中国・アメリカ・日本 言語から文化を学ぼう #4
余田志保(フリーランス編集者、ライター)
米中 ハイテク化する社会
「中国語が話せなくても中国で生きていけるよ」
中国に住む日本人の間でよく交わされる言葉だ。どういうことか? キーワードは「超ハイテク社会」だ。
私は1年間中国に住んで、一度も現金を使わないまま帰国した。飲食店から露店の果物まで、支払いは全部スマホで済ませたのだ。実質、中国都市部では現金が流通していない。現金を差し出したら、お店の人がギョッとするはずだ。
家でラテを飲みたくなったら、スマホで「外卖」すれば、配達員が30分足らずで届けてくれる(「外卖」は2015年以降に急成長したフードデリバリーサービス)。配達後は、マンションの入り口でラテを受け取ったロボットがエレベーターを上がり、部屋まで届けてくれる。
スーパーでの買い物も、ソファに座りながらスマホでポチって30分待つだけ。肉も魚も何でも届く。
ECアプリ「淘宝」を覗けば、食料や服など商品が溢れている。出かけるなら配車アプリDiDiが役立つ。スマホで行先を指定するので「交差点を右に曲がって...」と説明する必要はない。
要は、買う、食べる、移動するなど、生活のすべてが中国語ナシで問題なくできるのだ。
日本にも同類のサービスはあるけれど、中国都市部ではこういったサービスが老若男女に浸透しきっている。中国語の先生が「中国人は『外卖』のおかげで料理をしなくなったよ」と言うほどだ。
アメリカはどうだろう? 元々カード社会なので中国に比べてスマホ決済は浸透していないが、フードデリバリー産業の成長は目覚ましい。産業全体の売上は、2020年に前年比2倍の約100億ドルに達し、飲食店の総売上の約1割になった。配車アプリならUberなどがあるし、ネットで買い物ならもちろんAmazonだ。
3国の都市部を比べると、一番「ローテク」なのは日本かもしれない。それはともかく、国による差はあれど「会話抜きで」日常を乗り切れる時代に突入し始めているのは確かだ。
人の脳と同じシステムで進化するGoogle翻訳
それでも言葉に困ったときは......? 大丈夫、翻訳機が助けてくれる。
初期のGoogle翻訳には、笑ってしまうような誤訳が少なくなかった。当時は、文を入力しても「1単語ごと」に訳されていたので、翻訳文を読むと語順などが不自然だったのだ。
潮目が変わったのが2016年。Google翻訳はニューラルネットワーク(脳神経系を模した情報処理システム)を導入した。以降、Google翻訳は日々学習し、賢くなり続けている。
その頃から「AI時代に外国語を学ぶ意味なんてない」といった主張をする記事を目にするようになった。確かに、そういう意見が出てくるのも理解はできる。では、ハイテク化して翻訳機が発達した時代に人間がわざわざ外国語を学ぶ意味って何だろう。
個人的には、やはり外国語を学ぶ醍醐味は、言葉の背景に広がる文化を理解できる点にあると思う。母国語と外国語を比較するなかで、自国の文化を再認識することもできる。これまでの記事で伝えてきたことだ。これは人間だけができる学びや発見だ。
「ネイティブ発音」の正体とは?
言語を学ぶときに文化理解に重きを置くとなると、発音に対する完璧思考は捨てたほうがいいだろう。
英語学習業界は「ネイティブの発音で話せるとカッコいい! ネイティブみたいな発音で話したいでしょ?」と煽る風潮があるけれど、そもそも「ネイティブ発音」って何だろう? スパッと答えられる人は少ないはずだ。
「ネイティブ発音」は、一言で定義できるほど単純ではない。
アメリカ発音は、大まかに東部、南部、中西部に区分される。このうちの中西部の発音が標準英語(General English=GE)と言われている。しかし実際はアメリカ人のなかに標準語という概念はなく、彼らはGEに矯正などしない。事実、ケネディ元大統領は東部方言で、ジョンソン元大統領は南部方言で演説をしていた。
イギリスはどうだろう? イギリス人同士が話すと、アクセントから階級、出身や教育歴がわかると言われている。
歴史的に、イギリスでは上流階級が話す容認発音(Received Pronunciation=RP)が「正しい」とされてきた。しかし実は現代のイギリスでRPを話す人は3%ほどで、最近ではRPは権威主義的だと捉える人も少なくないらしい。
伝統的に「王室英語といえばRP」と言われてきたが、最近ではRP以外で話す王室ファミリーもいる。長年RPを採用してきたBBC放送からも様々なアクセントが聞こえるようになった。著名人の英語を調べてみても、デビッド・ベッカムは労働者階級が話す「コックニー」で、オックスフォード大卒のヒュー ・グラントは典型的なRPと様々だ。他にもスコットランド鈍りなどは有名だが、細分化するとイギリスには300ほどの方言があるという。
もちろん他の英語圏で話される英語にも特色がある。そうなると「ネイティブ発音」の正体は、一層ぼんやりしてくる。
現在、英語の母国語話者が約3億6000万人なのに対して、第二言語話者は約10億人だと言われている。そうなるとネイティブ・ノンネイティブにこだわらず、世界中の英語話者といかに意思疎通できるかに焦点を当てるのが賢明だと思う。
もちろん「相手に理解不能な発音」だと支障があるので、基本の発音は押さえるべきだ。
中国語(普通話)の勉強を始めて1年たらずで中国人と会話するのに困らないほど上達した友人から、こんなアドバイスをもらったことがある。
2つ目は少し乱暴な言い方だけど的を射たアドバイスだ。普通話は、中国政府が開発した共通語で、北方の発音に近いとされる。だから方言を持つ地方出身者が普通話を話すとなると、アクセントがついて回る。しかし、彼らはそのアクセントを貫いて話す。アメリカと同じで「発音を矯正する」概念がないのだ。下層中流階級出身のサッチャー元英首相が、苦労してRPを習得したのとは対照的だ。
英語圏では、コメディアンが非ネイティブが話す英語をマネして笑いをとる風潮がある。こういう話を聞くと、なおさら自分のアクセントが気になる人がいるかもしれない。しかし最近では、こういった「笑い」が問題視されるようになってきた。
2021年のMLB中継で、大谷翔平選手が打席に立ったときのこと。解説者のジャック・モリス氏が“Very, very careful.”と、“v”が“b”に聞こえる日本人風の発音でコメントしたところ、たちまちSNSで大炎上した。テレビ局は、彼を無期限の出演停止処分にして火消しを急いだ(現在は職務復帰)。
極端な例だけど、これは英語圏でも「様々なアクセントの英語を受け入れる」土台ができつつある表れだと思う。
英語は、現代のリングワ・フランカ!
リングワ・フランカとは、近代前期に地中海地域の交易用に使われていたイタリア語を土台とした混成語だ。母国語が異なる人々が交易に必要な意思疎通をするための共通語である。
言わずもがな、現代では英語がリングワ・フランカになっている。中国内では普通話がリングワ・フランカだ。
20年後、30年後の世界では、英語に代わって中国語がリングワ・フランカになっているかもしれない。または全く別の言語がリングワ・フランカになっている可能性もゼロではない。それが何語だとしても言えるのは、それは異なる背景を持つ人同士が意思疎通をし、理解し合うための大切な言語だということだ。
リングワ・フランカを話せたら、世界中のリングワ・フランカ話者と意思疎通できるのだから、自分の世界が確実に広がっていく。一方で、リングワ・フランカ以外の言語を学ぶ意味もある。例えば、米中仏......と様々な国籍の人が集まる場で、全員が英語で話すとしよう。そのときに、中国語やフランス語を少しでも理解していれば、中国やフランスの文化理解につながり、彼らとコミュニケーションをとるときにプラスに働くはずだ。
外国語を学び、異文化の相手と話すなかで文化的な発見をする。やはりこれは翻訳機にできることではない。だから外国語を学ぶのって面白いし、やめられない。どれだけ翻訳機が発達しても、人は外国語を学び続けるんじゃないか、と私は思っている。
以上です。普段は編集者として黒子に徹して原稿とにらめっこをしているので、連載で自分の意見を押し出して書くのは新鮮でした。最後まで読んでくださりありがとうございます! またどこかでお会いできると嬉しいです。
参考文献
・『英語の新常識』杉田 敏(著)集英社インターナショナル
・「「ぎこちない翻訳」から進化を遂げたGoogle 翻訳──開発者が語る、“完璧”を目指す質の追求」2021年11月25日/Diamond Signal https://signal.diamond.jp/articles/-/953
・「ドアダッシュVSウーバー? 急成長する米フードデリバリー市場、大型買収でシェア争いが過熱!」2021年4月14日/Diamond Chain Store
https://diamond-rm.net/overseas/79520/
・「「Hello」の発音ひとつで人の見る目が変わる」2017年4月4日/東洋経済オンライン
https://toyokeizai.net/articles/-/165382?page=4
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