[ep.12]頽堕委靡
【メインテーマ】
100km歩こうよ大会 in 摩周・屈斜路 2019の実行委員がリアルに100kmを歩くことを決意し、実行したらどうなるのか?
【前回の記事】
[ep.11]非日常のランドマークと、テクノロジ過信へのアンチテーゼ
●地元警備会社のファインプレー「アーモンドグリコ」
第3CPを出発した我々は、次の目的地である、休憩所「最栄利別分館」を目指します。ここを経由した後に、第4CP「9○○草原」へと向かっていきます。
振り返りますと、我々はこの時点では第3CPを出発してからまだそんなに進んでおらず、もう少しすれば国道241号に合流するといったところです。
弟子屈中学校を片目に直進していくと、セイコーマート弟子屈美里店の看板が見えてきます。この交差点を2段階右折して、西の方に向かっていくのです。まずは反対側に渡ります。
反対側に渡る時には地元警備会社「ユーカラ警備」の方が、道の反対側の方から誘導してくださいます。道を渡った時に警備さんと、こんなやりとりがありました。
「ほら、もしよかったらさ、開けちゃってあるけど、これ持っていってくださいよ」
私に手渡してくれたのは、江崎グリコ社の「アーモンドグリコ」の箱でした。開けてみると、3粒入っていました。
※公式サイトは「18粒」しか紹介がなかったのですが、実際に私が受け取ったのは10粒入と思しきもので、18粒のものよりも少し小さい箱でした。
ありがたく受け取った後、今度は西側に道路を横断していきます。道路を渡りきった後にあいぼん氏にアーモンドグリコを分けようとしたところ、歯に詰め物があってキャラメルやガムなどはNGとのことでした。従って、頂戴した3粒全て、箱ごと私がいただきました。
そのうちの1粒は、先程横断した交差点からすぐに開けて食べました。何とも懐かしい味です。食べるのは初めてではないですが、最後に食べたのがいつなのか思い出せないくらい前のことです。あと、ものすごく奥歯に粘着しました。あいぼん氏は食べなくて正解でした。
あいぼん氏が周りを見渡して話します。「確かこの辺りに、ものすごくかっこいい消防本部があったと思ったんだけどな…。」
あいぼん氏は過去にもこのコースを歩いたことがあります。私はコース全体を何となく車で巡ることは出来ますが、歩きでしか見られない景色や体力の減り具合の自覚などは、あいぼん氏の方が大先輩です。
●蓄積されるフィジカル&メンタルの疲労
なぜだろうか、アーモンドグリコをいただくなどという素敵なイベントに遭遇したり、ものすごくかっこいい消防本部のお話を聞いているにもかかわらず、何か心が前を向いていないように思うのです。
休憩所「札友内寿の家」からは、足の裏のマメにより、剣山を足の裏に固定して歩くたびにその都度踏み続けているような痛みから逃れられませんでした。そして先程立ち寄った第3CPでは足首にむくみができ、ねぎぽぽ夫妻からは「緩やかに捻挫をしているようにも見える」と言われたくらいで、実際に足首を回すと筋肉痛とは程遠いような整形外科的な痛みを感じました。
前回歩いた経験から、肉体的な痛みがどうしようもないことはわかっており、痛みで苦しいというのは瑣末なことでした。
問題は、精神面が著しく疲弊しているように思うのです。「心が痛い」という表現がありますが、実際の意味とは違う形での心の痛みが出ているように思います。
ものすごくかっこいい消防本部に出会う前に、国道241号に合流しました。
この交差点を左に曲がると、3.3kmをほぼ直進に進み、左折してさらに1.3kmを歩けば、休憩所「最栄利別分館」に到着します。この時点で時刻は18:06、最栄利別分館のタイムアウトは20:00で約2時間弱の猶予がありますが、各ポイントごとに少し休みたいので、なるべく時間の貯金は切り崩さないようにしたいと思っていました。
●ものすごくかっこいい消防本部
先程の交差点から5分ほど歩いた時に、あいぼん氏がお話していた消防本部が見えてきました。
確かに、綺麗でかっこいい。ものすごくかっこよく写真を撮れていないことが情けない。建物2階?のガラス張りの部分から中が少し見え、それは何となく修練場のように見えました。
建物の角の部分は「FIRE RESCUE EMS Call 119」という、かっこいい配置をしていました。
ここ最近で建設されたように見えるのですが、あいぼん氏が過去に見ているということもあり、間違いなく1年以上は経っています。調べてみたら、2017年7月28日竣工との記事がありました。
●右腿の付け根に激痛 - 概要
消防本部も無事に拝めて、目指すは休憩所です。休憩所までは残り4kmを切ってますが、左に曲がる交差点までは、ゆっくりとした上り勾配です。
この辺りで、私の身体に嫌な兆候が発生しました。下の図の箇所に激しい痛みを感じるようになってきました。腿の付け根の外側とでもいいましょうか。
まずは足の裏のマメのせいで歩くバランスが崩れ、足首の痛みでさらにバランスが崩れ、追い打ちをかけるように杖を突きながら歩くことでさらにバランスが崩れたのだと思います。
この部分の痛みだけは、どうにも耐え難いものでした。「痛み自体が辛い」というよりも、「痛みに耐えながら、この先も歩かなければならない」「痛みが出るような段取りとしてしまったことへの屈辱、後悔」の方が重くのしかかります。
●右腿の付け根に激痛 - 解決策
この痛みのことをあいぼん氏に伝えると、道の途中ではありましたが、「一度休みましょう」と提案してくださいました。
歩道と車道の段差部分に腰を下ろします。そしてストレッチの方法を教えて下さいました。どのようにここに記録しようか悩んでいましたが、まさにズバリ解説しているWebページがありました。これです。
補足すると、このWebページでは椅子に座る姿勢については記載がないですが、あいぼん氏は「背筋を伸ばしてからやりましょう」と話していました。
何度かストレッチを行ってみたところ、少し痛みが引いたような気がします。リフレッシュできたところで、改めて出発します。
●リタイアを検討する - 何を以って自分のゴールとするのか
それでも付け焼き刃のストレッチでは根本的な解決にはならないようで、ストレッチ前よりはマシになったものの、腿の付け根の痛みは無作為に発生します。
この時点で、一つの案として、最栄利別分館に着いた時点でリタイアすることを考えます。
私は本部、サポート、徒歩(完歩)を体験してきましたが、リタイアはしたことがありません。リタイアするなど、ふざけて口にすることはあっても、実際に「ここでこの大会への徒歩参加をやめる」などとは、この時まで一度も考えたことがありませんでした。
この感情の中でリタイアする行為は、ある意味では超克的な観点から見て、本部スタッフとしても、自分自身の生活に於いても、フィードバックの多いものなのかもしれません。
反面で、本部スタッフがかつて一度もリアル100kmコースを徒歩で視察したことはないので最後まで務めを果たす必要があると思いますし、先程の「超克的なリタイア」などというのは、肉体的苦痛から逃れるための単なる言い訳にしか過ぎないことも事実です。
「徒歩継続」と「リタイア」が鬩ぎ合う中でも、確実に僅かばかりでも前に進んでいるという、言わば「死に体の徒歩参加モラトリアム」。この状態が精神面にダメージを与え続ける負のサイクル。
確実に歩くスピードは落ちているものの、時間制限の20:00には最栄利別分館には到着します。
己の心の中で、何が正義が、何が悪か、何を求めるのか、何が不快なのか、解決策はないのか…。こんなことが頭を巡る…いや考えるほどの状態ではなく、無意識に脳を支配していた問いが渦巻く中で、ひとつヒントが見つかりました。
「今回この大会に参加した、自分自身のゴールは何なのか?」
大会趣旨によると、コースを時間内に完歩することが全てではありません。
確かに「あいぼん氏と共にリアル100kmを歩く」という大義名分はありますが、逆に言えばそれしかありませんでした。前の記事でも書きましたが、完歩出来て当たり前、泣き言なんてもってのほか、この大会をあいぼん氏と遊び尽くして楽しくゴールすることだけしか考えていませんでした。
今の自分にとって、どんな行動が正解なのか?止めどなく6W2Hを反芻します。
この道中、ほとんどあいぼん氏に話しかけることが出来ませんでしたが、口先だけでは「リタイアする気はないんですけど、結構身体がきついですね」と話したりもしました。
そして「すみません、自分は最栄利別分館でリタイアするので、後をお願いします」という言葉が、何度も舌の奥の方まで出てきては飲み込んだりと、二日酔いで嘔吐するのを我慢するような感覚でした。
前に歩いているのに、意識の中では前が見えていない。どこに向かっているのかもわからなくなってきている。意識と身体がシンクロしていない。五感と意識がリンクしていない。
何度も「俺って何なのか?」と考えが浮かび、その度に芥川賞を受賞した三田誠広氏の著書「僕って何」が思い出され、自分がそのストーリーの中の主人公でも脇役でもなくストーリーに何の影響も与えないモブキャラになった気がして、100km歩こうよ大会に参加していることを忘れかけては体の痛みで正気に戻ることを繰り返していました。
●休憩所「最栄利別分館」まで、あと1.3km
己を失っていながらも最栄利別分館に向けての足はほとんど止まらず、国道241号を左折するところまで来ました。左折して残り1.3kmで最栄利別分館です。
この写真の道を直進して、正面に登りきったところが最栄利別分館です。
写真を見ていただくとわかるのですが、左側に歩道はあるのですが、とにかく道が悪く、今の自分にはこの道は歩けませんでした。ルール違反とは知りながらも、歩道から降りて車道の端を歩いていました。
楽しさも、苦しさも、あまり考えられない状態です。なぜ自分が前に向かって歩いていることすらも。自分は今どこにいるのだろうか?
●19:13、休憩所「最栄利別分館」に到着
1.3kmの道程を15分かけて、休憩所「最栄利別分館」に到着しました。到着時の外観を写真に収める余裕もなく、建物の中に入っていきます。
この先、歩き続けるのか、リタイアをするのか。決めるのは自分自身です。
[ep.13]本当のリタイアの仕方とは へ に続く