【スタート→第1CP】開帳された瞬間を目の当たりにするがいい
記事初回入稿日:2009.07.06
改訂開始日:2017.07.12
最終改訂日:2019.08.04
2009年6月27日(土)
7:30 大会スタート
【川湯ふるさと館を出発】
前述したように、トイレに入っていて一斉スタートに間に合うことができなかった愚かしい自分を戒める間もなく信号待ちでグループに合流することができました。
私は既に過去3回の大会を見てきたこともあり、始めはグループが大きく散ることがないと知っていたので、スタートに遅れたとしても、そこまで落胆はしませんでした。
それよりむしろ、本部に残った実行委員やサポートの方たちに申し訳なく、信号待ちの後の開始数分の間は、自戒の念に苛まれざるを得ない状況であったことは言うまでもありません。
信号機のある交差点を抜けると、しばらくは黒塗りの赤色灯を掲げたマークXが随所で道案内をしていただいています。
前輪は縁石を跨ぎ、出動に死角なし。その姿といったら、まさに「はぐれ刑事純情派」。
敢えて刑事ドラマの中でも「はぐれ刑事純情派」を選んだ理由としては、実は、本大会のコースでもある摩周湖・川湯温泉には、2年半前に「はぐれ刑事純情派」のロケが来ていたためです。
このブログで、はぐれ刑事のロケについて、ちょっと触れてたりしました。http://blog.goo.ne.jp/yuuubit/e/5315315448535d9756fa95e156c8b0c3
さて、普通は赤色灯を掲げて公道を走ることは道路運送車両法上でNGらしいので、日常生活でマネしたらたぶん捕まります。今回はちゃんと警察に許可を取っているはずです。
話が横道に反れますが、赤色灯の点灯に関する法規は今までずっと「道路交通法」だと思っていました。「道路運送車両法」なんてものが存在するんですね!私は免許を取る際に全く勉強しませんでした。
そんなこんなでも、100km大会参加者はコースをひた歩いていきます。20分くらいすると、固まっていた団体も少しずつ散らばり始めていきます。
私は見事に最後尾に近いグループをテクテク歩いていました。
たまに写真を撮りながら随所で殿(しんがり)となったり、その時一緒に歩いていた私のグループ会社所属のYさんと歩いたり、自由奔放に、変幻自在なペースで自分なりに楽しんでいました。
この大会の実行委員用語の一つとして「殿(しんがり)」という言葉があります。
初回の大会から最後尾のことを「殿」と呼んできたのですが、出所が誰かはわかりません。川湯青年会の方でしょうか。いつの間にか、実行委員の言葉として殿という言葉が浸透し、今に至っています。
この殿という言葉、語源は「後駆(しりがり)」から来ているようで、「goo辞書」では
・退却する軍列の最後尾にあって、敵の追撃を防ぐこと。また、その部隊。
・隊列や順番などの最後。最後尾。
こちらより引用 - 「goo辞書」https://dictionary.goo.ne.jp/jn/113576/meaning/m0u/%E3%81%97%E3%82%93%E3%81%8C%E3%82%8A/
と説明しています。
この言葉を敢えて選び、本大会に使用していることに関し、この本文を書いていて「ああ、何かわからないけど、何となくすごいな」と勝手に一人で納得してしまっていたりします。
今後もこの「殿」という言葉を、後世まで語り継いでいきたいものです。
で、1人で殿になったり、私のグループ会社所属のYさんと歩いたりしている最中にも、実に北海道らしい風景がたくさん出てきます。
ちょっとここら辺で、一気に紹介してしまいます。
スタートから4~5kmくらい歩くと、「この先1.2km 行き止まり」という看板が出てきます。
その看板があるのと同時に、アスファルトだった道路が急にジャリ道に変わります。
ここから約2~3km、「NO アスファルト・ONLY ジャリ道」になります。アスファルト舗装路とは暫くの間、お別れになります。ありがとう、アスファルト。きっとまた、第3CPの先で会おう。
この行き止まりの標識、この先にゲートがあるため普段は行き止まりですが、この大会の最中は一時的に開放されます。
何とためのゲートかというと、シカをシャットアウトする目的です。
この一帯、畑が広がっているのですが、シカが入り込んでくると、畑に植えた芽が全て食べられて、農家さんが泣き濡れるしかなくなってしまうそうです。ああ、考えるだけでぞっとします。かわいそうな農家さん。
そんな、かわいそうな農家さんの救世主こそ、シカ除けのゲートなのです。
これが、本大会のスタート1時間くらいの間、ご開帳されます。屈斜路林道のご来光(ゲートの先は暗いので、実は光なんて見えない)を目の当たりにできる、稀な瞬間です。
そのゲートを目指すべく、今まで通り自由奔放に写真を撮りながら歩を進めていたら、いつのまにか私のグループ会社所属のYさんは、遥か前方に行ってしまいました。
ジャリ道に入ると、何回かカーブに遭遇します。そのカーブには道案内の方が立っているのですが、川湯で民芸品を作って販売していらっしゃる栗田さんにお会いしました。
同じ頃、地元代表選手宣誓をされた、根津さんとも合流を果たします。
根津さんとは、ここから運命というべきか、因果というべきか、最終のゴールまで100km大会の運命を共にすることとなります。
この時を境に、100km大会2009の劣等生の輪郭がくっきりと描き出されたことは、ごく僅かの人間しか知り得なかったでしょう。
2人で歩いてもう間もなく、シカ除けゲートを刮目することとなりました。
「ここが、あのアンチシカゲートか…」
過去の参加者より、シカ除けゲートの場所は本コース最大の段差があるという噂がありました。ここではサポートや本部の方が参加者の手を取り、参加者はジャンプしてやり過ごしていたらしく、これがどのようなものかを自らの目に焼き付けておきたいと願っていたのでした。
しかし実際に近づいてみると…
見事に手作りの階段ができていたのでした!
話を聞くと、先程カーブで待っていた栗田さんが作ったとのこと。
※昨日聞いた話では、メインで型作りをしたのは地元川湯のT氏であることがわかりました。その上で、栗田さんも手助けしていただいたということです。T氏と栗田さん、ありがとうございます!(2009/7/8追記)
なんと!これは快挙だ!
自らの感嘆の声が止まないまま、2人は第1CPを目指して歩きました。
シカ除けゲートを超えると、屈斜路湖の湖畔を通る「屈斜路林道」を通るルートとなります。ここから約23kmの間は、先程も記載したとおり、ジャリ道以外の道はありません。未舗装路です。
ここの林道は屈斜路湖に面していて、道内の釣り人たちが集まる場所でもあります。実際、大会中もたくさんの釣り人の方たちが道を横切ったり、ちょっと道が広くなった所にサオを置いています。
そんな光景を見ながら、とてもここでは書けないようなことを根津さんと話しながらしばらくすると、
さあ、見えてきました。第1CPです。
スタートから約9km、到着時刻は「9:19」。
7:30出発→9:19着ですから、時速4.5km強で歩いたことになります。
ほとんどビリでチェックイン(チェックインというのか?)したのに、人間の徒歩での平均時速「4km」を上回っていたのは、やや驚きでした。
前の皆様、なんかすごいスピードで歩いてるなぁ。と感心したりもしましたが、実はそんなことはなかったのです。
去年の徒歩参加者は、だいたい9:00前には第1CPにチェックインしているんです。
今回、一番早かった方でも9:05くらいだそうで(間違っていたらすみません)、今年のペースは相当ゆっくりであるということがわかりました。
ただ忘れてはいけないことがあります。
この大会の大会趣旨の中に、
歩いている時、また歩き終わった後に何を感じ取れたか、ということを大切にしています。よって、完歩することが全てではなく、また個人的なゴールタイムを競うものでもありません。
という言葉があります。
今年の大会で自分が良かったと感じられたことの一つに、この内容が遵守されていることです。
そう、自分は「ただゆっくり、自然と、人とのコミュニケーションを楽しみながら歩いてほしい」ということを過去3年間、ずっと思っていました。
なかなかここまで自然とヒューマニズムが共生するイベントもそう多くはないと思います。何分、「自然」というファクターが提供されづらいのがネックでしょう。
この大会は、うまくそのあたりのバランスが奇跡的に取れているように感じるのです。
奇跡のこのバランスを、個々がそれぞれ自分なりの解釈で決して急がず、ゆっくりと感じていただきたいと思っていました。
それが今、実現されていることに、多少なりとも感動を感じずにはいられませんでした。
ただ自分は根っからのダメ人間ですので、そんなことを口に出せるはずもなく、ただただおちゃらけて第1CPに滞在したのでした。
【第1CP→第2CP】サブリミナル快感 につづく