弁護士法に基づく懲戒手続きにおける個人情報の取り扱い

一 問題提起


 弁護士法第58条第1項は、「何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。」と定める。このように条文上は、懲戒請求の対象となる弁護士または弁護士法人(以下、「対象弁護士等」という。)と特段の関係を有しない人でも、懲戒請求を行うことができるようになっている。
 従前は、懲戒請求は、受任事件の依頼者だった者か相手方だった者によってなされるのが通常であった。希に、対象弁護士とプライベートで紛争関係にあった者によってなされることはあるが、その場合であっても、対象弁護士にとって、懲戒請求者が誰であるのかは、「懲戒の理由」を見ると概ね見当がついた。
 ところが、文部科学大臣による平成28年3月29日付けの、「朝鮮学校に係る補助金交付に関する留意点について(通知)」に日本弁護士連合会会長等の反対声明がなされたことに関して特定のブログに煽られるがままになされた一連の懲戒請求については、「懲戒の理由」とされている事実と懲戒請求者との間に特段の関係がないので、対象弁護士としては、「懲戒の理由」を見ただけでは、懲戒請求者が誰であるのかを具体的に想像することができなかった。
 実際には、多くの単位会で、懲戒請求を受理し、綱紀委員会に調査開始を命じた旨を対象弁護士等に通知する際に、懲戒請求書に記載された懲戒請求者の氏名及び住所を通知するようになっている。このため、対象弁護士等としては、その懲戒請求が不当なものだと考えた場合には、改めて懲戒請求者がどこの誰であるのかを調査することなく、懲戒請求者がどこの誰であるのかを知ることができる。これにより、不当な懲戒請求を受けたと考えた対象弁護士等は、懲戒請求者を、虚偽告訴等罪(刑法第172条)の嫌疑で刑事告発したり、不当懲戒請求として不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起したりすることができる(注1)。
 実際、日本弁護士連合会会長等の反対声明に関して特定のブログに煽られるがままになされた一連の懲戒請求、ないしそのような懲戒請求との関連でなされた懲戒請求等の対象弁護士が懲戒請求者を被告とする損害賠償請求訴訟を提起する例が頻発するようになったが、その際には、被告を特定するために、調査開始通知とともに単位弁護士会から告知を受けた懲戒請求者の氏名・住所が用いられた。
 すると、被告とされた懲戒請求者は、単位弁護士会が個人情報保護法に違反して対象弁護士にその個人情報を提供したものであり、そのような違法な情報を用いてなされた訴えは訴権の濫用にあたるなどの主張をするようになった(注2)。また、個人情報保護法違反を理由に単位弁護士会や対象弁護士等を被告とする損害賠償請求訴訟が上記懲戒請求者たちからなされるようにもなった。
 そこで、弁護士法上の懲戒手続の中で調査開始通知に伴って弁護士会が対象弁護士に対し懲戒請求者の個人情報(とりわけ氏名及び住所)を提供することが個人情報保護法違反となるのかについて、以下検討することとする。
 なお、懲戒手続や綱紀委員会等に関しては、各単位弁護士会が、日本弁護士連合会の承認を受けて、会則を定めなければならないとされ(弁護士法第33条第1項第8号)、実際にも各単位会ごとに会則や運用が異なっている。全ての単位会の会則や運用について言及することは実際的ではないので、懲戒手続における個人情報の取扱いが特に訴訟上問題とされた東京弁護士会と神奈川県弁護士会の例を中心として検討することとする。

二 懲戒手続における個人情報の取扱い


 以下の議論の前提として、懲戒手続においてどのような個人情報がどのように取り扱われるのかを確認しておくこととする。
 懲戒請求者が弁護士法第58条第1項の懲戒請求を対象弁護士等の所属弁護士会に対して行うと、当該弁護士会は、対象弁護士等につき、懲戒の手続に付し、綱紀委員会に事案の調査をさせなければならないものとされている(弁護士法第58条第2項)。
 弁護士法上は懲戒請求の方法を書面の提出に限定していないが、各単位会は、綱紀委員会会則等で、懲戒請求にあたって書面を提出することを求めている(例えば、東京弁護士会綱紀委員会会則第12条第1項)。
 懲戒請求書の記載事項としては、懲戒請求者の氏名・名称及び住所、対象弁護士の氏名及び事務所等、懲戒を求める事由等が挙げられているのが通例である(例えば、東京弁護士会綱紀委員会会則第12条第2項)。懲戒を求める事由とは、対象弁護士等に「その品位を失うべき非行があつた」と思料した理由のことであるが、これは、懲戒請求の対象となる対象弁護士等の具体的な言動と、当該言動が「その品位を失うべき非行」に該当するとする法的根拠を含む概念である。対象弁護士が具体的に取り扱った事案に関して懲戒請求がなされる場合には、当該事案に関与した個人に関する情報が、「懲戒を求める事由」欄に記載されることとなる。
 弁護士会が受領した懲戒請求書は、当該弁護士会の綱紀委員会に回されてそこで調査記録簿に編綴されて管理される(例えば、東京弁護士会綱紀委員会細則第11条)。また、弁護士会は、綱紀委員会に事案の調査をさせたときは、その旨及び事案の内容を、書面により対象弁護士等に通知する義務を負っている(弁護士法第64条の7第1項第1号。なお、東京弁護士会綱紀委員会会則第14条)。その旨及び事案の内容の一部を構成する情報として、弁護士会は、懲戒請求者の氏名・名称及び住所を対象弁護士に通知している。
 また、対象弁護士について調査開始を命じられた綱紀委員会は、「調査又は審査に関し必要があるときは、対象弁護士等、懲戒請求者、関係人及び官公署その他に対して陳述、説明又は資料の提出を求めることができる」とされている(弁護士法第70条の7)。ただし、綱紀委員会は、事実調査のための組織を有していないので、実際には、対象弁護士等に反論の機会を与えることで調査を行うこととしている(例えば、東京弁護士会綱紀委員会会則第16条第1項)。その前提として、綱紀委員会は、懲戒請求者が弁護士会または綱紀委員会に提出した書面等(懲戒請求書等の主張書面及び証拠等)を対象弁護士等に交付することとしている(例えば、東京弁護士会綱紀委員会細則第19条第1項)。
 他方、神奈川県弁護士会では、複数の懲戒請求者が特定の弁護士について同内容の懲戒請求を行ったケースにおいて、神奈川県弁護士会では、量産型懲戒請求について綱紀委員会に事案の審査を求めた旨の通知を被調査人に行うにあたって、「通し番号及び事案番号並びに本件大量懲戒請求者(1)の氏名、郵便番号及び住所が記載されたリスト並びに本件定型用紙」を添付する方式によったようである(注3)。
 弁護士会からの調査開始決定通知と、その綱紀委員会からの懲戒請求書及び懲戒請求者提出証拠の交付は、通常、一個の郵便物により行われる。ここにおいて弁護士会ないし綱紀委員会から対象弁護士等へ、懲戒請求者の氏名・名称及び住所の提供が行われることとなる。

三 目的外使用にあたるかどうか


 弁護士会ないし綱紀委員会から対象弁護士等への懲戒請求者の氏名・住所という個人情報の提供は、個人情報保護法第18条第1項により禁止される個人情報の目的外使用にあたるかどうかが問題とされた。
 各弁護士会は個人情報取扱事業者に該当するところ、個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うにあたっては、その利用の目的をできる限り特定しなければならず(同法第17条第1項)、かつ、あらかじめ本人の同意を得ないで、上記規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならないとされている(同法第18条第1項)。弁護士会は、そのプライバシーポリシーの中で、懲戒請求書に記載されている懲戒請求者の個人情報を対象弁護士に提供することを謳っていないし、懲戒請求書を受け付けるにあたって、懲戒請求書に記載されている懲戒請求者の個人情報を対象弁護士に提供することについて懲戒請求者の同意を取っていないというのである。
 個人情報保護法における「利用の目的」とは、「個人情報の個別の処理ごとの利用目的ではなく、究極的な利用目的」(注4)すなわち「当該個人情報取扱事業者が一連の取り扱いによって最終的に達成しようとする利用目的」(注5)をいうものとされている。したがって、懲戒請求書に記載されている懲戒請求者の氏名・住所を対象弁護士等に交付するという個別の処理についてあらかじめ定め、公表しておくことまでは、ここでいう「特定すべき利用目的」にはあたらない。
 もっとも、東京弁護士会の「個人情報保護方針」(注6)においては、「2.法令の遵守」として、「当会は、…個人情報保護法をはじめとした個人情報等に関する法令及び下位法令並びに関係するガイドラインの定めるところに従い、当会が保有する個人情報等を適切に取り扱います。」とし、「3.個人情報の適切な収集、利用、提供、委託」として「当会は、…すべての個人情報について、個人情報保護法が定める例外を除き、利用目的を明示した上で必要な範囲の情報を適正に収集し、利用目的を通知し、又は公表し、その範囲内で適正に利用します。」と規定するも、懲戒手続きにおける個人情報の利用については、具体的な規定を置いていない。「東京弁護士会が保有する個人情報データベースと利用目的」という小見出しものと、「2.会員懲戒請求・紛議申立関係データ」として、「弁護士法・本会の会則・規則・細則に定めのある事務手続に従い、事務の管理及び会員による非行等の防止及び早期発見を目的として必要な範囲で利用します」という規定を置くに留まっている。このため、東京弁護士会では、個人情報データベースに組み込まれていない個人情報(例えば、懲戒請求書の正本または副本に記載されている懲戒請求者の氏名・住所等)については、その利用目的を定めていないか、またはあらかじめその利用目的を公表していないのではないかとの疑問が生じ得る(注7)。
 しかし、利用目的は、できるだけ特定しておけば足り、あらかじめ公表しておくことまでは求められていない。あらかじめ利用目的を公表していない場合は、個人情報保護法第21条第4項各号のいずれかに該当しない限り、個人情報取得後速やかにその利用目的を本人に通知しまたは公表する義務を負うに留まる(同法第21条第1項)。
 東京弁護士会においては、懲戒請求者が懲戒請求書等の主張書面及び証拠等を「弁護士法・本会の会則・規則・細則に定めのある事務手続に従い、事務の管理及び会員による非行等の防止及び早期発見を目的として」使用することを予定しており、上記主張書面等に記載された個人情報については、個人情報データベースに組み込まれていないものであっても、「弁護士法・本会の会則・規則・細則に定めのある事務手続に従い、事務の管理及び会員による非行等の防止及び早期発見を目的として」使用する目的でこれを取得しているというべきである(注8)。したがって、上記主張書面等に記載された個人情報についてはその利用目的は特定されているというべきである。
 よって、懲戒手続きに関する「弁護士法・本会の会則・規則・細則に定めのある事務手続に従い、事務の管理及び会員による非行等の防止及び早期発見を目的として」事案の通知や懲戒請求書の交付等により懲戒請求者の氏名・住所を対象弁護士に交付することは、目的外使用にはあたらないというべきである(注9)。

四 個人情報の違法な第三者提供にあたるか。


 また、弁護士会ないしその綱紀委員会が懲戒請求書の写しを交付するなどして懲戒請求者の氏名・住所を、あらかじめ懲戒請求者の同意を得ないで対象弁護士等に提供することが、個人情報保護法第27条第1項により禁止されている個人データの第三者提供にあたるのではないかとの点も問題とされた。
 これは、いくつかの論点に分けることができる。
① 懲戒請求者の氏名・住所が記載されている懲戒請求書を対象弁護伊藤に交付することは「個人データ」の提供なのか
② 弁護士会(ないしその綱紀委員会)からみて所属弁護士は「第三者」なのか。
③ 懲戒手続きに関する弁護士会の会規に基づいて提供がなされた場合「法令に基づく場合」にあたるのか。
 以下、検討することとする。

1 懲戒請求書の交付は「個人データ」の提供にあたるか。


 「個人データ」とは、個人情報データベース等を構成する個人情報をいう(個人情報保護法第16条第3項)。「個人情報データベース等」とは、個人情報を含む情報の集合物であって、特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの(1号)、または、1号に該当するもののほか、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるもの(2号)(注10)をいう。ただし、利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定めるもの(注11)を除く。
 懲戒請求事件にかかる情報をどのように管理するかは、各単位弁護士会に委ねられている。東京弁護士会では、会が綱紀委員会に調査を求めた順序に従って事案番号を付し(東京弁護士会綱紀委員会細則第8条)、事案ごとに調査記録簿を作成し、逐次関係記録を編綴する(東京弁護士会綱紀委員会細則第11条)という運用になっている。この調査記録簿が「特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」にあたらないことは当然である。「特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるもの」にあたるかは問題となり得るが、事案番号は弁護士会が綱紀委員会に調査を求めた順序に従って付されたものに過ぎず、検索の対象たる個人情報(懲戒請求者の氏名・住所)との関係で何らの規則性も有しない以上、これにあたらないと解するべきである。なお、東京弁護士会では、事案番号と懲戒請求者の氏名等、対象弁護士等の氏名等を組み込んだデータベースを作成して内部的に運用しているようであるが、それ自体は、そのようなデータベースを介すれば誰の誰に対する懲戒請求にどの事案番号が付されているかを確認でき、その結果、どの番号の事案にかかる調査記録簿に誰の個人情報が記録されている文書が編綴されているかを検索することができるというに留まる。現段階では未だ、調査記録簿をもって「個人情報を一定の規則に従って整理することにより」特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものということは困難である。
 したがって、懲戒請求書の副本をそのまま対象弁護士に交付したり、懲戒請求書の正本を調査記録簿に編綴する前にコピーをとって対象弁護士等に交付したりする場合はもちろん、一旦調査記録簿に編綴した懲戒請求書からコピーをとってこれを対象弁護士等に交付する場合も、「個人データ」の交付にはあたらないというべきである。
 なお、懲戒請求書に記載されている事項をもとに弁護士会が懲戒請求事件に関するデータベースを作成している場合、対象弁護士等に交付した懲戒請求書に記載された懲戒請求者の個人情報(氏名・住所)と当該データベースにて管理されている個人情報とは同じ内容のものとなるが、だからといって、懲戒請求書に記載されている懲戒請求者の個人情報が「個人データ」になるわけではない。「個人データ」か否か、言い換えれば、個人情報データベースを構成していたかどうかは、個人情報取扱事業者が当該個人情報を第三者に提供するに際して、個人情報データベースからこれを出力(外部記憶媒体への保存を含む。)したか否かで決まるのであり、「個人情報データベース等を構成する前の入力用の帳票等に記載されている個人情報」は、同じ内容の個人情報が個人情報データベースを構成するに至っても、個人データにはあたらない(注12)からである。
 これに対し、特定の弁護士に対し複数の懲戒請求者から同内容の懲戒請求がなされたケースにおける神奈川県弁護士会がとった上記方式においては、「大量懲戒請求者」に関しその氏名、郵便番号、住所、事件番号等が含まれる個人情報データベース等が作成された可能性がある(注13)。その場合、対象弁護士等に提供されたリストは、上記個人情報データベース等から出力されたものである可能性があり、その場合、当該リストに記載されている懲戒請求者の氏名及び住所は神奈川県弁護士会との関係で「個人データ」となる可能性がある。

2 対象弁護士は弁護士会にとって「第三者」か


 個人情報保護法により個人データの提供が規制されるのは、提供の相手方が「第三者」である場合に限られる。
 ここで、個人情報保護法第27条第1項における「第三者」とは、「一般に『当該個人データによって特定される本人』と『当該個人データを提供しようとしている個人情報取扱事業者』以外の者をいい」、「個人情報取扱事業者の子会社等のグループ会社であっても原則として第三者となる」が「同一法人内の他の部署は第三者とはならない」とされる(注14)。
 このため、弁護士会と同弁護士会内の綱紀委員会とは「同一法人内の他の部署」にあたるため、弁護士から同弁護士会内の綱紀委員会への資料等の交付は、そもそも「第三者」への提供にあたらない。
 では、弁護士会(及びその一部署である綱紀委員会)にとって、対象弁護士等は「第三者」にあたるのだろうか。弁護士会が、弁護士及び弁護士法人を会員とする法人であるところから問題となる。
 弁護士法上の懲戒制度が弁護士自治の一環として定められたものであること、それ故、かかる懲戒制度はあくまで内部統制としての性質を有することに鑑みると、懲戒制度との関係では、対象弁護士等は、弁護士会の構成員であって、弁護士会から見ての「第三者」にはあたらないと解するべきであろう(注15)。
 したがって、弁護士会ないしその一部署である綱紀委員会が、懲戒手続の中でその保有する個人データを対象弁護士等に提供したとしても、それは個人データの「第三者」への提供にはあたらないというべきである。

3 会規に基づく提供と「法令に基づく提供」


 弁護士法は、弁護士会に、綱紀委員会に事案の調査をさせたときにその旨及び事案の内容を書面により対象弁護士等に通知する義務を負わせている(弁護士法第64条の7第1項第1号)が、その通知の方法及び通知の対象となる「その旨及び事案の内容」の詳細を規定していない。このため、懲戒請求者の氏名及び住所が「その旨及び事案の内容」に含まれるか否かが問題となる。とりわけ、対象弁護士等が実際に受任した事案等と無関係の言動に関して懲戒請求がなされた場合、懲戒事由として特定された事実関係において懲戒請求者は登場しないのが通例であることから、この点はシビアな問題となる。
 弁護士法は「懲戒の事由」と「事案」とを別のものとして併存的に使用していること、「事案」については、調査の対象となる他、日本弁護士連合会から源弁護士会に「送付」できるものとされていること(弁護士法第64条の2第2項)、弁護士法は同一「事案」に関する複数請求者による二重懲戒請求を排除する規定を有しないこと等に鑑みると、弁護士法上の「事案」とは、対象弁護士の非行を構成する生の事実を指すのではなく、各懲戒手続の対象を指すものと理解される(注16)。したがって、対象弁護士等に関する特定の言動を非行とする懲戒請求が複数の懲戒請求者により行われた場合、それぞれ別の「事案」について懲戒手続が開始することになるから、誰が懲戒請求をしたのかという点は、「事案の内容」を構成することとなる(注17)(注18)。
 したがって、弁護士会が綱紀委員会に事案の調査をさせたことを対象弁護士に通知するにあたって懲戒請求者を特定する情報(氏名及び住所)を対象弁護士に通知することは、法令(弁護士法第64条の7第1項第1号)に基づくものであるというべきである。
 次に、綱紀委員会が対象弁護士に、懲戒請求書の副本または写しを交付することによって、懲戒請求者の氏名・住所という個人情報を提供することは、法令に基づくものといえるであろうか。
 弁護士法には、綱紀委員会における調査の方法については、「綱紀委員会は、調査又は審査に関し必要があるときは、対象弁護士等、懲戒請求者、関係人及び官公署その他に対して陳述、説明又は資料の提出を求めることができる」という規定(第70条の7)を置くだけで、それ以上の詳細を各弁護士会の会規に委ねている(第33条第2項第8号)。多くの弁護士会では、懲戒請求書(実際にはその副本ないし写し)を対象弁護士等に交付して、対象弁護士等に答弁書及び証拠の提出を求めることで、事案の調査を行っている(東京弁護士会では、対象弁護士等に反論の機会を与えなければならない(同綱紀委員会会則第16条第1項)とした上で、懲戒請求者が弁護士会または綱紀委員会に提出した書面等(懲戒請求書等の主張書面及び証拠等)を対象弁護士等に交付することとしている(同綱紀委員会細則第19条第1項)。
 この場合、上記のような会規に基づいて懲戒請求書を交付してそこに記載されている懲戒請求者の個人情報(氏名・住所)を対象弁護士等に提供することは、「法令に基づく」場合にあたるのであろうか。
 個人情報保護法上の「法令に基づく」とは、法令上、第三者提供が義務付けられている場合に限らず、第三者提供の根拠が規定されている場合をも含む趣旨である(注19)。ただし、第三者に提供してよいということが法令上どの程度明確に規定されていることが求められているかについては、特段の議論はない(注20)。
 まず、綱紀委員会会規自体がここでいう「法令」に含まれるかを検討する。
 ここでの「法令」については、「『法律』のほか、法律に基づいて制定される『政令』『府省令』や地方公共団体が制定する『条例』などが含まれますが、一方、行政機関の内部における命令や指示である『訓令』や『通達』は、『法令』に含まれません」とされている(注21)。綱紀委員会における調査→懲戒委員会における審査を経て懲戒がなされることは弁護士法に規定されつつ、その手続の詳細については、弁護士自治の原則に配慮して、弁護士会において会則として定めることが弁護士法上求められている(弁護士法第33条第2号第8号)。すなわち、懲戒手続等に関する弁護士会の会規は、弁護士法上の規定に関する解釈指針を示したものではなく、弁護士法による委任を受けて具体的なルールを設定したものということができる、その性質は訓令や通達よりも、政令や府省令に近い。そして、弁護士会自体が統治機構に組み込まれた公法人であり、懲戒手続がその公的行為の1つであることに鑑みれば、これらの手続に関する会則は、「法令」又はこれに準ずるものであって、これに基づいてなされた個人データの第三者提供については本人の予めの同意は不要であるというべきであろう。
 次に、懲戒手続に関する会規に基づいて懲戒請求書を対象弁護士等に交付することは弁護士法という「法令に基づく場合」にあたるかを検討する。
 弁護士法は、「弁護士会は、所属の弁護士又は弁護士法人について、懲戒の事由があると思料するとき又は前項の請求があつたときは、懲戒の手続に付し、綱紀委員会に事案の調査をさせなければならない」(第58条第2項)として、懲戒事案に関する調査義務を綱紀委員会に負わせるとともに、調査のための権限として、「綱紀委員会は、調査又は審査に関し必要があるときは、対象弁護士等、懲戒請求者、関係人及び官公署その他に対して陳述、説明又は資料の提出を求める」権限を付与し(第70条の7)、さらにその権限の詳細に関する定めを弁護士会の会規に委任している。懲戒請求書において「懲戒の事由」として記載された事実の真否や、そこに記載されている言動をした理由等について対象弁護士等に陳述を求めることが上記綱紀委員会の権限に含まれるのは当然であるところ、そのためには、「懲戒の事由」がいかなるものであるのかを対象弁護士等に示すことが必須である。そして、そのための最も端的な手法が、懲戒請求書及び懲戒請求者から提出された証拠等の対象弁護士等への交付である。したがって、「対象弁護士等…に対して陳述…の提出」を求める権限を弁護士法が綱紀委員会に付与した弁護士法第70条の7が、懲戒請求書及び懲戒請求者から提出された証拠の交付、ひいてはそれらの書類等に記載された個人情報を対象弁護士に交付することの法的根拠となっていると言うことができる。
 

五 まとめ


 以上によれば、懲戒手続において、弁護士会ないしその綱紀委員会が対象弁護士等に懲戒請求者の氏名・住所を開示することは、個人情報保護法に規定された個人情報取扱事業者の義務に反するものとはいえないことが分かった。
 ただし、各単位会のプライバシーポリシーの記載や懲戒請求を受領する際の説明等において、懲戒請求書等の提出資料が対象弁護士に交付されることなどを明示するなりして、誤解を生ずる余地を減らす工夫をすることは、有効であるように思われる。

脚注

(注1) 最判平成19年4月24日61巻3号1102頁は、弁護士法第58条第1項「に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において、請求者が、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに、あえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である」と判示した。
(注2) 東京地判令和1年8月21日(平成30年(ワ)39432号)は、被告Y2の主張を「弁護士会に対して行った懲戒請求に対し、懲戒請求者を提訴するという報復行為を行うことは脅迫行為に当たり、その際に懲戒請求者の個人情報を違法に取り扱ったことは、弁護士という司法に携わる特権を有する立場の者の行為として著しく不適切である。」と整理した上で、「被告Y2は、弁護士会に対して行った懲戒請求に対し、懲戒請求者を提訴するという報復行為を行うことが脅迫行為に当たり、その際に懲戒請求者の個人情報を違法に取り扱ったことが、弁護士という司法に携わる特権を有する職務を執り行う立場の者の行為として著しく不適切である旨主張する。しかし、同主張に係るような事実は、本件各懲戒請求が不法行為に当たるという前記判断を左右するものではないし、仮に同主張が本件訴えの提起をもって訴権の濫用であるという趣旨のものであったとしても、原告らによる本件訴えの提起が、脅迫行為又は違法な個人情報の取扱いに該当し、訴権の濫用であるなどと認めることはできない」と判示している。
(注3) 横浜地判令和2年12月11日判時2503号49頁
(注4) 宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説」77頁
(注5/sup> 石井夏生利=曽我部真裕=森亮二編著『個人情報保護法コンメンタール』46頁
(注6) https://www.toben.or.jp/about/privacypolicy.html
(注7) これに対し、神奈川県弁護士会のプライバシーポリシーは、「神奈川県弁護士会が保有する個人情報とその利用目的(カテゴリ一覧)」とお標題のもと、「8. 会員紛議申立・懲戒請求データ」として、「弁護士法・当会の会則・会規・規則・細則に定めのある事務手続に従い、事務の管理を目的として必要な範囲で利用します。」と表示している。
(注8) 横浜地判令和2年12月22日(令和2年(ワ)2074号)は、「被告弁護士会は、個人情報の保護に関する法律15条1項の規定に基づき、その運営するウェブサイトにおいて、被告弁護士会が保有する個人情報の利用目的を公表しており、このうち「懲戒請求データ」については、弁護士法並びに被告弁護士会の会則、会規、規則及び細則に定めのある事務手続に従い、事務の管理を目的として必要な範囲で利用することを明記していることが認められる。したがって、被告弁護士会が、懲戒請求の対象弁護士である被告Yに対し、懲戒請求者である選定者らの住所及び氏名を、本件リストの送付という方法により提供したことは、その利用目的の達成に必要な範囲を超えたものであるとは認められない」としている。
(注9) そして、弁護士会において上記利用目的があることは、懲戒請求書及び証拠等の受領という取得の状況からみて明らかであるというべきであるから、これをあらかじめ公表していなくとも、取得後速やかに上記利用目的を懲戒請求者に通知しまたは公表する義務を負わないというべきである(個人情報保護法第21条第4項第4号)。
(注10) 個人情報保護法施行令第4条第2項によれば、「同項に規定する情報の集合物に含まれる個人情報を一定の規則に従って整理することにより特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものであって、目次、索引その他検索を容易にするためのものを有するもの」がこれにあたる。
(注11) 個人情報保護法施行令第4条第1項によれば、以下のものがこれにあたる。
一 不特定かつ多数の者に販売することを目的として発行されたものであって、かつ、その発行が法又は法に基づく命令の規定に違反して行われたものでないこと。
二 不特定かつ多数の者により随時に購入することができ、又はできたものであること。
三 生存する個人に関する他の情報を加えることなくその本来の用途に供しているものであること。
(注12) 個人情報保護委員会『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)』2-6
(注13) 懲戒事案一般に関するデータベースにおいては、そもそも「同内容の懲戒請求書が用いられた事案」を抽出してリストアップする機能を組み込む必要がないから、「同内容の懲戒請求書が用いられた事案」について事案番号、懲戒請求者の氏名、住所を列挙したリストが作成されたとしても、上記データベースからデータを抽出して出力した者である可能性は低いように思われる。
(注14) 以上、前掲『個人情報保護法コンメンタール』297頁
(注15) 横浜地判令和2年3月13日(平成31年(ワ)1319号)は、懲戒請求者の氏名・住所をマスキングせずに対象弁護士に交付したことが不法行為とならないとする根拠の1つとして、「対象弁護士は被告弁護士会に所属する会員であって、被告弁護士会に所属しない第三者に告知するものではない」ということを掲げている。
(注16) なお、東京弁護士会綱紀委員会会則は、「事案の調査」と「事実の調査」とを別物として規定しており、前者は部会を設けてこれにさせることができるものとされ(第31条)、後者は調査部を設けてこれをさせることができるものとされている(第31条の2)。
(注17) 東京弁護士会も神奈川県弁護士会も、対象弁護士の特定の言動について同一内容の懲戒請求が複数人によりなされたケースにおいて、各請求者ごとに事案番号を付しており、上記のような理解をしていたものと理解される。
(注18) 東京地判令和1年11月15日(平成31年(ワ)7303号)は、「弁護士懲戒手続において、懲戒請求者が誰であるかという情報は、懲戒事由とされた事由について対象弁護士が適切な認否反論ないし弁明を行うための重要な要素であり、この情報を対象弁護士に開示することは、懲戒手続の適正かつ公正な運用という正当な目的の達成のために必要であるということができる。そうすると、懲戒請求を受け付けた弁護士会が、懲戒手続において、氏名及び住所という懲戒請求者の特定に最低限必要と考えられる情報を対象弁護士に開示することは、上記の目的の範囲内の行為であるというべきであり、懲戒請求者の個人情報をみだりに第三者に開示する行為であるということはできない。」とする。東京地判令和1年12月25日(平成31年(ワ)7515号等)も、「対象弁護士等が懲戒請求者の主張する懲戒事由について弁明を行うためには、懲戒請求者を特定することが重要であるから、懲戒手続の適正かつ公正な運用のためには、懲戒請求者の氏名及び住所といった情報を対象弁護士等に開示することが必要であることは否めない。」とする。前掲横浜地判令和2年3月13日もまた、「適切な事案の調査を行うに当たっては、対象弁護士に懲戒請求の内容を覚知させなければ正確な事情を聴取することはできないため、懲戒請求者を特定する個人情報を対象弁護士に告知することが必要であ」るとする。
(注19) 前掲・『個人情報保護法コンメンタール』298頁。なお、「文書送付が直接強制されない、あるいは罰則により間接的に強制されないとしても、送付嘱託自体が法令に基づいてなされる以上、これに応ずることも法令に基づく場合に当た」るもとしたものとして、大阪高判平成19年2月20日判タ1263号301頁がある。
(注20) 個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)3-1-5⑴は、「法令に基づく場合」として、いくつかの例を例示列挙している。その中には、例えば、「弁護士会からの照会に対応する場合(弁護士法(昭和24年法律第205号)第23条の2)」が含まれているが、弁護士法第23条の2は、「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる」と規定するに留まっており、照会を受けた公務所等がその保有する個人情報を第三者に提供して利用することに直接言及しているわけではない。

(注21) 個人情報保護委員会「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドラインに関するQ&A」A1-63

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?