ばれ☆おど!㉚
第30話 スポンサー確定?!
「運転手さん、もっと、とばして!」
アイリの小気味よく弾んだ声がひびく。
夢の中にいるカン太。そして彼らを乗せた車は北に向かっていた。
国道17号線から18号に入り、軽井沢方面へ。
追跡用の発信機で、樹里を乗せた車の位置はわかっている。山間の蛇のようにうねる道に入ると、ガラガラだ。
ハイペースで追いあげる。やがて樹里を乗せた車が先の方にチラッとみえた。
「あれね! やっと追いついたわ」
と声を張りあげるアイリに源二が答える。
「そのようだな」
PCのスクリーンで、動いている光点はあの車のはず。
カン太は未だ意識を失ったままだ。どうやら夢を見ているようだ――
「う……うーん……白、や……っぱり……オレ……白……いい…………むにゃ、むにゃ」
寝顔を見つめているのは、緑子である。
緑子に膝枕で、介抱してもらっているカン太は、幸せ者のはずだ。きっと。
カン太の寝顔は実にだらしない。よだれを垂らして、ニタニタ笑っている。
「むにゃ、むにゃ……白。うーん」
緑子は無表情のまま片手を振りあげた。
その手はそのまま、カン太の顔面に振り下ろされた。
バチーン!
後方でいきなり大きな音がしたので、車内の者は全員一斉に音の方に振り向く。
車が大きく蛇行した。
源二、アイリ、うるみ、大福丸は何事かと、不審な表情を浮かべている。
無理やり起こされたカン太に、緑子は見下ろしながら言葉を浴びせる。
「何が白なの? ねぇ? よだれなんか垂らして、ニヤニヤして」
カン太の顔は鼻を中心にして、緑子の手形が赤く浮かび上がっている。
しばらくの沈黙の後、カン太は鼻血を流しながら、答える。
「……白? いや、オレにもわからないよ」
「あんた、寝言で白がいいとかなんとか言ってたわよ」
「…………まさか!?」
「何? 思い出したの? 正直に言いなさいよ」
「いや、何でもない」
カン太は思う。
(まさか相沢先輩のパンツの色が白でした、なんて言えない。確実に殺される……)
「ふーん。大体わかっているんだけど。言わないつもりなの?」
緑子の氷の微笑がカン太に向けられた。つまり、カン太に危機が訪れようとしている。
「…………あ、あの。じゃあ、言うけど、命の保証してもらえるかな?」
「内容によるわ」
「……あとさ、言わないとどうなるのかも聞きたいかなぁ。なんてね。エヘヘ」
「やってあげようか? どうなるのか」
「まて! 落ち着け。話すよ」
「そう、じゃあ、じっくり聞かせてもらうわね」
「……あ、あれは不可抗力だったんだ。だってお腹に相沢先輩のパンチを食らって、膝をついてうずくまったときに、風を感じたんだ」
「それで?」
「思わず顔をあげると、先輩が足を振り上げて僕に向かってきていたんだ。その時だよ」
「で?」
「だからさぁ。そうなると自然に目に入るよね」
「何が? はっきり言いなさいよ」
覚悟を決めて、カン太は叫ぶように言い放った。
「……相沢先輩のパンツが見えて、その色は白でした!!」
「………………………………」
一瞬の静寂のあと、最初に口を開いたのはアイリだった。
「そうか。私のパンツを見て、忘れられないわけね。それで? ドキドキしちゃったのね?」
アイリはまんざらでもない様子である。
しかし――このアイリの反応は、カン太に究極の選択を迫るものにしてしまったのだ。
なぜなら、今のアイリの問いに〝イエス〟なら緑子に殺される。〝ノー〟ならアイリに殺される。
同じ殺されるなら、どちらを選ぶのか? というものだ。
カン太は懸命に、この死地の抜け道を探すことになる。
「……。いや、そ、そのですね。偶然目に入ったというだけです」
「ふーん。じゃあ私のパンツ見ても何も感じないってこと? つまり女として見れないって言うんだ?」
機嫌のよかったアイリの口調が急に冷たくなる。
そこに緑子が口をはさむ。
「いいえ。さっき寝言で白がいいとかなんとか、言ってたと思うわよ」
「ふーん。それなら、よしとするか。まあ、あとでお駄賃はきっちりともらうね」
「……はい」
アイリはご機嫌だ。
ひとまず、第一段階はクリアして、ほっと胸をなでおろすカン太。だが――緑子の怒りに満ちた表情は、変わる気配がない。
「ほんと心配して介抱していたのに……。でもカン太は一人で、楽しい夢見て幸せそうだったわね」
緑子が怒りを押し殺しているのが、嫌でも伝わってくる。
絶体絶命である。さあ、どうする? カン太!
カン太は思う。
(やばい。やばい。……?! あ! そうだ! あれしかない)
とっさにカン太は、あの最終手段に打ってでた。そう。秘奥義〝買収〟である。
「緑子、ごめんな。介抱してくれたお礼がしたいんだ。そうだ! 前からお前さぁ、富◯急ハイランドにスケートに行きたいって言ってたよね」
「…………」
「あと、全アトラクション制覇しよう!」
「……ほんと?」
「うん」
カン太は思う。
(よし! 食いついた。これで助かった。ふぅ、危なかったぜ)
カン太の思惑は成功したかに見えた。
しかしだ――。
突然、アイリが割り込んできた。
「あ、わたしも行きたいなぁ。さっきのお駄賃はそれでいいや」
「…………」
「何? まさか断るの?」
「……め、めっそうもありません。お代官様」
カン太は思う。
(マジすか? 恐ろしいことになってきた。大丈夫か? オレの財布……)
アイリは少しもじもじしながら、上目遣いで大福丸に言った。
「ねぇ? 大福も一緒にいかない?」
長身の美少年、藤原大福丸は答える。上の方から彼の声が聞こえる。
「もちろんです。部長とご一緒できて光栄です」
カン太は思う。
(よっしゃー! スポンサーげっと。いいぞ。うん。うん。イイぞー)
カン太は心の中で、ガッツポーズをキメまくっている。(※藤原大福丸は大金持ちの御曹司という設定なのだ)
そこに源二が口を挟んできた。
「それなら、新聞部と動物愛護部の合同レクということで、みんなで行こうではないか? いいだろう? 漆原くん」
うるみは透き通るような白い顔を、ほんのり赤く染めてコクンとうなずいた。
そんな様子のうるみは、本当にかわいい。
源二は鋭い眼光を放ちながら、ポツリと言う。
「では、世話になる。アカンよ。スポンサーは任せたぞ」
カン太は思う。
(ゲッ……)
カン太の横でアイリがニヤニヤしていた。
そんな様子のアイリは、全然可愛くない。むしろ憎たらしい。
「私へのお駄賃にしては安すぎるけど、勘弁してあげる。感謝しろ……」
アイリがそう言った時である――。
キキキ――
車が急停止。
アイリはつんのめって、前の座席におでこをぶつけた。
ポップコーンは無事で済んだようだが。
「ちょっと、運転手さん。急に止まらないでよ」
「申し訳ありません。でも追いかけている車があそこで……」
アイリは運転手の視線の先を追う。するとそこにはハザードランプを点滅させ、停止しているターゲットが。
――もちろん樹里を乗せている車である。
源二が口を開く。
「フッ、人質の引き渡し場所に近づいているとみた」(この場合、馬質というべきなのか?)
大福丸は運転手に言う。
「菊池さん、ここで止めて下さい。車はそこのわきに寄せて、待機して下さい」
(※運転手は藤原家のお抱えです)
車内から様子を伺っていると、樹里が車から降りてきた。制服姿で、長い金髪を風になびかせ、アイフォンを耳に当てて、何か話している。その表情は険しい。
いったい誰と話しているのだろうか?
(つづく)
ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです