見出し画像

「毒親」と表現することへの違和感の理由

「毒親」というタグだけ付けていましたが、「虐待」と「虐待サバイバー」というタグも付けることにしました。

なぜ自分が「毒親」という表現に違和感を感じるのかな…と改めてぼんやり考えていました。
「毒親」でweb検索したり、note内を検索したりして読み漁っていて思い出しました。

「毒親」という表現、対象が幅広いのです。

「虐待」という方が正しい。もっと正確に言うと「親が子供に犯罪行為」が正しい。
あまり口にしたくないし、思い出したくないのですが、自分は虐待されていました。
そして驚くべきことに、虐待されていたと気付いたのは成人して何年も経ってからでした。今思い返すと信じられないのですが。

noteの初投稿の時点で「虐待」という単語を思い出せないくらい、無意識に忘れよう・見ないようにしようとしている自分に気付かされました。

「虐待サバイバー」というタグがあることを知り、「虐待」と「虐待サバイバー」両方付けることにしました。
タグ付けするのは好きではないのですが、誰かの為になりたいなら付けておいて読んでもらわないと意味がないので。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?