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第二話 青果市場の従業員が転生してメタバース空間の女子高生になった件(Azusa編①)

朝起きたら自分以外の誰かに生まれ変わってますように。

そう願いながら眠りにつくのがイイダアズサの毎晩の日課だ。小学生ぐらいの頃からなんとなくそうしていた。東京に上京し青果市場に就職した今も変わらない自分の中の儀式。

「なんだこれ」

朝起きたら渋谷のような街にいて
自分は……可愛らしい女子高生になっていた。

仕事でヘトヘトになり気絶するかのように眠りについたのが記憶の最後。なので前触れや心当たりは特になかったように思う。
夢に出てきた狐のお面の女子高生以外は。

何はともあれ、ついに念願叶って自分以外の人物、しかも女子高生に生まれ変わった。

これは思い切り喜ぶべきことかもしれないが、分からないことがありすぎて……素直に冷静に適切に喜べない。自分は今、一体誰なんだ?
自分の生来生まれ持った用心深さも関係しているなとアズサは思う。

おそらくここは自分の知っている渋谷ではないし、そもそも地球上の土地ですらないかも知れない。色々な憶測が頭を駆け巡っては消える。

歩きながら渋谷周辺にあるはずの取引先を巡ってみたが知っている居酒屋も飲食店もどこにも見当たらず途方に暮れる。

「さて、これからどうしよう……」

歩いていてすれ違うのは人間だけでなく動物や化け物のような格好の生き物も多い。

「落としましたよ」
「あっ、すみません……ありがとうございます」

自分の身体と大体同じサイズのヘビが落とし物を拾ってくれた。スクールバッグに付いていたであろう小さなハトのキーホルダー。みえないチカラ兼ヘビのご好意でハトは宙に浮いている。この世界のヘビとは普通に会話が可能のようだ。そして優しい。
受け取ったキーホルダーをいそいそとバッグに付けた後、小さな路地を目的もなくふらふら歩く。

夢である可能性も捨てきれないと考え、ベタだがほっぺたをつねってみる。

「痛ぇ……」

夢ではなさそうだ。

アズサは大きな青果市場の中にある仲卸会社で働いていた。
しかし、少し前に感染症が大流行して以来、飲食店の休業が相次ぎその影響で厳しい売上が続いていた。
売上が減っていくのとは裏腹に上司からの圧は日に日に大きくなりこのところはストレスを感じない日はなかった。
このエリアもかなりの取引先が感染症流行の影響を受け、休業を余儀なくされていた。

「そういえば、誰も使い捨てのマスクをしてないな。防護マスクみたいなゴツゴツしたマスクをしている人は見かけたけど。この世界では感染症は目立って流行してないらしい」

基本的に日々の移動は配送車とターレットという市場の中を走る車なので意外と運動不足だったりする。ちょっと歩き疲れたなとアズサは思う。お腹も空いてきた。

坂道をゆっくりと歩きながらさらに過去の出来事に思いを巡らせる。


地元の農業高校を卒業して東京に来たのは自分以外の誰かになりたかったから、かも知れない。両親はアズサが小学生の頃に2人とも亡くなっていて育ての祖父から逃げるように地元を出た。

けれど、自分のことを誰も知らない土地で生きるということは返って自分から逃げられないものなのだとアズサは学んだ。無口で不器用で臆病な自分自身から。

「……」

思考が堂々巡りしたあたりで脳をくすぐるような芳しい匂いに誘われた。
顔を上げると目の前にラーメン屋が現れた。

"pajiro"

「ぱ、じろう…?」

上京後間もない時期、大学生をしていた中学の友人とラーメンを食べに行ったことをふと思い出した。友人の大学の近くにある店舗が有名店らしく長時間行列に並んだ末に食べたが絶品だった。

ニンニクがたっぷり入ったラーメンだったのが良かったのかもしれない。Aは故郷は嫌いだったが名産品であるにんにくは大好物だった。

それ以来2、3ヶ月に1度、忘れた頃に無性にそのラーメンが食べたくなり足繁く通うようになった。もやしとニンニク、チャーシューが特徴的なラーメン。
目の前のお店はおそらくその系統のラーメンに違いないと店先に漂う匂いで分かった。

食券を購入し列に並ぶ。自分のすぐ前にも女子高生がいるな、とアズサはセーラー服の後ろ姿を眺めた。

「食券みせてください」
「大で」
「前にいる子にも言ったけど、うちは結構多いよ?大丈夫ー?」
「いつも大なんです」
「貴女もはじめてじゃないのね!かしこまりました」

クールな笑顔の女性店員にニコリと笑顔を返す。
見た目は今をときめく女子高生そのものだが中身は高校卒業後5年間社会に揉まれた、本当はヤニ臭い市場勤務の男なんですけどね、とアズサは心の中でニヒルにつぶやく。

店内に入る。麺をひっきりなしに茹でているからだろう。湿度が高い。でもこの空気感が好きだったりする。

椅子に座ってすぐに厨房にいる可愛らしいショートヘアの女性店員に目がいった。アルバイトかな、店主はどこだろう。コップの水で喉の渇きを潤す。

「ニンニク入れますか?」
「……えっと、ニンニクマシマシアブラカラメで」

可愛らしい女性店員は想像よりも低めの落ち着いた声だった。
しかし、この後さらに想像を斜め上に越えてくる。

様々な飲食店の厨房に納入がてら出入りしていた自分なら分かる。
女性店員はかなり熟練した素早い動きでその場を切り盛りしていた。そして店員同士の会話を聞く限りこの娘がどうやら店主らしい。

「お待ち」

あっという間にラーメンは完成し、目の前に運ばれてきた。

「これは…!!」

ラーメンと対峙した瞬間、ニンニク、もやし、麺やチャーシュー、それぞれに対するリスペクトの念を感じた。つくり手の、この女性店主の、食材たちに対するリスペクトだ。
荒くれ者のような見た目だが、とてつもない繊細な力でこのラーメンは形を保っている。

大量のニンニクをスープに溶いて麺に絡めて一気に口の中へかき込む。

「うまい……っ!」

同じく大を頼んだらしい隣の客と競うように麺をかき込む。コイツも女子高生なのになかなか速いし良い食べっぷりじゃないかとアズサは舌を巻く。

アズサがあと一口、というところで隣の女子高生は完食をしたようだった。
隣の女子高生はガタッと大きな音を立てて勢いよく立ち上がる。

「ここで働かせてください!!」

いやぁ若いっていいなあ。
そう思いながら最後の一口をすすった。

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