シヴァ郊外、神皇区旧教会聖堂,カノンが儀式に使った六茫星が残っている。
カノンがキトンを纏い胸の前で手を合わせ呪文を唱えている。

Drachen Drachen komme sofort
Ich mochte deine Leben
(どらっへんどらっへん こむ ぞふぉーると いひ めひて だいね れーべん)
六茫星の真ん中が盛り上がる, 水滴が空に向かうように盛り上がり
どんどん大きくなり形を作った

グレーの身の丈3m程の龍, それが、また縮まり人の形になる
アキュラ

1.8mほどの身長で、ロッソのような体格, 皮膚はチャコールグレー
たまねぎの腐った臭いをさせている。

ひょろひょろと口先だけの存在だったのが, なにか内面に変化が有った様に
内側から強いエナジーを感じさせる存在になっている ただ、臭い、玉葱?いや細胞の腐れて行く臭い。

「おかえりアキュラ」
カノンが微笑んだ。
「カノン、やったよ、紅い豚の奴に緑の汁をかけてやった」
「そう、ご苦労様」
カノンが伸び上がってアキュラの唇に口を重ねる。
「苦しめてやった、やられそうで危なくて見届けられなかったけど、汁をぶっかけたし、かなり飲んだはずだ」
「飲んだのね」
「あぁ、飲んだ、これでだめになるはずだ、死んでくれ豚ぁぁあ死んでくれ、逮捕だ!!」
 アキュラは興奮して足を踏み鳴らし、左の手のひらに右手をぱちんぱちんっと打ち付ける。
「そんなに盛り上がると身体に悪いわよ」
「神皇庁の薬を飲んで、カノンに呪文を唱えてもらってから凄く元気なんだ、これからベッドへ行かないか」
「だめよ、私たちは清い仲で居ないと、すぐに周りに変に思われちゃうし、
そうしたらいっしょにいられなくなるわ、魔法も解けちゃう」
「魔法が解けるとどうなるんだ?」
「お互い運命の相手じゃいられなくなって」
「こまるな」
「アキュラの身体も元に戻るわ」
「ひょろ長いだけでぼろぼろの身体か?」
「そうよ、それに思考回路も」 
「そうか、残念だ、じゃあ、スロンへ行って、ナンパしよう」
「ウンターシュタットでは、悪さしないでね」
「カーリヤのスファラディのネエチャンと遊ぶことにする」
 アキュラは六茫星の魔方陣に飛び込むと、その姿を消した。

スロン、カーリヤ

 突如、空に濃灰色のドラゴンが現れた。

スロン、マサカド・カンムー公爵屋敷ではマサカドが苦慮していた。
神皇庁の間者の放った流言飛語で
カウクー、カーリヤのスファラディを異端と言う理由で排斥しようと言う動きが地元民ゴジャッペーの間で急激に高まった

半分は弱いもの虐めで普段のうさを、はらそうとする者が大半だ
彼等は都から辺境の地と言われていると思い馬鹿にされていると思い込んでいる。 

肌の色などが違い教養も高く、資力もあるスファラディ。
武力だけ持たない彼らは憂さ晴らしに虐げるのに恰好のターゲットだ

そのうえ、カウクーのウンターシュタット、イーバーシュタットで婦女子が暴行されるという事件が相次いだ。
 目撃された犯人はその集落で暮らすものと肌合いが違い、また、話す言葉も違っていたと言う身長180cmくらいの気味の悪い男・・・

実際に大勢がカーリヤに押しかけ、今にも打ちこわしを起こしそうな雰囲気でマサカドは仕方なく、兵を出動させ治安に当たっている。

国境ではトーネ川対岸のタウンゼントで、サダ・カンムーが戦支度をはじめ
また、北の国境にはウィステリア・フィールドが5000の軍を集結させている。

そんな矢先神皇庁から、マサカド自ら異端審問を受けるよう
勅旨が来た。

 シヴァ家、塔の5階ロッソの部屋、緑の髪のロッソが寝込んでいる。
タータンチェックのモヘアの毛布が胸のところで細かく上下する。

その横に椅子に座ったルナ、額に乗せている布を変えて湿らせる

ロッソは発熱が酷く、顔を真っ赤にして唸っている

初冬、霜が降り始める季節、部屋は暖かくして湯を沸かし蒸気をだしているが咳が止まらず、喉がヒューヒューと鳴る

あれからほとんど意識が無く食事もルナがスプーンで口に流し込む
スープしか摂っていない

ルナは哀しそうに、ロッソの額に手をやる。 額はいつも熱くて
汗で湿っていた。

時折、目を瞑ったまま眉間にしわを寄せて、うわ言を言い
うなされ、また、喚きながらベッドに跳ね起きる。

そんなとき、ルナが声をかけると緊張の糸が切れたように、どさりとベッドに倒れこみ寝息を立てる。

片時も離れられず、ルナもこの部屋のベッド、ロッソの隣に潜り込み
眠るようになった。

階下が騒がしい、ベルがやって来た。
シヴァ家にも勅旨が来た。


カウントベリー大聖堂見上げる尖塔を左右に持つ大伽藍、城壁に囲まれた大寺院の広場、大伽藍入り口の上にテラスがある。

聖堂のテラスから、ハドリアヌス皇帝と摂政ハインツ ブルーダ フォン フィッケン大僧正が現れる。

目の前に騎馬の騎士が数限りなく色とりどりの甲冑を煌かせている、大陸では、まだユニフォームと言う概念が無い。

騎士たちは大陸の南や北ガリア・ロマーナ・ゲルマニアから集まった
神皇庁に帰依するものたちだった。

騎士の後ろに歩兵部隊、弓兵部隊、その総数10万

「信仰深き、神の子らよ」
フォンが呼びかけた。 騎士たちが槍を掲げ、声を上げる。

「汝ら、神の求めに応えしものよ」
また、槍とウォークライ。 槍と甲冑がかちゃかちゃ言う。

「此度のクロイツェラー遠征で汝らの罪は赦されるであろう、贖罪と収穫を手にするのは、たそ?」
大歓声、歩兵・弓兵まで足踏みをしている。

クロイツェラーは巡礼でもある、ただ、聖地を廻り、礼拝をするのではなく
たったひとつの命を懸けて神のために戦う。 これほどの慶びと贖罪は無い。

ゆえにクロイツェラーに参戦すれば、現世での罪はすべて赦され、クロイツェラーに攻められる相手の財物は神の恵みとして与えられる。

また、万一名誉の戦死を遂げても神の国で安楽に暮らすことを約束される。

勅旨は下された。
すでに、タウゼント、スロンでウィステリア・フィールドとカンムー本家が動き出している。

「此度の敵はシヴァ王、神皇を恐れず家禽の振る舞いに及び神皇司教であった我が弟を謀殺した」

また、歓声。
シヴァ家の金山と財宝は大陸にも宝の国と知れ渡っている。
「さらに南スロンのマサカド・ティラー・カンムー公爵」
歓声
こちらも、スファラディが多いことから収穫が見込める、良馬の産地だからそれも収奪できる。
「二匹の悪魔を滅ぼすものは たそ?」

サラサド人相手のクロイツェラーより遥かに実入りが多いのだ、騎士も兵も意気があがった。

だが、ロッソもマサカドも戦上手、兵は強兵だ。

そのとき、テラスのハドリアヌスに変化が現れた、皇帝の正装に身を包んだ、大きな赤ん坊が突如、膨張した。 やや肥満気味の身体がコロッセオに登場するレスラーのような体型に変わる、服が破れ、筋肉を鎧った肉体が顕れる。

身体も赤く染まり目がらんらんと光る。

「おお、皇帝陛下、神をその身に宿らされましたか」
「おぉぉん」
 フォンが大げさに言い、ハドリアヌスが雄たけびを上げる。

神が降りた、シヴァ王、マサカドが如何に戦上手・強兵でもクロノス国まで動員を掛けてもせいぜい2万の寡兵だ。

さらに所詮、異端・悪魔だ、神である皇帝に敵うはずが無い。
騎士も兵も興奮に包まれウォークライを繰り返し出陣の機運が頂点に達した。


シヴァ家にクロノス家の主だったものが来た、クロノス家にも異端審問の勅旨が来ていた。

「ロッソは?」
グンターが問う、ルナは悲しそうに首を振る
「ずっと支度はしてあったので、それぞれの国の城壁内部に国民を囲えば
持ちこたえる事は出来るが」

ハーゲンが言う。 問題なのは異端と疑われていることだ異端になったら人として扱わなくても良い、それどころか、異端を滅ぼすことは神の御心ですらあるとされる。

国中が、いや、神皇教会の影響が及ぶ範囲の人間がシヴァとクロノスを滅ぼそうとやってくる。

「異教徒と手を結ぶか、助けが来るまで持ちこたえるか・・・」
グンターが言った。 イシュタルが居なかった男勝りに勇敢な女武者が
影も形も無い。

「さすがに恐ろしくなって、自分の国へ逃げたか」
ハーゲンがつぶやいた。イシュタルの国は神皇世界ではなく隣接するエイジアだ。神皇庁の力も及ばない。

シヴァ国、神皇区旧教会前広場。 弦楽器を抱えた男が一人。
国中が戦支度をしているというのに教会前は、いつも通りのどかな空気に満たされている。

クロイツェラーはどこの国でも教会を襲わない。

空は青く、高いところで風が吹き、かすかに教会の鐘を揺らしている
風にこすられる、ひゅんという音。

ミンネを歌う吟遊詩人、浅黒いけれど甘い顔立ち
スファラディだろうか?
弦の音に乗せて
愛の歌を歌う。

Wenn ich ein Voglein war 
und auch zwei Flugel hatt
flage ich zu dir
weil's aber nicht kann sein
weil's aber nicht kann sein
breibe ich alle hire

もしも僕が小鳥だったら
そして2つの翼を持っていたら
君のところへ飛んでいくのに
すぐに飛んでいくのに
だけど、それもかなわない
けれど、それはかなわない

教会の小さいほうの扉を開けて人が出てくる、美しい女、カノン
吟遊詩人が歌っているのを、大理石の石段の上から見ている。

吟遊詩人の周りには人だかりが出来る。 数曲歌い、口伝えの伝承を語る
笑いが起こり啜り泣きが聞こえやがて終わる。

道行く人から、差し出した帽子に金を貰い、お辞儀をした。

カノンは石段の上から美しい手で拍手する。

詩人と目が合った。 弦楽器を抱えてやってくる。

カノンは左右の大扉のカンヌキを外し、大きく開いて迎え入れた
吟遊詩人がエントランスを抜けて礼拝堂に入る。
街の人々も後に続いてきた。

正面にステンドグラス、陽を受けて場内は厳かな光に満ちている。

「やぁ、これは音が良く響く、ここで歌えたらステキだろうな」
詩人は快活な声で言った。
「どうぞ、歌ってくださいな」
「教会の礼拝堂で?」
「ここは、今私どもの祈祷所ですの、かまいませんわ」
「本当ですか?」
「王は新しい教会をおつくりになるそうで、ここは好きに使って良いと言われています」

聴衆から拍手が沸く、ぽろんっと弦を鳴らして詩人が歌いだす。

Du du liegs mir im Herzen
Du du liegs mir im sin
Du du machts mir viel schmerzen
Weiss nicht wie gut ich dir bin
Ja ja ja ja
Weiss nicht wie gut ich dir bin 

朗々とした、高い声が教会の伽藍に響き、えもいわれぬ美しい声
弦の響きもどこか物悲しくてステンドグラス越しに天使が覗いているようだ

君は僕の心に居る
君は僕の全てなんだ
君を思うと、とても痛むんだ
だけど、君は知らないね
そうさ、そうさ、そうさ
君はそれを知らない。

拍手が沸いた、街の人間も交えて暫く語らった。 そして、皆が去り
カノンは詩人を居間に招いた。

椅子を勧めてお茶にする。侍女の巫女がお茶を持ってくる。
ゲルマニアで造られた青い陶器。

「とてもすばらしい歌でしたわ背筋がじぃんとするような
それでいて胸が温かくて」
「喜んでいただけたのなら嬉しいです」
詩人はソフトな声で微笑む。
「本当に久々、感動いたしました」
「私も貴女の美しさに感動しています」
「まぁ、お上手」
カノンは頬を染めた。
「トミィ・シュタルプと申します」
詩人が頭を下げる。
「私は」
「カノン・ゴットバウム・ゾンネブルーメさま」
「ご存知で?」
「はい、衆人に愛を為す、すばらしい巫女さまだと諸国で評判です」
「お褒め頂いてありがとうございます、とても嬉しいです」
「皇帝陛下も認められた巫女さまだと」
「えぇ、亡くなった師匠が皇帝陛下にご許可を賜りまして」
「なんと素晴らしい、皇帝陛下のご許可を頂き 神様の愛を全ての人に・・・目指すところは私も同じです。 もちろん、カノンさまには及びもつきませぬが」
「いえ、あの感動をもたらす歌こそ神の愛そのもの、もし、よろしければ、この教会に暫く留まられて、お聞かせいただきたいですわ」
「私のようなものが、こちらに逗留させていただいて宜しいのでしょうか?」
「お時間が許すのでしたら、ぜひ」
「気ままな吟遊生活ですから、時間だけは余りありますが」
「どうぞ、ぜひ」
「ありがとうございます、貴女がしあわせでありますように」
「わたくしは幸せですわ、シュタルプさまのようなステキな方に逢えたのですもの」
 シュタルプはにっこりと笑う。
「ひとつ、お願いがありますの」
 カノンが顔の前で白い手を合わせた。
「なんなりと」
「先ほどの歌を、わたくしの呪文に使わせて頂いても宜しい?」
「私の歌が呪文になるのですか?」
「呪文とは心を統一して一つに向けるためのキーワードです、シュタルプさまの歌は、とても幸せな気持ちになりますから、幸せの魔法に使いたいのです」

その為に故郷のスロンからシヴァへ戻ったのだから、カノンは心で呟いた。

それから、トミイ・シュタルプは旧教会に留まり、街の人々に愛を歌うようになった。 彼の歌は多くの人の心に沁みて幸せを運んでくれる

カノンはシュタルプのドゥドゥの歌を呪文にして蝋燭を灯し六茫星を描いた魔法陣の前で3日3晩祈った。

ドゥドゥは3番まで歌うと片思いの呼びかけから相手の気づき、そして恋の成就まで続く。

3日目の晩、カノンは魔方陣の前でため息をついていた。 魔方陣はかすかに盛り上がり相手を引き出せそうなのだが肝心なところで反対の力が働く、
プロテクションが強力で力が及ばない。
愛しい人を魔方陣から引き出すことが出来ない。

どうしてなの?私の想いが届かない?
ロッソ・・ロッソ
ヴァルキューレが邪魔をしているの?

6つの頂点に灯された蝋燭がじりじりと音を立てている、ちぃっと音がして、白く光り、元に戻る。

それがカノンの目に映る、奥の扉が開いてシュタルプが礼拝堂にやって来た。
「カノンさま」
「シュタルプさま」
「魔法が上手く行かないようですね」
「はい、一心不乱に祈っていますのに」
「少し、リラックスされては」
 なにげなく、シュタルプがカノンを抱きしめた。 Hugされて深呼吸をする。 かすかに潮の香りがした。

頬を染めてシュタルプから離れる。
「よほど大切な方なんですね」
シュタルプの話口はいつもソフトだ。
「えぇ」
「私より?」
「シュタルプさま・・」
「トミイと呼んでください」
「トミイもステキですし、一緒に居て、ほっとするけれど、彼とは夫婦だったのです」
「離婚なさったのですか?」
「いえ、彼とは離婚していません、前世で夫婦だったのです。 今生も睦めればと思ったのですが」
カノンの瞳は必死だった、一途に魔方陣を見つめている。
「私にとっては残念ですが、アドヴァイスしましょう」
「はい?」
「ドゥドゥで相手を召喚するのではなく」
「召喚するのではなく?」
 カノンの瞳が蝋燭の炎を映してきらきらしている。
「フェークラインの歌で迎えに行けば良いのですよ」
「迎えに行く?」
「えぇ、なにか邪魔が入っているのでしょう、きっと今迎えに行けば愛しい人は貴女の傍に来ます」
「本当ですか?」
「吟遊詩人は嘘を言いません」
「うれしい」
 カノンが精神を集中しだす。
「出来れば」
トミィが言い忘れたという感じで・・・
「フェークラインをドラッヘンに・・」
「はい」
 カノンは真剣な表情で歌いだした、トミィが弦楽器で伴奏をつける。
魔方陣が膨らむドラゴンが顕れた。

アキュラだ。 ダークグレーのドラゴン、たまねぎの腐った臭い。
4mの体長。

翼はこうもりに、蛇のような舌をちろちろと。一度羽ばたいた
風が起きる。
「アキュラ」
「大きくなっちゃったよカノン」
「うん、トミィの魔法で貴方を呼んだら、私のお手伝いをしてもらえる力がついたのだと思うわ」
「お手伝い?」
「ロッソをね」
「嫌だ、あいつは大嫌いだ、紅い豚なんて見たくも無い」
「アキュラ・・」
「嫌だ」
「ねぇ、お願いを叶えてくれたらうれしいな」
 顔の前で白い手を合わせる。
「聞いてくれたらきっと、アキュラの言うこと聞いちゃうと思うんだけど」
「本当か?」
「うん、本当だと思うよ」
「わかった、じゃあヲレの背中に乗れ」
 竜が身をかがめ、カノンは翼の辺りに乗った。
「ありがとう」
 竜の背中から礼を言う。トミィはにこにこと手を振っている。
「役に立てて嬉しいです、カノン」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「ありがとう、幸せを歌う詩人」
カノンと竜が魔方陣に吸い込まれるように消えた。

「えぇ、僕は誰一人あますことなく全ての人に幸せを寿ぐのですよ
そして、もうひとつ・・・」

誰もが逃れられないことを密かに告げる名前。 幸せになることともう一つ、彼の名前は、シュタルプ=ゲルマニア語で死

聖堂に弦楽器が ぽろん♪っと響く
「イン・テラ・デセルタ・エト・インウィア・
エト・インアクオーサ
荒れ果てた地に道無く、また水も無く。
ノウィット・エニーム・ドミヌス・クイ・スント・エイス
神は神のものを知り給う」

吟遊詩人は、にこりと笑うと教会から出て行った。

お邪魔でなければ、サポートをお願いします。 本日はおいでいただき、誠にありがとうございます。