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ばれ☆おど!㉞
第34話 通じ合う二人
そこに現れたのは、緑子であった。
彼女の灰色の瞳は閉じられている。
そして、ボウガンの引き金には、彼女の細く、しなやかな指が、緊張が解ける時を待っていた。
メデューサは狼狽し、命乞いする。
「え? ……ま、待って! 降参するから撃たないでちょうだい。お願いよ」
「じゃあ、人質と動物たちを解放してもらうわよ」
メデューサは黙り込んでしまう。
「……………………」
「どうなの? 私は本気よ」
「え~~。それはダメ~~。今度はこっちのおじさんがお相手よ!」
いつの間にか、意識を取り戻していたスペクターが、銃を緑子に向けている。
――生身の左半身は、樹里を盾にして守っている。そして、サイボーグ化された右目、右腕、右足は堂々と晒して、攻撃の構えをとっていた。
緑子は構わず、ボウガンを打ち込む。
キーン、キキーン、キーン、キーン、キキーン、キーン
金属で覆われている右半身には、矢が全く役に立たない。緑子はすぐに全弾打ち尽くしてしまった。
「これでわかっただろう? お前の矢では俺は倒せない」
そう言うと、スペクターは一発銃を放つ。弾丸は目を閉じている緑子の頬をかすめた。銀色のツインテールの毛先が散り、空中を漂い、やがて床に落ちた。
「さあ、降参しろ! さもなければ、次はお前の心臓に打ち込む」
「ほら~、素直に降参。ね」
メデューサはそう言ってウインクする。
緑子は手をあげて、投降の意思を示した。
「そうね。降参するわ……」
「いい子ね……。おい! 後ろに隠れているヤツ! お前も同じよ。出てこなければ、こいつらを殺すからね~」
物陰から撮影していたアイリが姿を現した。
「カメラをこっちに投げろ! そうしたら、両手を上げて後ろを向け」
アイリの大事なカメラが、スーッと音を立てて床を滑って行った。すると、メデューサの目つきが鋭くなった。
「ん~? それ、ポップコーンじゃない。そいつもだ!」
「……………………」
「どうした? 早くしろ!」
しぶしぶと、ポップコーンを渡すと、アイリは泣きながら手を上げた。
◇ ◇ ◇
気絶していたカン太。
カン太を介抱していたシータ。
彼らは、緑子とアイリが、先に行ってしまったので、取り残されていた。
カン太はシータに向かって、静かに頷いた。
すると、シータを抱いて、他のメンバーと合流すべく後を追い始める。
注意深く檻の隙間を縫って、奥へ奥へと歩みを進める。時々檻の中にいる動物たちと目が合う。
カン太は思う。
(……待っていてくれ。すぐに自由にしてやる! )
しばらくすると、カン太とシータは、建物の中央らしき広い空間に出た。
檻と檻の隙間から、奥の方の様子を伺ってみる。10人ほどの黒服と、メデューサ、それと見覚えのある者がいた。――忘れもしない男、あのスペクターだ。
そこには、源二をはじめ、うるみ、緑子、アイリ、大福丸、樹里、そして深牧家の当主である舜命が、金縛りにあっているらしく、不自然な姿勢で固まっている。
どうやら今、敵と戦えるのは、カン太とシータだけのようだ。
「吾川様。子機の偵察情報によると、樹里さんが金縛りにあってから、すでに30分経過しています。そろそろです」
「え? そろそろって何が?」
「金縛りにあった人が回復して、動けるようになるまでの時間です」
「その時間が30分だというの?」
「そうです。これまでのデータから、まず間違いないでしょう。この推測の信頼性は95パーセントです」
カン太はシータに向かって微笑み、大きくうなづいた。
「なるほど。OK。シータ」
小声でシータにそう言うと、カン太は走り出した。
カン太はメデューサと目を合わさないように、注意しながら突撃する。
「吾川カン太、ただいま参上! 」
不意をつかれたスペクターは、銃を向けるが、トリガーを引くことは叶わなかった。
気迫の体当たりが、クリティカルヒットする。スペクターは、銃を弾き飛ばされ、顔面に強烈な連打を浴びる。
あー、あたたたた、あたー!
スペクターは、顔面から金属の部品と、血しぶきを撒き散らしながら、後方へ撥ね飛ばされ、そのまま気を失う。
すれ違いざま、樹里とカン太の視線が合う。
カン太は悟った。
(やっぱり、樹里さんは、動けない振りをしているんだ)
カン太は叫ぶ。
「シータ! 動物たちを檻から出してくれ!」
すると、檻のトビラのロックが、外れる音が建物内のあらゆる方向から鳴り響いた。
カシャカシャ、カ、カ、カ、カシャッ、カ、カ、カ、……
「今だ! 樹里さん! もう、動けるんでしょ? 」
「さすがね。目が合うだけでわかるなんて、まるで私たち……みたいね」
「え?」
ニッコリと微笑みながら樹里は言葉を続ける。
「あなたが作ってくれたチャンス。大事にするわ」
「う、うん」
その凄艶な微笑みと、彼女のオッドアイから放たれた、射ぬくような視線。彫刻のような整った顔立ちと、輝くような肢体――。
まさに美の女神の降臨であった。
カン太は思わず、ひれ伏しそうになる。
歌うように、樹里は動物たちに語りかける。
キーキキキ、キキ、キキキ、キキ、キーン、キ、キ、キキーン、キキキ、キキ、キキ、キ、……………………………………
メデューサは慌てて、黒服たちを急き立てる。
「ものども、何をしている! さっさと、こいつらを始末しろ!」
黒服たちはウージーをカン太たちに向け、一斉掃射しようとトリガーに指をかけた。
そこに、動物たちの怒涛の津波が襲い掛かった。
――四方八方から飛来する、ワシやハゲタカたちの鋭いくちばしや爪が、肉を切り裂く。それに続き、サイやイノシシが突進して、黒服たちを跳ね飛ばす。さらに、数十匹の犬や猫が襲い掛かってくる。虎やライオンなどの猛獣は跳躍し、喉元に食らいつく。
樹里の歌声のリズムが変わった。
すると、動物たちは、すごすごと立ち去り、部屋の片隅に集まって、伏せて待機する。
そこに残された黒服たちは、無残な姿でうめき声を上げる者、瀕死の重傷で虫の息の者だけになり、完全に沈黙した。
シータがヨタヨタと可愛く歩きながら、みんなに伝える。
「警察に連絡しました。まもなく、こちらに到着します」
やがて、源二をはじめ、アイリ、うるみ、緑子、大福丸は、金縛りから解放された。
ライオンとトラが二頭づつ樹里を守るようにして寄りそっている。
カン太は大きく呼吸すると、こう言った。
「樹里さん、さすがです。大活躍でしたね」
源二も駆け寄り、樹里に感謝の言葉を述べた。
「深牧殿、助けに行った私達が、反対に助けられてしまい、面目ない」
「いいえ、吾川君が気づいてくれたお蔭です。私の目を見て、すべてを理解してくれました」
舜命も礼を言う。
「謙遜しなくていい。これは吾川君と樹里の絶妙なチームワークの勝利だよ。もちろん、他の方たちの活躍もあってのことだ。皆さん、本当にありがとう」
そして、深く頭を下げた。
樹里は、頬を少し赤らめて言う。
「ありがとう……」
そのまま、カン太の首を抱くと、頬にキスをした。樹里の甘い香りが、脳を溶かし、カン太は言葉を失った。
「………………」
軽快な馬蹄の音が聞こえてくる。
振り向くと、白馬がたてがみをなびかせながら駆け寄ってくる。そう。誘拐されていた樹里の子馬である。
樹里の前で、足を滑らせながら止まると、いなないて、樹里の頬をなめた。
「ユキ! 無事だったのね。ほんとによかった」
子馬を抱きしめ、樹里は涙ぐんだ。
カン太は思う。
(……樹里さん、いい匂いだったぁ。頬っぺが熱い、ううぅ)
カン太の表情はというと、だらしなく鼻の下が伸び切っている。そして、目は虚空を見つめていた。
そんなカン太の、すぐそばにいる緑子の顔には〝氷の微笑〟が浮かんでいる。
それだけではない。
うるみの瞳の奥には〝暗い炎〟が揺らめいていた。
見えないオーラが渦巻き、今、まさに、風雲は急を告げていた。
その後のカン太の運命を知る者はいない。
(第五章おしまい)
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