コーヒーを飲む権利

 出稼ぎ先からZIKKAに帰ってきて5日が経つ。油に塗れた、様々な形の金属パーツを組み、溶接して、自分が到底買うことはないであろう車の一部分を作る。人生における2ヶ月間の工場労働編が終わったのである。
とここまで書いたのが5日前。

 次の移動まで2週間ほどある。ZIKKAに自室などという贅沢なものはとうにないものの、腹を常に満たし、眠り呆けて、リビングのソファ半径500メートル以内(インドカレー屋とセブンイレブンがある)で過ごしてやろうと計画していた。
しかしいざ帰ってみると、爆発し続ける火薬輸送車のごとく景気の悪い家業、そんな景気の悪さからメンタルを弱らせている家族が立ちはだかり、二週間のユートピア的生活計画は泡となった。
 
 必死でフォークリフトを振り回して倉庫業務に勤しみ、「実家の居心地の良さは自分で作るもの、我こそがこの家の平和を司る」とばかりに奮闘していた。すると、あっという間に二週間が過ぎ去り、これを書いている今は次の出稼ぎ先へ向かうために夜行バスに揺られている。

 とここまで書いたのが昨晩2時頃。束の間の眠りにつき、朝7時に名古屋に到着した。“⭐︎キラキラ三列ゆったりシート⭐︎”とは名ばかりの夜行バスの猫の額ほども狭い座席に座り、あらゆる関節を軋ませながら7時間揺られたので、尻の穴の奥にあるであろう骨が痛む。尻の穴の奥の鈍痛を抱えたまま、朝の7時から開いている喫煙可能店を探して歩く余裕はなかったので、とりあえず目についたコメダ珈琲にてコーヒーと小倉トースト、至高の固ゆで卵を美味しく頂いた。簡単な料理とはいえど、全国どこでも同じ味を出せるのはチェーン店の強み。未知の妥協飯ほど怖いものはない。

 名古屋名物モーニングで腹を満たし、尻の穴の奥の鈍痛も和らいだところで、大本命のサウナへ向かう。事前にレビューを見ると“扉を抜けるとそこはフィンランドへ繋がっていた”と大層なことが書いてある。数日前に夜行バスを予約したときから一番楽しみにしていたイベントだ。
 
 フィンランドといえば、労働者がコーヒー休憩を取る権利を剥奪してはならないという法律カハヴィタウコ、無形文化遺産に登録されるほどのサウナ文化など、僕のために作られた国なんではないかと思わされるほど魅力的な国である。「とはいっても観光客が旅行地に感じる魅力と国民の納得感に温度差があるというのは往々にあることでフィンランドもそんな感じなんでしょう?」と思うところもあったが、なんと幸福度報告もここ3年連続1位だという。非の打ち所がないのか。

 フィンランド移住を考えながら、熱波ヴィヒタ冷却熱波ヴィヒタ冷却熱波ヴィヒタ冷却熱波ヴィヒタ冷却…と繰り返していると、あっという間に2時間近く経ってしまった。長髪を携えていると洗髪とドライヤーで少なく見積もっても20分はかかってしまい、2時間を超えて3時間料金になると次の給料が入るまで生活できなくなってしまうので、急いで出た。

 本日から二週間の無休労働。コーヒー休憩とヴィヒタが日常にあるようなフィンランド移住を夢見ながら日々を薙ぎ倒していこう。

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