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甲斐犬の清正が死んだ、僕が中学に上がったばかりの時、我が家で産まれた。
姉のリカは聞き分けが無いと、親父が保健所へ連れていき、母親の華号は数年前に老衰で。

清正は当時注射だったフィラリアの薬が効かなかったのか、16歳と5ヶ月の冬の寒い日、目の前で死んだ。

霜柱が溶け、泥だらけになった庭で、抱きしめていた、僕の腕の中で、何度か痙攣し、苦しそうに呻き、静かになった。


会社で、ちょっと大きな仕事を纏めた。 京都が取引先だった、数度足を運び、先方にも気に入られて、大きなものを4セット、ご購入。
輸入の手配等していたら、親父が僕の同僚・あだ名はリーダーに仕事を振った。
僕の小学校の同級生で、親父と同じ高専出のいいヤツだった。 仕事では何かとサポートしてもらったし、飲みに行った、仲は良かった。 社員が全員居なくなり、戻った僕だけでは心許無いと同窓会を通じてリーダーに来てもらっていた。

僕が、タイピングミスをすることが稀にあったので、親父は大きな仕事を任せるのは不安だと言う。 別にコレクトで訂正可能、問題は無いのだが、パーフェクトな書類が作れないやつは人非人らしい。

リーダーに任せた。

でも、会社の売上が徐々に落ち、親父の他に社員二人は厳しい状況に、リーダーは貿易経験を活かし誰もが知っている、もの造りの上場企業の貿易部門を見つけて、次の春に退社した。

退社する挨拶に来た彼に親父は薫陶のような事を垂れていた。
そして、僕を呼ぶ。
「おまえが、ちゃんとしないから、一緒にいることが出来なくなったんだ、おまえがしっかりしていないからだ」
はいはいと想っていた。

「だから、おまえは妹達にも嫌われているんだ」
へこたれない僕に追い打ちのつもりだろう、物凄く意地の悪い笑顔をしていた。 僕はほとんど妹達と接点が無い、親父が悪口を吹き込み、揉めそうだったのでノータッチを貫いていた。 共通の敵をでっちあげ、自分の味方を作るかまってちゃんが親父という人格だ。 嫁だって小姑4人では嫌だろうから、僕たちのスペースにも来ないよう、母が計らっていた。
リーダーの退職が早春に伸びたのは、僕のせいだ。 
会社で親父から、家では千尋からストレスを受けて、心臓がパンクした。

母方の遺伝で昔のポックリ病、今、WPWと言う先天性の不整脈が見つかったのは高校3年の時、心電図で解った。

部活の柔道部も止めざるをえなく、マラソン大会も出られなく成ったが講道館には通っていた、帰りに5回を過ぎると半額になるファイターズのナイターを見て帰るなんて事もしていた。

だから、発症するまで全く忘れていたのだが、ある日突然、心臓がノッキングし、止まらず、病院に駆け込んだら、オペだと言われた。

日本初の心臓移植を行った教授の居る、女子医大だったのだけど、実験的に開胸して、患部を液体窒素で焼く治療を提案された。

先端だから治るかとのんびりしていた、折悪しくか良くか、柔道部に居たやつが、指導医で勤めていて、散歩に誘われた。
「逃げろよ」

その遣り方で数人死んでいるという。

オーソドックスな遣り方で治療をしている病院を教えてもらい、転院。

WPWは、現在、カテーテルで治せる軽い心臓病らしい、同窓会で聞いた話では、心臓の盲腸手術(笑)  その頃は、まだ治療法も確立して居らず、開胸、人工心肺、下ろした心臓の電導路を切除が完治率が高い。

僕の胸には、その時の手術痕が有る。 体力が戻るのに10ヶ月掛かった。

ベルリンの壁の崩壊は新宿高島屋の建設音を聞きながら、病室のテレビで見ていた。

親父に喧嘩を売られた、この時、オペで10kg減った体重が半分戻っていて、以前通りと行かないものの仕事も普通にこなせるようになっていた。

「じゃあ、僕も辞めます」
「えっ」
親父が息を飲み、リーダーはニヤニヤしていた。

「妹達をどうするんだ?」
威嚇するように革のバインダーでデスクをバーン♪
「だって嫌われているんでしょ? 僕が心配する必要ないです」
「無責任だぞ」
「なんとでも」
「おまえは、そんなだから」
僕の右頬が上がる。

「そんなだから、家は継がせない、会社なんて出来るわけない、子供の頃から ずっと言われて、無為の製糞機だ、嫌われている、だから、就職は外へ出た、僕を嫌っている妹なら心配する必要はない、社長、お父さんが面倒みたら良いでしょ(笑)」
「やるのか?」
雰囲気に気圧されてファイティングポーズ、親父は怯えた猫みたい。
「体力が戻りきって居ない、今なら僕をぶちのめせる? 心臓を病んだのも母方のせいで、ポンコツなんでしょ、お父さん、書類は完璧に作るし、俺の言うことを聞いていれば間違いないって常々おっしゃっているから、ちょっとだけ御自分で動いたら良いじゃないですか」
「馬鹿にしているのか」
「まさか」
「おまえが病気なんてするから、会社が苦しくて○○君(リーダー)が去るんだ」
「だから、責任を取って僕も辞めますって(笑)」
 ついでに離婚もしよう、猫だけ連れていける賃貸を見つけたら出ていける、縁切りバンザイ。

親父が先物や信用買で損を出しているのは薄々知っていた。
会社にN証券の主任だか課長が追証を払ってくれって駆け込んできたことが有る。

そういう時は雰囲気を感じて逃げちゃう、危険を読むのは天才的な親父だ。

今、会社を畳めば、不動産も有るし、母と妹達も困らないでしょ。
千尋も僕の入院前の離婚協議後、某国立病院にフルタイムで勤務している。 生活に困らないだろう、まだ公立系の福利厚生がしっかりしていた時代だった。

店から家まで3分。
リッコん離婚りこりこん♪
スキップしながら帰った、親父が戻ってきたら、事務所兼店へ掃除と施錠に行けば良い。


結婚前に豊島区の賃貸をお願いした不動産屋さんに電話した。
ペット可の賃貸物件リストを得意にしている。

飯も自分の分だけ作れば良い、美味くて好きなもの作って食うぞ♪

千尋は準夜勤明けで、夜勤だから居るはず。
夕方だから、起きていた、飯の匂いはしない、よっし僕が創ろう、伊勢丹で買った神戸牛、ステーキ焼いちゃうよ、夜勤ならスタミナ着けないとね♪  ミンストオニオンとマッシュルーム、シャットキャロットも添えちゃう♪ ベイクドポテトが有れば、ご飯は二人で1合で良いよね。

「ヒロさん」
珍しく機嫌が良かった。
「おう、ただいま、着替えたらスーパー行ってくるな、野菜が足りない」
「ねえ」
「はい」
「パパになったよ」
「おっおう、やったね」
笑顔って作るの、こんなに難しかったっけ?

オペの時に縦に切ってステンのワイヤーを巻いた胸骨がぐっとせり出してきた気がした。
痛いの(笑)

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