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【古典ギリシャ語をはじめませんか?】第3回:古代ギリシャ文学への誘い

堀川宏

なんとなく心惹かれるけれど「難しい」とも言われる古典ギリシャ語ですが、実際に学んでみると楽しいことが色々あります。このnoteでは私が面白いと思うことを中心に、あれこれ記してみようと思います。ぜひくつろいだ気持ちでお読みください。

 古典ギリシャ語を学んでいると、この言語を生んだ文化への興味や関心が芽生えてくるかと思います。そのような場合には、ギリシャ語の学習を進めながら、古代ギリシャの文学作品を読んでみてはいかがでしょうか? もちろん翻訳で構いません。今日はそのような読書の参考になるように、古代ギリシャの文学史をたどってみます。

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 紀元前8世紀半ばにギリシャ・アルファベットが発明されて、それまで語り継がれてきた叙事詩が文字に書き留められました。トロイア戦争にまつわる伝説を歌った『イリアス』と『オデュッセイア』が代表格で、これらは英雄叙事詩と呼ばれます。いずれも英雄たちの活躍を歌いながら、人が生きるとはどういうことかを考えさせてくれる、とても面白い作品です。作者はホメロス(Ὅμηρος)と言われていますが、この人物は謎に包まれており、実在したかどうかは分かっていません。古代の時点ですでに、彼は伝説的な詩人だったようです。

 文字がまだない時代の伝統を引き継ぐのは、英雄叙事詩だけではありません。ヘシオドス(Ἡσίοδος)がまとめた『仕事と日』や『神統記』は教訓詩と呼ばれ、日常生活を送るうえでの知恵や伝承すべき知識を詩の形で歌っています。知恵や知識を詩のリズムに乗せて、歌うことで忘れ去られないようにしたのです。有名な「パンドラの箱」などの伝説(これはもともと「パンドラの甕」でした)や、「酒は買った日と最後の日には大いに飲み、中ほどは倹約して飲め」といった人生訓(大きめの甕をイメージしてください)など、興味深い話がたくさんあります。

 紀元前7–6世紀になると抒情詩が花開きます。このジャンルの詩人としては、サッポー(Σαπφώ)やアルカイオス(Ἀλκαῖος)の名前がまず思い浮かびます。彼らは竪琴をつま弾きながら、叙事詩よりも変化に富む、複雑なメロディーの歌を作りました。古代ギリシャにはムーサ(Μοῦσα)という9人の詩女神がいましたが、サッポーは「10番目のムーサ」と呼ばれるほどに優れた詩人だったようです。しかし残念なことに、抒情詩の作品で今日まで伝わるものは極めて少なく、そのごく僅かな断片から往時の姿を偲ぶことしかできません。

 そのような中にあって、紀元前5世紀の詩人ピンダロス(Πίνδαρος)の作品が多数残っていることは特筆に値します。彼はオリュンピア競技祭などでの勝利を称える、祝勝歌というジャンルの代表的な詩人です。祝勝歌の原語ἐπινίκια(エピニーキア)は、英語のonに相当するἐπίと「勝利」を表すνίκη(ニーケー)からなり、「勝利に際しての歌」というほどの意味の言葉です。そのような歌を作ることで、ピンダロスは自身の詩が人間の生きうる範囲を越えて、いつまでも歌い継がれることを望みました。彼の詩からはそのような強い意思が窺われます。

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紀元前5世紀には、アイスキュロス(Αἰσχύλος)、ソポクレス(Σοφοκλῆς)、エウリピデス(Εὐριπίδης)といった悲劇詩人 ―― 彼らは「三大悲劇詩人」と呼ばれます ―― が活躍しました。彼らは豊穣と酒の神ディオニュソス(Διόνυσος)の祝祭で劇を上演し、伝統的な神話をいかに魅力的な劇にできるかを競いながら、人間の内奥を抉るような優れた作品を残しています。とりわけソポクレスの『オイディプス王』は、父を殺して母と交わった英雄のいわば自己発見の過程を描き、古来ギリシャ悲劇の最高傑作として有名です。喜劇詩人のアリストパネス(Ἀριστοφάνης)もこの時代の人で、大胆な空想やおおらかなエロティシズムなどを特徴とする、笑いに満ちた劇を作りました。

 他にもプラトンやアリストテレスといった哲学者や、ヘロドトスやトゥキュディデスなどの歴史家の作品も読むことができます。翻訳を読めば古代ギリシャの文化や価値観に触れることができますし、教科書の最初で文字と発音を学びさえすれば、ギリシャ語原文の響きやリズムを楽しむこともできる ―― それは古代ギリシャに響いていたはずの「声」を現代に甦らせる、とても刺激的な経験になるはずです。

記事を書いた人:堀川宏(ほりかわひろし)
獨協大学専任講師。1981年山梨県生まれ。2012年京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2016年京都大学博士(文学)。訳書として『古代ギリシャ語語彙集 ––– 基本語から歴史/哲学/文学/新約聖書まで』(共訳、大阪公立大学共同出版会)と『アポロニオス・ロディオス アルゴナウティカ』(京都大学学術出版会)、著書として『しっかり学ぶ初級古典ギリシャ語』『反「大学改革」論 ––– 若手からの問題提起』(共著、ナカニシヤ出版)がある。



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