竹内という男、ミカという女
同じ職場の竹内は典型的なジャイアン・スネオ融合型であり、自分より社歴の短い人間に対しては常に「ぁあ!?」「んだてめー」とイキってくる。
それまで竹内と絡む必要のなかった私は、対岸の火事が如く、あー気持ちの悪い奴がまたなんか騒いでるなー、くらいにしか思っていなかった。
しかしついに竹内から担当現場を引き継がなければならない時がきてしまった。
「つーか引継っつったって俺も半年しか担当してねえからわからないから。前任の担当にきいて」と竹内は言い、実際ほとんど引継ぎをしてくれなかった。
前任の担当はもう半年前に退職している。
隣で話を聞いていた安藤が「私も3か月しか担当してないからわからないって言ったら竹内さん、そういう問題じゃないから!って言って、以来3年間、未だに私に内容訊きにきますよ」と言っていた。
それでも客からの問い合わせには対応しなくてはならない。
私はやむなく勇気を振り絞り
「竹内さん、最後の一回だけ教えてほしいことがあるのですが…」と竹内にお願いをしようとした。
すると竹内は「最後だかんな。最後の一回だかんな。最後の一回、これだけはなんの言う事でもきいてやるし教えてやるよ。だけど最後だからな」と言ってきた。
なので私は「じゃあ…最後の一回のお願いをあと10回まで増やしてください」と言ってみた。
「ああ!?てめえ舐めてんのかよ!!」と竹内は激怒した。
お前がな。と心から言いたかったが、トラブルは御免の私は「申し訳ありません」と深々と頭を下げた。
翌日、竹内は頼んだ仕事をやってくれた。
「あと8回だからな!10回に増やしたのでマイナス1回!この仕事でマイナス1回!トータル残り8回だからな!」と言っていた。
「じゃああと8回をあと18回に増やしてください」と言うと
「ああ!?ふざけんなよ!多いわ!」と私を強く一喝し、「あと17回…」と小さな声で呟いていた。
打ち出の小槌状態である。無限だ。
○
もう一昨年のことになるが、ソフトバンクにて大規模な通信障害が発生し、ユーザーは携帯電話の通信サービスが利用できずに大混乱となった日があった。
あの日、会社では竹内がデカイ声で「なあ!?ソフトバンクユーザーいる!?繋がらねえんだけど!」と発狂していた。
それをみた安藤は「そもそも声がウゼエんだよ」とちんすこうをかじりながら呟いた。
私のほうは全く別の事態でテンパっていた。
朝から本当に嫌いで嫌で嫌で仕方ない客から、○○の件を大至急確認し、大至急報告せよと依頼があった。
しかし私はもう完全にやる気がなく、後でいいや後でいいやを繰り返した結果、完璧なる後回しとなり、完璧なるヤベー、やってねえや状態であった。
頭が痛い。
そこにきてこの竹内発狂である。
うるさいにも程があ…うん?通信障害…?
その時私に天啓ともいうべきか、妙案が頭に降って湧いた。
そうだ。携帯繋がらなくて何もできてないことにしよう。
私は慌てて自身の会社携帯の電源を切った。
そしてウィキペディアで篠田麻里子のページを調べて時間を潰した。
数時間後、竹内が「おっ!復旧した!復旧したよみんな!復旧した!」とまた大騒ぎした。
それをみた安藤が「そもそも声質が不愉快なんだよ」と蜂蜜金柑のど飴を噛み砕きながら呟いた。
私はすぐに客先へ電話をいれた。
「すみません!!ソフトバンクが通信障害で全く繋がらず…公衆電話を探したのですがどこにもなくて…やっとみつけたら長蛇の列でして…」
「それは仕方ないですよ。こういうのは。でもあれ?今日ずっと事務所にいるんじゃありませんでしたっけ?固定電話は?」
「…急遽の対応で外出してまして」
「ああ…でも、っていうかお宅の会社の携帯ってauじゃありませんでしたっけ全員」
「……ちょっと故障してていまは家族のソフトバンク携帯使ってまして」
じゃあいま電話かけているこの携帯はなんなんだよ、と我ながら思った。
嘘つけ!と思っているに違いない、と我ながら思った。
だが客先担当はそれ以上何も言ってこなかった。
○
中野のガールズバーのミカちゃんと夜デートをする約束をしていたが、待ち合わせ時間になってもミカちゃんは現れず、また、連絡も繋がらなかった。
仕方なく私は家に帰り、ずっと龍が如く維新で薪割りのミニゲームをやっていた。
深夜になると突然、ミカちゃんから電話がかかってきた。
「ミカちゃんどうしたの?心配したよ」
そういうとミカちゃんは
「…ごめん!!ソフトバンクが通信障害で全然電話繋がらなくて…」
と言った。
「それは仕方ないよ。こういうトラブルは仕方ない。…でもあれ?通信障害は夕方には復旧してたはずだけど…」
『…私のソフトバンクは復旧してなくて…長引いたみたい』
「ああ。…でも、っていうかミカちゃんの携帯ドコモじゃなかったっけ?」
『……ちょっと壊れて修理出してて。おばあちゃんのソフトバンク携帯使ってるんだ』
じゃあいま電話かけてきているこの携帯はなんなんだよ、と私は思った。
嘘つけ!!と私は激しく思った。
だが、私はミカちゃんにそれ以上は何も言わなかった。