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アメリカの分断は対岸の火事なのか?〜社会の分断をとめる "教育" の力を信じたいあなたへ

2020年世界各地に拡大したBlack Lives Matter 運動に続き、翌年1月6日首都ワシントンでは(それを何と表現するか、本noteは米政権に対する価値判断を行うことが主目的ではないため、あえて幅を持たせた表現を用いるが)「抗議活動」あるいは「暴動」等と表現される集団行動が勃発した。そして2021年1月16日時点で少なくとも4名の尊い命が奪われたことが報告されている。


米大統領選を巡りアメリカで起きたこれらの出来事は、日本で暮らす私たちにとっては他人事なのだろうか?


人種・宗教・経済における格差および分断の現れであり、「米国ほど」人種的多様性を帯びておらず、様々な宗教に寛容な態度をとり(中絶の是非が議論になることもなければ、ダーウィンは当たり前のように生物学の授業に登場する)、経済格差も「米国ほどには」激しくないと言われる我々にとって、そう、文字通り "対岸の火事" なのかもしれない。


むしろこんな風に感じているのではないだろうか?画面の向こう側で罵りあう人々を横目に、自らの置かれた環境の平穏さに感謝しながら(ああ、こっちはなんて平和なんだ)と。


しかし、本当にそうだろうか?


本 note では米国における分断を「経済および社会的環境における分断の進む今日の日本にとって、来たるべき、防ぐべき未来」と捉え、分断を避けるための糸口として、教育のもつ可能性に目を向けたいと考える。


ちなみに、例えば、経済的な観点からだけみても、ご存知の通り日本の相対的貧困率は15%以上である。これは日米欧主要7カ国(G7)のうち、米国に次いで2番目に高い数字であり、ひとり親世帯に限ると、OECD(経済協力開発機構)加盟35カ国中、堂々のワースト1位。特に母子家庭の貧困率は最悪で、米国36%、フランス12%、英国7%に対して日本は58%である。

※太線部は、下記の記事を参照しました。

経済的な格差は、社会的文化的格差をもたらし、同じ日本に暮らす私たちの間に分断をもたらしかねない。このような前提のもと、本 note では分断に対する処方箋として教育を捉えた、2016年のユネスコ(UNESCO)ガイドライン "A Teacher` s Guide on the Prevention of Violent Extremism"(以下、本ガイドラインとする)をご紹介したい。


本ガイドラインは、主に世界における「暴力的過激主義」のさらなる拡大に警鐘を鳴らし、これを防ぐことにおいて教育が極めて重要な役割を果たすと述べている。


※ユネスコに馴染みがない方は下記をご覧ください。

UNESCO( 国際連合教育科学文化機関、United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization):諸国民の教育、科学、文化の協力と交流を通じて、国際平和と人類の福祉の促進を目的とした国際連合の専門機関。


● 暴力的過激主義 (Violent Extremism)とは

物事を様々な視点から見ることができず、自分の考え方だけにこだわり(他者の意見に排他的になり)、他者との間で違いを許容できず、自身の見方を他の人に押し付け、必要とあらば暴力も辞さないこと。


● 暴力的過激主義の具体例

白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)、ネオナチ、ナイジェリア北東部で活動するボコ・ハラム、イラクのイスラム国など。


そもそもなぜ暴力、過激な行動は生まれるのか?


UNESCOが挙げた暴力的過激主義の例は海外に拠点をおくグループばかりである。したがって、「これってデモで暴れて他者に危害を加える人の話でしょう?私たちには関係ないんじゃない?」といった反応をする人もいるかもしれない。


しかし、本当にそうだろうか。特にデモや抗議活動の場、政策に関する議論が行われているオンラインプラットフォームなどに足を踏み入れると、暴力的過激主義に当たるような言動(暴力行為にまで至っていなくても発言のレベル)、自分とは意見の相容れない者に対して「死ね」「殺す」といった極めて過激な言葉を浴びせるという中傷行為が日常的に観察される。


暴力的言動へと誘う要因、追い立てる要因


「その考え方は間違っていると思う」という議論をしていたはずが、反射的に感情的に他者を拒絶し、「そんな考え方をする人は頭がおかしいからどこかへ行ってしまえ」と、命さえ脅かすような言動に発展してしまう。この暴力的過激主義はなぜうまれるのか?暴力を妥当なものと見なし、必要な手段であると考えるに至るまでに、一体何が起きているのだろうか。


その過程は一筋縄でゆくものではなく、個々人の内的外的環境が相互に作用する高い複雑性を帯びているものの、本ガイドラインではその要因は2つのファクターに整理されている。


  Push Factors (推進要素)

暴力的な過激主義へ個人を扇動する要因には、疎外化、不平等、差別、迫害、およびその認識(質の高い適切な教育へのアクセスが制限されていること、権利と市民的自由が否定されること、およびその他の環境的、歴史的、社会経済的な不平不満が挙げられる。

 Pull Factors (吸引要素)

"暴力的な過激主義"グループが説得性のある論説、効果的なプログラムとともにきちんと組織立って活動していること。これらの組織のメンバーになることで何か収入など得られるものがあり、さらに(あるいは)仕事がもらえるような仕組みがあること。さらに組織に新しいメンバーを引き入れることにおいて、苦情のはけ口を提供したり、何か冒険心や自由を約束することができたりもする。さらに、これらのグループが「居場所」として精神的な安らぎ、支えとなる社会的なつながりを提供するものである。


暴力を生まないために、教育にできること


ではこれらの要素から若者を守るために、教育には何ができるだろうか。

UNESCOはそのガイドラインで、教育が擁するポジティブなインパクトを強調する。教育は、人が対話し、意見の不一致に向き合うために必要なコミュニケーション能力や対人スキルを発達させることができる。何かを変えるための平和的なアプローチを学ぶことができる。また、教育は、世の中に存在する様々な主張や噂を自分の頭で精査するための批判的思考力を養うことができる。極端な思想に対して妥当性を問うことができる、と説く。


UNESCOはこのうえで、暴力的な過激主義にならないための予防策の一つとして、グローバルシチズンシップ教育を挙げている。グローバルシチズンシップは、人権や社会正義、ジェンダー平等や環境の持続可能性への遵守意識を醸成すると説く。ただグローバルシチズンシップという表現自体は何か耳馴染みのないもので、日本の教育現場とのつながりを持たせづらいという難点がある。したがってここではあえて、暴力的過激主義を拡大させないための教育の要諦が、 "議論の余地のある問題"、すなわち人によって意見のわかれるような社会問題、社会政策に関して議論する経験と置き換えさせていただく。


つまり、例えば

・日本はエネルギー政策をどのようにするべきか?

・領土問題に対してどのように対処するべきか?

・少子高齢化にどのように対処するべきか?

といった、「暗記さえすれば100点満点が取れる」訳ではない課題について十分に取り組み、討論し、説得性を持って相手と議論する力をつけるのである。


課題設定は、グローバルから地域社会まで幅広く


もし対象学年がより幼いのであれば、例えば「今あなたのいる町に、町のために使っていいお金が100万円あるとします。どのように使うべきだと思いますか?」といった、地域に根ざした問題設定にしたら、議論がより促されるかもしれない。そう行った工夫を凝らしながら、答えのない問題について議論をする。


先生だからできること


また、このような答えのない課題に取り組ませること、議論させることについては「より踏み込んだ準備」が重要だ。議論の準備をしておくことで、話し合いのチャンスが訪れたときに、より恐れずに議論をすることができるためだ。


● 学習の目標・目的 

● 議論のアプローチ 

● 議論を通じて伝えるメッセージ


を、事前に明らかにしておく必要がある。また、議論の余地のあるトピックについて、情報を収集しておくことも役に立つ。議論の前に、基本的な情報は共有し、その話題について世間で誤解されていることや、ありがちな思い込みや噂などと真実とを区別することができる。


話し合うべきチャンスを見極められるか?


教育者に求められる重要な資質の一つに、「見極め」がある。教室において "暴力的な過激主義" に対処するための、正しいタイミングを察知しなければならないのである。


時に議論のきっかけは予期しない瞬間に、とっさに現れたりもする。これはUNESCOガイドラインでは "teachable moments"と表現されている。このタイミングを掴み、活かすことこそが、教師が持ちうるもっとも重要なスキルの一つであり、そのためには普段から生徒の会話を注意深く聞いておくことが必要である。


教えるべき瞬間が来た時のポイント


● 創造的であれ。教えるべきタイミングは時にネガティブな体験から起きる。もし誰かが他の子供を「テロリスト」呼ばわりなどしたら、中傷について、相手を尊重することについて、そして暴力的過激主義について考える機会にしよう。

● ここで何が起きたのか。なぜ起きたのか。相手を尊重することについて話しましょう。今日この教室で起きたことについて話すことがなぜ重要なのだと考えますか?などの問いかけをする。


議論が終わったら

● 今日何を学びましたか。この議論をすることがなぜ重要だったのか考えましょう。

● ネガティブな言動があった場合には、友情や協力関係を高めるのに効果的なスポーツや演劇などのように楽しいリクリエーション活動を取り入れよう。

● その場で解決されなかったモヤモヤした気持ちや、質問やコメントについては議論のあとも受け付けるようにしよう。


建設的な話し合いをするためのルール

なお、準備ができていても、そうでなくても、議論を行う時のルールを整理しておかなければならない。ルールは、安全で、生徒たちが互いを尊重し合う環境を整えるために重要な役割を果たす。また、このルールは、教室の大多数が賛成したものしか適用されるべきではない。


ルールの例

● 相手の話に心を開き、批評を急ぐのではなく、傾聴する。

● 何かわからないことがあれば確認するための質問をする。

● 話し合いの場で出された意見や考え、立場について論じ、疑問を投げかけること。それはその意見や考えを出した人間やその立場に立つ人間に対するものではない。

● あなたの意見やフィードバックを受け入れる姿勢を持つ。

● あなたとは異なる、他の人の見方に寛容であるという姿勢を示す。

● 相手を煽るような言葉づかいは避けること、他者に敬意を示すこと。政治的な論争を伴うものや、暴力的な言葉は使わないようにする。

● 他の人の立場や感情、その問題に関する視点に配慮する。

● 発言者を適度に交代させること。その際には他の発言者を遮らないように配慮する。

● みんなを議論に取り込み、特に自信の無い人、発言に意欲的でない可能性のある人にも進んで議論に参加してもらうよう取り計らう。

● 議論のテーマから逸脱しないように心がけ、発言は簡潔にする。


答えの無い問いを、建設的に深めるための質問サンプル

議論を適切に促すためにどのような問いかけをするべきか。質問のサンプルも挙げられている。

1. 再度説明を依頼する

「すみませんが、今発言されたことがよく理解できなかったので、もう一度ご説明いただけますか?」

2. 具体例の提示を求める

「何か例を挙げてもらえますか?」

3. 事実と意見を区別させる

「今おっしゃったことの中での事実と意見はどれですか?」

4. 根拠を明らかにしてもらう

「どうやって知ったのですか?」「何に基づいてそのように考えているのでしょうか?」(慣れた間柄であれば)「その情報のソースは?」

5. 相手の真意を確認する

論理的な繋がりを意識しながら「ということは、どういうことが言えますか?」と問うてみる。

6. 議題との関連性を確認する

いつの間にか議題と関係のない話や発言をしてしまうことも多い。そんな時は議題に戻るように促そう。

7. 相手の言葉の定義を確認する

社会問題について議論するとき、相手と全く同じ言葉や概念を使っていても、その意味するところや定義が異なっている場合は多い。また、言葉の定義や意味がわからないまま議論が進むことで、議論そのものが成り立っていない場合も往々にしてある。「あなたのいうーーーと・・・の違いは何ですか?」など、他の近しい概念や言葉と比較しながら、議論の地固めをすることも重要である。

8. 議論する価値、対象とする理由を問う

「どうしてそれがこの話において重要なのか説明してくれますか?」

9. 俯瞰させる

「その問題に関して、他の意見はありますか?」


以上、UNESCOガイドラインを元に分断を防ぐための教育実践についてご紹介させていただきました。コミュニケーション、多文化共生などの授業の参考になれば幸いです。


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