1.はじめに
特許請求の範囲の記載は、明確性を有していなければいけません。明確性を有していない場合、特許法第36条第6号第2項の拒絶理由が通知されます。
特許審査基準 第II部 第2章 第3節(5) には、「範囲を曖昧にし得る表現」について記載されています。これらのうち、類型d,e に着目します。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/02_0203bm.pdf
類型 d,e は、列挙された単語やフレーズを機械的に検知することで、この類型に該当することを検知可能です。
ここでは、類型 d,e の出現頻度を測定し、更に類型 d,e の検知機能を明細書Lint ver.1.3.3.1に組み込んだのち、明細書Lintが実際に類型 d,e を検知できているか否かを評価しました。
明細書Lint ver.1.3.3.1は、以下のリンクからダウンロードしてください。
明細書Lint をインストールしたのちに特許請求の範囲を含むWord文書を用意し、「請求項」ボタンをクリックすることで、請求項の形式的な不備を機械的にチェック可能です。
なお、当記事のアイキャッチ画像は DALL-E-3 で生成したものです。
2.実際の拒絶理由通知について
以下、所定の特許母集団の各案件に実際に通知された拒絶理由通知を分析して、上記の類型 d,e についての出現頻度を算出しました。
特許母集団は、国際特許分類B05B1/00かつ2020年に公報発行され、特許査定または拒絶査定を受けた337件です。うち、上記類型 d,e に該当する拒絶理由を受けたものは16件であり、出現頻度は4.7%です。
特願2020-072611
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和5年11月16日)にて、以下の拒絶理由を受けています。
特願2020-072611の出願時の請求項を明細書Lint(ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。「好ましくは」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2019-556676
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和2年11月5日)にて、以下の拒絶理由を受けています。優先権の基礎は、DE 102017206540 です。
本願の出願時の請求項を明細書Lint(ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。「特に」の記載を正しく検出して警告しています。本願のように外国出願を基礎とする出願には、範囲を不明確にする記載が多い傾向があります。
特願2019-555897
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和4年2月10日)にて、以下の拒絶理由を受けています。優先権の基礎は、FR 1753244 です。
本願の出願時の請求項を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項2,3の「有利」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2019-552065
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和4年4月8日)にて、以下の拒絶理由を受けています。優先権の基礎は、FR 1752497 です。
本願の出願時の請求項を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項5の「特に」の記載を正しく検出して警告しています。
拒絶理由通知書には、更に請求項17の記載についての指摘があります。
本願の出願時の請求項を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項5の「好ましくは」「より好ましくは」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2019-551973
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和4年4月7日)にて、以下の拒絶理由を受けています。優先権の基礎は、FR 1752496です。
本願の出願時の請求項を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項4の「任意選択的に」の記載を正しく検出して警告しています。
本願の出願時の請求項13の「特に」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2019-530058
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和3年9月30日)にて、以下の拒絶理由を受けています。優先権の基礎は、US 62/428,907; US 62/541,484です。
本願の令和2年12月1日提出の手続補正書の請求項を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項1などの「実質的に」の記載を正しく検出して警告しています。
本願の令和2年12月1日提出の手続補正書の請求項を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項1などの「約」の記載を正しく検出して警告しています。
本願の令和2年12月1日提出の手続補正書の請求項を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項1などの「ミクロン」の記載を正しく検出して警告しています。
本願の令和2年12月1日提出の手続補正書の請求項を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項2などの「好ましくは」の記載を正しく検出して警告しています。
本願の令和2年12月1日提出の手続補正書の請求項を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項3,4の「ほぼ」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2019-101642
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和4年9月27日)にて、以下の拒絶理由を受けています。
本願の令和2年12月1日提出の手続補正書の請求項を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。この記載は検出できませんでした。
特願2018-510438
本願は、拒絶理由通知書(起案日:平成31年4月17日)にて、以下の拒絶理由を受けています。優先権の基礎は、FR 1558241; FR 1558233;FR 1558238; FR 1558235; FR 1558236です。
本願の願書に添付された特許請求の範囲を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項1の「特に化粧品、美容製品、またはケア製品」の記載を正しく検出して警告しています。
請求項1の「特にディフューザ(7)」の記載を正しく検出して警告しています。
請求項1の「特に少なくとも2つの異なる方向、」の記載を正しく検出して警告しています。
請求項1の「特に同心チャンバ」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2018-502175
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和2年6月15日)にて、以下の拒絶理由を受けています。優先権の基礎は、DE 102015111685.5です。
本願の願書に添付された特許請求の範囲を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項1の「特に」の記載を正しく検出して警告しています。
請求項18の「好ましくは」の記載を正しく検出して警告しています。
請求項20の「例えば」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2016-110904
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和1年12月20日)にて、以下の拒絶理由を受けています。
本願の願書に添付された特許請求の範囲を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項1の「等」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2016-107791
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和2年2月7日)にて、以下の拒絶理由を受けています。
本願の願書に添付された特許請求の範囲を明細書Lintでチェックした結果を示します。請求項3の「略」と「約」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2016-023204
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和1年12月20日)にて、以下の拒絶理由を受けています。
本願の願書に添付された特許請求の範囲を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項16の該当部分は括弧の中なので検知できていません。
特願2019-531944
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和3年5月27日)にて、以下の拒絶理由を受けています。優先権の基礎は、DE 102016014946.9です。
本願の願書に添付された特許請求の範囲を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項1の「特に」の記載を正しく検出して警告しています。
本願の願書に添付された特許請求の範囲を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項5の「好ましくは」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2019-561353
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和3年12月1日)にて、以下の拒絶理由を受けています。優先権の基礎は、EP 17153547.9です。
本願の願書に添付された特許請求の範囲を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項4の「好適には」の記載を正しく検出して警告しています。
特願2020-139959
本願は、拒絶理由通知書(起案日:令和3年8月24日)にて、以下の拒絶理由を受けています。
本願の願書に添付された特許請求の範囲を明細書Lint (ver.1.3.3.1)でチェックした結果を示します。請求項8の「約」の記載を正しく検出して警告しています。
3.外内出願
上記類型d,eに該当する16件のうち10件が外内出願です。これは、パリ優先権を主張可能なように原文を直訳した結果、日本国特許審査基準の明確性に抵触したものと推測します。
なお、米国特許審査便覧(MPEP) 2173.05(b) 相対的用語 には、about, Essentially, Similar, Substantially,Type などの用語について記載されています。aboutは「約」、Essentiallyは「本質的に」、Substantiallyは「実質的に」に相当すると思われます。
上記から、米国特許商標庁による特許の審査では、about や Essentially や Substantially の用語は、明確と判断される場合があることが判ります。よって、米国を基礎とする出願において、これら用語が多用されているのではないかと推定します。
米国特許審査便覧(MPEP)2173.05(c) 数値範囲と量の制限には、Preferablyや For Example の用語が問題となる場合が記載されています。Preferablyは「好ましくは」に相当すると思われます。For Example は「例えば」に相当すると思われます。
上記から、米国特許商標庁による特許の審査では、Preferablyや For Example の用語は、不明確と判断される場合があることが判ります。
なお、欧州特許審査便覧には、範囲を曖昧にする用語に関する記述はありませんでした。
4.おわりに
上記のような発明の範囲を曖昧にする用語は、発明原稿に紛れ込んでいる場合があります。よって、明細書Lintを用いて、請求の範囲のうち発明の範囲を曖昧にする用語を機械的に検出して警告することで、特許出願に拒絶理由を受けることなく早期に権利化することが可能とおもいます。
参考資料:
(1)特許・実用新案審査基準 | 経済産業省 特許庁 第 3 節 明確性要件(特許法第 36 条第 6 項第 2 号)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/02_0203bm.pdf
(2)各国審査基準、PCTガイドライン1との比較 ~明確性の考え方に係る主要項目について~
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/kijun_wg/document/04-shiryou/07.pdf
(3)欧州特許審査便覧 March 2024 edition