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アメリカ中西部オハイオにやってきた!

〇オハイオ
初日は時差の関係もあり、眠たかった。ロサンゼルスとコロンバスは時差が3時間ある。コロンバス空港に到着したのは夜の2時頃だった。ロサンゼルスでは夜の11時頃なのでまだそんなに眠たくなかった。予約しているホステルまでUberを呼んだ。同じ搭乗便の人が同じタイミングにUberを呼んでいたので少し割り増し料金だった気がする。今度からは到着したら時刻指定してUberを使おうと思った。オハイオは政治的に赤色やなって感じることもあった。Uberのドライバーに「マスクつけるの?」って聞かれた。コロナの雰囲気が青色のカリフォルニアと違うのだろう。そんなことを感じながらも無事に宿にたどり着けてよかった。なぜなら、夜の2時のオハイオは寒いし、真っ暗だし、人の気配がなかったからだ。予約した宿は1泊20ドルほどの安宿だった。安すぎて少し不安だったが、レビュー数も多く、評価も高かったため、大丈夫かなと思って予約したのだった。実際のところ、宿はとてもよかった。キッチンに教養の食糧がたくさんあるところが良かった。ジュース、ベーグル、カップラーメン、シリアルと盛沢山だった。温度設定も適温で、1回の共有スペースはソファが2つとテーブルが3つ、ネットフリックスが見れるテレビが1台。そして、何よりも清潔感が最高だった。

翌朝はオハイオ州のコロンバスの街並みを観光することにした。新しく着いた土地の交通バスに乗ることができた。州によって公共交通機関の違いやバスの停まり方の違いがあったりするので、バスに乗って目的地にたどり着けた自分に「すごい!」と自信を持った。Google Map様様である。州議会場に訪れたのだが、格別だった。とても厳かな空間であった。あんな場所が日本でいう県庁のような存在であると考えるとすごい。地下の壁は大きな岩を運んできた建築されたのであろう。アメリカでは珍しくスーツで仕事をしている人が歩いているにもかかわらず、歩いている感じや休憩時の彼らの様子は結構カジュアルなのだ。このオハイオの州議会場はネイティブアメリカンの投票権を巡って言い争う絵柄なども飾ってあった。歴史の資料集で見たことはあったが、実際に絵画を見ることでとても実在した事実なんだと感じることがありました。とても探検できる建物だったので小一時間歩き回りました。

2日目の朝はオハイオに来るきっかけになった智江さんに宿まで迎えにきてもらった。なぜオハイオに来たかというと、日本人とアメリカ人とのZoom交流会で智江さんと同じグループになって誘われたからである。「アメリカの西海岸と東海岸に行くのもいいけど、中西部に来てほしい。ほんとのアメリカは中西部だから。」「会社見学させてあげられるよ」と誘われ、どんなところだろうと気になったのだ。一番の決め手は智江さんの熱量にやられてしまったというところだろうか。そんなこんなで車内では、僕がなぜ渡米したのか、滞在中どんな行動をしていたのかを話していた気がする。産業用機械部品の日系企業のオハイオ支社に到着した。智江さんのご紹介で、その会社の社長とランチする機会をいただいた。たくさん質問していいよ!と背中を押されていたが、ちょっと戸惑ってしまった。事前に会社のHPなどは調べていたが、社長の方とお話しすることに慣れておらず、どんな会話から始めればいいんだろう?自己紹介はちゃんと畏まってしたほうがいいだろうか?と頭をぐるぐるしていた。智江さんがランチにピザを用意していただいていたので、社長・智江さんに続いて食べた。そこから社長に質問されたことに答えていった。僕は何者かを説明するって感じだった。「オハイオに来なさい。」って言ったらほんまに来た若者と智江さんが僕を紹介していただいた。確かにその通りである。社長の方もエリート街道まっしぐらという感じではなくて、バイクの修理をしていたこともあったなどのエピソードも聞かせていただいて、リラックスしてお話しができる雰囲気を作ってくださった。社長と話をする際、日ごろの情報収集が役立った。渡米の理由、業界の話、会社の話、社長のパーソナルの話を伺って、終わりかなっていうタイミングがあった。そこから巻き返した自分を褒めたい。日ごろから情報を集めて、モノを考えていた力が役に立った。会社のことは一応調べたけど、見てるだけやと全然分からなかった。だけど、お話しを伺って、それってこういうことですか?と流れを持っていけた自分に成長を感じた。一番、刺さったアドバイスは「難しいと思うチャレンジをしなさい」である。そのとき難しいと思うチャレンジも時間が経てば、なんてことなくなるから難しいことに挑戦しなさい。ということだ。ランチの時間を終えると、オフィス・工場の見学をさせていただいた。ロボットが作業している様子を見たい!という要望を智江さんに出させてもらっていた。その様子が見させてもらった。かつてはあんな風に人間の手作業だったんだけど、それがこんな風にロボットが作業しているんだよ。と仕事内容の変遷解説付きである。製作現場を自分の目で見るとこういうことかってわかる。百聞は一見に如かず。意外とロボットも入っているし、意外と人力も多いなっていう印象ではあった。それでもアメリカの工場を見れたのは大きく、社員さんから直接お話しを聞けたのは大きな収穫だったとっても貴重な体験になりました。本当にひょんなきっかけではあったけど、オハイオ州に訪れることができてよかったと心底思った。カリフォルニアに帰ってからも、アメリカのどこの地域が良かった!と聞かれるとオハイオと答えて、オハイオ州に訪れることを勧めている。智江さんの熱量が伝播したようにオハイオを進めるので、勧められた友達は関心を持ってくれる。智江さんは自分の想いが湧きだすと表現することが止められない方という印象で本当にエネルギッシュな方だった。そんなことを帰りの社内で思っていた。道路も一直線やし、発展している街というのが伝わる。ほんまに大地から生まれてきてって感じなんやな。

オハイオ州はほんとに素敵なところでした。智江さんと出会わなかったら訪れなかった場所でしたが、訪れることができてよかったです。帰国してから、映画の「レディプレイヤー」の舞台だったと判明したりして、行ったことある場所だ!と親近感を持てるのも大きいです。ぜひ皆さんもアメリカに行く機会があれば、オハイオに滞在してください。

智江さんを始め、オハイオでお世話になった方、ありがとうございました!!

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