています。マドゥーロをここまで一貫して擁護してきたルーラでさえ、大統領選挙の結果に異議を訴え始めたのです。それだけではありません。大統領選挙後の10月に行われたBRICs首脳会議では、ブラジルはベネズエラのBRICs入りを拒否したのです。
宿敵トランプの勝利に対し祝福のコメントを発したマドゥーロ
現在、マドゥーロに対して国際的な圧力が高まっています。その上での宿敵ドナルド・トランプの大統領選の勝利――マドゥーロはこの状況をどのようにとらえているのでしょうか。マドゥーロは国営テレビの番組で「これは、米国とベネズエラ、そしてラテンアメリカとカリブ海諸国をウィン・ウィンの状況に持っていくための新たな始まりだ」と表現し、トランプの勝利に対し祝福のコメントを発したのです。ベネズエラは今後どのように進んでいくのでしょうか。
今回はここまでです。最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました。最後となる次回はコロンビアの情勢について書いていきたいと思います。
☕気分転換の音楽☕
私は音楽が大好きです。国/性別/ジャンル問わず聞いています。以下、気分転換の際にでも聞いてもらえると嬉しいです。
ChocQuibTown - Nuqui (Te Quiero Para Mi) [Official Video]
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ChocQuibTown(チョッキブタウン)
出 身:チョコ(コロンビア)
曲 名:Nuqui (Te Quiero Para Mi)(2015年)
ジャンル:R&B、レゲエ
こんなアーティストが好きな人におすすめ:
Etana、Ella Mai、Ana Vee、Arlissa、Coco Jones、H.E.R.
補足
この曲のように、ゆったりとした曲調の歌を聞くと、私の場合「純愛ラプソディ(竹内まりや)」や「今夜はブギー・バック(小沢健二・スチャダラパー)」を思い出してしまいます。一休みしたい時に聞くといいかもです。
習得に苦しんできた自身の経緯から、ブラジル・ポルトガル語の学習で苦悩する方々の気持ちは痛いほどにわかります。今回は御縁に恵まれ、ベレ出版にてブラジル・ポルトガル語の語学書を出す運びとなりましたが、この語学書はそういった方々に対し、少なからずのお役立てができればという思いを込め作成したものです。内容につき、書店等で手に取ってご覧いただけると嬉しいです。
また、ブラジル・ポルトガル語は「あらたな外国語にチャレンジしてみたい」と考える方にとっても、おすすめです。あまり知られてはいませんが、ブラジル・ポルトガル語は文法構造上、英語と似通った点が多く、英語を学んできた方にとっては非常に学びやすい言語です。英語の知識を活かして、ブラジル・ポルトガル語にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。このnoteの記事がそのきっかけになれるのであれば大変嬉しく思います。
この記事を書いた人:田町 崎(たまち さき)
翻訳者。
南山大学経済学部経済学科卒業後、人材派遣会社で日系ブラジル人たちとともに働く。これがきっかけとなりブラジル・ポルトガル語の勉強を始め、のち、市役所/警察/病院などで翻訳と通訳を経験。その後、京都外国語大学でブラジル・ポルトガル語を専攻し同大学院修士課程を修了。院生時には外務省留学プログラムに参加し、メキシコシティにあるメキシコ国立自治大学(UNAM)でスペイン語を約1年学ぶ。海外メディア報道を通じて主には中米/南米の情勢を研究している。