1.はじめに
本稿は、ChatGPTの活用シリーズ第2弾であり、ChatGPTで特許拒絶理由をどこまで分析して応答案を提案できるかを記載したものです。ChatGPTの出現により、弁理士は、その役割を終えてしまうのでしょうか。なお、使用したのはChatGPT4(有料版)です。
2.対象案件の選択基準
対象とした案件は、拒絶理由通知を受けた後に意見書と補正書を提出し、特許査定を受けたものを選択しました。特許査定を受けた案件の応答案は、正しい応答であったと推認できます。このとき、拒絶理由通知に基づいてChatGPTが提案した応答案と、実際の応答案とを比較しました。
(1)請求項
本事例は、ガラスに関するパラメータ発明で、かつ36条の拒絶理由を受けたものです。
(2)起案日 平成24年8月21日 拒絶理由通知書
以下の拒絶理由通知書の要点を太字で記載しました。
(3)ChatGPTの分析
ChatGPTのプロンプトに、「請求項と拒絶理由条文と引用文献の対比表を、請求項順に作成してください。」と指示しました。
請求項3-5、請求項5,6、請求項6,7のように纏めて記載している部分がありますが、この記載は寧ろテーブルを圧縮できてよいという考えもあります。
なお誤記の指摘は、明細書に対するものなのですが、「請求項全体」と誤解しています。
・次にChatGPTのプロンプトに、「請求項と、新規性と進歩性に係る拒絶理由条文と引用文献の対比表を、請求項順に作成してください。明確性とサポート要件は不要です。」と指示しました。
上記対比表のうち、請求項1,3-5の「対応する引用文献の部分」欄に「特許請求の範囲」が抜けています。更に、請求項1、5、6、段落【0012】、【0015】、【0041】-【0044】の記載も抜けています。このようにChatGPTは、細かな部分がいきなり抜ける場合がありますので注意が必要です。
次に、ChatGPTのプロンプトに「請求項と、誤記に係る拒絶理由条文の対比表を、請求項順に作成してください。」と指示しました。
次に、意見書を作成するよう指示しました。なお、最初に意見書を作成させたとき、誤記の指摘に対して補正無しに反論しようとしていたので、誤記を補正するようにプロンプトに追記しました。
・請求項2,6,7に対する理由1・2の反論
「私の発明には引用文献1には記載されていない独自の要素が含まれています。」とは、随分と含みのある記載です。具体的な記載は知らないけどあとは任せたと言わんばかりです。
・請求項1-7に対する理由1・2の反論
「私の発明では、この日射透過率Teについて独自の工夫を加えています。」との記載も同様です。具体的な記載についてはプロンプトからは取得できないので、提案できないのでしょう。
・理由3の反論
「補正書を提出する予定です。」として、拒絶理由に承服しています。これはプロンプトの指示とおりです。
(4)起案日 平成25年 5月30日 意見書と手続補正書
以下に、上記拒絶理由通知に対する現実の手続補正書の要点を示します。誤記と指摘された箇所を補正しているのみで、実質的な補正なしです。
そして、意見書の要旨は以下です。最初に引用文献1における論理構成の矛盾について指摘しています。
ここで出願人は、引用文献1には論理構成の矛盾があり、発明の効果を達成させるための構成は何であるかの技術的な教示ないし示唆を得ることは、当業者にとって極めて困難であると主張しています。
更に、以下のように、引用文献1の構成と、本願の請求項1と対比しております。
実際の意見書でもChatGPTと同様に、本願の中間膜の日射透過率をSTF(特別な技術的特徴)として、先行技術に対する差異としています。これは、ChatGPT の提案通りと言ってよいのではないでしょうか。
本願では、上記の意見書と手続補正書により特許査定を受けています。
(1)請求項
本願はインクジェットプリンタに関する発明です。特願2014-169132の審査対象の請求項を示します。なお、出願人は、出願審査請求と共に自発補正していますので、当初請求項とは異なります。
(2)拒絶理由通知書
(3)ChatGPTによる分析
ChatGPTのプロンプトに「請求項番号順に、進歩性に係る拒絶理由条文と引用文献の対比表を作成してください。」と指定しました。作成した対比表は以下です。特に誤記等はないようです。
次に、ChatGPTのプロンプトに「拒絶理由に対する意見書を作成してください。但し、明確性の拒絶理由は解消するための補正を行うこととしてください。」と指定しました。但し以降を指定しないと、ChatGPTは、現状の記載で問題ないと強弁するためです。
ChatGPTは、主引用文献に副引用文献を組み合わせた部分について反論していますし、具体的な中身までは未記載です。
明確性を解消するための具体的な記載についても未記載です。
次に、請求項1-5をChatGPTに読み込ませたうえで、請求項1,5について、明確性の拒絶理由通知を解消する補正案を作成するよう指示しました。補正されている箇所を太字で示します。なお、請求項1-9をChatGPTに読み込ませると、文章が長すぎたせいでエラーになりました。
請求項1の補正案、請求項2の補正案ともに、あまり見かけない括弧書きで補正しています。これは、ChatGPTは日本特許の補正案をあまり学習していないためとおもいます。
(4)提出日 平成30年 6月8日の意見書と手続補正書
補正前請求項1は、補正後の請求項1に対応します。先行詞として廃インクを記載するのではなく、「前記廃インク」を単に「インク」に補正していました。実務上はどちらを補正してもOKです。
なお、補正前の請求項5は削除されています。
補正前請求項9は、補正後の請求項9に対応します。拒絶理由通知書の補正の示唆のとおり「第3ヘッドユニット」を「第3のヘッドユニット」に補正しています。
更に、以下に実際の意見書の要旨を記載します。
本件の実際の意見書では、本願発明の合流部そのものではないにせよ、合流部の下流に係る構成である「該底部に到達した後に前記廃インク回収容器内に配置されるインク吸収材に接触させる」構成について、引用文献2との差異について詳細に記載しています。これはChatGPTの指摘した事項の範囲といってもよいのではないでしょうか。
本願では、上記の意見書と手続補正書により特許査定を受けています。
(1)請求項
本願はインクジェットプリンタに関する発明です。以下は、特願2014-189733の出願審査請求時の請求項です。なお、出願人は、出願審査請求と共に自発補正していますので、当初請求項とは異なります。
(2)拒絶理由通知書
以下に、拒絶理由書に要点を示します。
(3)ChatGPTによる分析
ChatGPTに本願の対比表を作ってもらいました。いわゆる許可クレームを含めて作ってくれています。
次に、意見書案の作成を指示しました。
請求項1の減縮をすすめていますが、具体的な記載については何ら記載していません。許可クレームである請求項2の活用については提案がないようです。
請求項3-4は、どのような「具体的な新しいアプローチまたは技術」については言及していません。
請求項5は、ノズル使用率そのものではなく、ノズル使用率の調整方法に特許性がある旨を主張しています。具体的な調整方法については言及していません。
(4)ChatGPTによる自動補正
許可クレームである請求項2で、独立項を限定する補正をChatGPTに指示しました。プロンプトは、「以下の請求項2の構成を、請求項1と7に組み込んでください。請求項2以降の請求項番号と引用を修正してください。」です。
ChatGPTは、許可クレームに限定する程度の簡単なものなら、ほぼ完璧に動作します。
更に「以下の請求項2の構成を独立項に組み込んでください。そして請求項番号と引用を修正してください。」という汎用性の高いプロンプトで試してみました。これでも充分に動作します。出力ごとに微妙に表記が違うのはご愛敬です。
(5)提出日 平成30年 9月11日の意見書と手続補正書
実際の手続補正書は以下です。
実際の意見書の要旨は以下です。
実際の応答案は、許可クレームである請求項2を、当初請求項1に組み込むというものでした。これは、ChatGPT の指摘した、引用発明1には記載されていない_[具体的な特徴または要素]_に対応するとも考えられます。
本願では、上記の意見書と手続補正書により特許査定を受けています。
(1)請求項
本願は摩擦攪拌接合に関する発明です。以下は、特願2014-127639の当初請求項です。
(2)拒絶理由通知書
(3)ChatGPTによる分析
ChatGPTに、上記の拒絶理由通知書を読み込ませて、対比表を作ってもらいました。ここでは請求項6で相違点が記載できていないことに注意すべきです。どうやらChatGPTは、約2500文字までしかプロンプトで取り扱えないようです。
次に、ChatGPTに、拒絶理由通知に対する応答案を作成させました。
・請求項1について
ChatGPTは、鉄を主成分とする合金に対する特定の効果や機能で特許性を出す事を提案しています。これも具体的な提案は無しです。
・請求項2は、更に具体的な下位概念となる具体的手順で限定することを提案しています。
・請求項3は、プローブの収容構造の下位概念で限定し、その効果を主張することを提案しています。
・請求項4-6の提案は随分と投げやりです。請求項4-6の拒絶理由の説明は、ChatGPTが取り扱える文字数(トークン数)を超えている領域にあるため、充分に応答案が作成できないせいかもしれません。
(4)提出日 平成29年 9月15日 手続補正書と意見書
以下に現実の手続補正書のうち、請求項1の部分を示します。なお太字部分は補正部分です。
現実の意見書の要旨は以下です。なお太字は筆者が付与したものです。
現実の手続補正書では、ChatGPTの提案とは異なり、プローブが外気に直接触れない限定を掛けており、現実の意見書にて作用効果を主張しています。
ChatGPTは、本願発明の実施形態を知らないので、このような具体的な応答案は提案できません。将来、明細書の実施形態すべてをChatGPTに学習させることができれば、実際の応答案に近い応答案が提案できるようになるのかもしれません。
7.おわりに
本稿は、いま流行りのChatGPTで特許拒絶理由をどこまで分析できるかを記載いたしました。ChatGPTは、許可クレームに限定すること、機械的に対比表を作ることと、補正の示唆とおりに補正することに使えますが、誤りもあります。但し、機械的な書類整形たけであったとしても、時間を掛けていた手作業が自動化できます。但し、ChatGPTは、プロンプトで扱えるトークンに制限があり、日本語で約2500文字を超えると動作しなくなるようです。
また、ChatGPTは、応答案の概略方針についてはガイドしてくれますが、特許庁の審査に耐えうる具体的な応答案は作成できません。具体的な応答案を作成できるのは、弁理士や知財部員など専門家に限られると思います。つまり、ChatGPTなどの生成AIは、専門家が自身の作業方針を確認した上で、その作業を高速化するためのツールとして価値があるのだとおもいます。
つまり、すべての意思決定をAIに委ねるのではなく、人間とAIが半々ずつ関与するスタイルで意思決定を行うことが望ましいのでしょう。
古代ギリシャにおいて、馬に乗った東方騎馬民族のスキタイ人は、その戦闘力の強さから、半人半獣のケンタウロスとして恐れられたそうです。現代も同様に、生成AIを使いこなす弁理士や知財部員は、ケンタウロス型専門職として、戦闘力が高い人材となり得るとおもいます。