私は子供

“未来のミライ”と言う映画を見てきました。
内容について詳しくは話さないですが、ネタバレが嫌な方は読まないでください。




結論から言うと家族をテーマにしたラストはほのぼのした気持ちで終われる映画なんだと思います。
泣かせる映画じゃないです。

でも私が今日個人的にすごく泣いてしまったところがありました。

主人公のくんちゃんが、妹の誕生で今まで可愛がってくれていた両親が妹ばっかりになってしまい、嫉妬して妹のミライちゃんに手を出そうとします。
そして母親にものすごく叱られて泣きわめくシーンです。


辛いよね、寂しいよね。すごくわかる。
ミライちゃんの事腹立たしいよね。いなくなれって思っちゃうよね。

と、ものすごく共感する反面、辛い時に思いっきり泣きわめけるくんちゃんが物凄く羨ましかったのです。


今までどんなに辛い事があっても、小学校後半ぐらいからは泣いてはいけないと思っていました。

辛い事をうまく説明できないし、泣いたって同情してもらえるわけでもないし。


だからずっと我慢する癖がついてしまってました。
今もそうです。


だからそんなくんちゃんが本当に羨ましくて、いろんな感情の涙が溢れていました。
絶対そこは涙を誘うシーンでもなんでもない、、私だけが泣いてたと思います。


ADHDが判明し、昔よりは辛い事苦手なことは言いやすくなりました。


だけど、ちょっとしたことで傷つきやすく、普通の大人ならグッと我慢できる事を、私は声を出して泣きたくなるぐらい辛く感じてしまいます。

こんな事で誰も泣かないと分かってるからこそ、泣きたい気持ちを誰にも言えず、結果声も出なくなって、余計に相手や周りをイラつかせてしまいます。


発達障害って、感情の沸点やコントロール具合がほとんど子供みたいな感じなんじゃないかと思います。
だから“発達障害”という言葉が私はしっくりくるのです。


辛い時に辛いと言いたい。
泣きわめきたい。周りにとっては小さなことでも、私にとってはそれぐらいに感じています。


落ち込みやすいADHDの特性は何とか改善したいなーと思うのですが、まだまだ時間がかかりそうです。


彼氏にも、「そういう訳だから私を子供だと思って接して」なんて絶対に言えません。
だけど、もしここまで理解してくれていたらどんなに楽だろうと思います。


周りの人にADHDをどこまで理解してもらい、どこまでサポートして貰えばいいのか、未だに分からないことも多いです。



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