ばれ☆おど!㉑
第21話 消えたスペクター
うるみと源二は、新聞部副部長である藤原のボディーガードとして、地階への階段を降りていった。
階段を降りると、正面にドアがある。
うるみはノブをそっと回して、少しだけ開いた隙間から中の様子をうかがった。
「中には三人いるわ。みんなでお酒を飲んで騒いでいるみたい」
うるみがそう囁くと、源二は声のトーンを落として答える。
「よし、三人が一箇所に固まっているのは都合がいいな。一気に決着をつける」
源二はそっとドアを開けて、室内に入ると、愛銃〝アンサー〟を構えた。
フルオートに切り替えてトリガーを引く――。
!!
だが、異様な弱々しい音をたてて、威力のないBB弾が飛び出したかと思うと、固い床にカチカチと音をさせながら転がっていった。
「シット! こんなときにイカれるなんて!」
源二の銃は、弾丸の威力を上げる無理な改造を施しているため、耐久性に難があったのだ。
酒を飲んで酔っているとはいえ、相手は本物の銃で攻撃してくる。
これでは勝ち目がないように思われた。
黒服三人は立ち上がると銃を源二に向け、それぞれがトリガーに指をかけた。
その時、少しだけ離れた位置にいた黒服の一人が、音もなく崩れ落ちるように地面に沈む。その様子は、まるでスローモーションでも見るかのようだ――。
気が付くと、驚いたことにその男がいた位置にはうるみが代わりに立っていた。残った黒服二人は、それに気づくと慌てて、うるみに銃を向けた。
ありえないことが、起こる。
うるみの姿がそこから消え去ったのだ。信じられない出来事に黒服たちはパニックに陥る。
「ここよ。どこを見ているの?」
いつもなら森の妖精がささやくようなうるみの声は、いまは恐ろしい妖怪が人間を惑わしているかのように思えてしまう。
うるみは冷たい微笑を浮かべて彼らの背後に立っている。
黒服たちは慌てて銃をうるみに向けなおす。
しかし、またしても、うるみの姿を見失ってしまったのだ。
完全にパニックに陥った彼らはあたり一面に銃を乱射する。
だが、すぐにマガジンの弾丸は底をつき、彼らは弾のでない銃で虚しくトリガーを引き続けることになる。
「さようなら」
うるみがそう言うと、黒服たちは意識を失い、静かに膝をつき、地面に突っ伏した。
「漆原君! よくやってくれた! よし、では証拠品を押さえようか!」
源二はそう言って、藤原に撮影を促した。
予想以上の大量の密猟品の数々、違法に捕獲された貴重な動物たちが藤原のカメラに次々と収められてゆく――。
その時である。
「お前ら、そこで何やってる?」
背後から、どこかで聞き慣れた声がした。振り向くと、そこには、あのスペクターが立っているではないか!
「また、おまえたちか。久しぶりに来てみれば、このざまだ。どうやって、ここがわかったのか聞きだしたら、地獄に連れて行ってやるよ。うちの上層部がおまえたちに興味津々なんでな」
「せっかくだが、ユーのその申し出は、丁重にお断りする」
源二はそう言うと、応急修理が済んだアンサーを構えトリガーを引いた。やや威力は落ちるもののフルオートのBB弾のシャワーがスペクターに降り注ぐ。
キーン、キン、キン、キキキキキーンキーン、キン、キン、キキキキキーン、キン、キン、キン、キン、キキキキキーンキーン、キン、キン、キキキキキーン、キン、キン
「わははははは……だから無駄なんだよ!」
スペクターは銃身ですべてを受けて弾き飛ばした。
ドス……
うるみの素早い動きにも難なく反応し、反撃の拳を彼女のみぞおちに入れた。
うるみは苦悶の表情を浮かべ膝をつく。
「さてと、まずは、こいつからお仕置きしてやる」
スペクターは銃をうるみの足に向けた。
「両足を撃ち抜いて、妙な動きができないようにしとかないとな。わははははは……」
「それはムリですよ」
「誰だ!」
スペクターがそう言って声のする方へ振り向くと、そこには、まだ小学生くらいの少女が立っていた。
――うるみの護衛の下忍、コトリ。あどけなさが残るその表情はとても静かで冷たい。赤髪のショートヘアに水晶のイヤリングが輝く。それは勾玉のようなデザインをしていて、幻想的な七色の光の粒を放っている。きっと彼女のお守りなのだろう。
「これは、これは、お嬢ちゃんに何ができるのかな?」
勝ち誇った顔をしてスペクターは問いかけた。完全にナメきっている。
すると、コトリは懐から棒状の刃物を取り出すと投げる構えを見せる。
「それは無駄だよ。やめときな」
スペクターがそう言うと、コトリは意表をついた行動に出る。
「なんのマネだ!? それは?」
コトリは目を閉じたのだった。
そして素早く腕をふる。同時に三本の刃物が放たれた。
一本はスペクターの右足に、残りの二本は両腕にそれそれ突き刺さった。
「フフフフフフフ……フフ、またかよ。よくもまあ」
スペクターは深々と突き刺さった刃物を引き抜いて弱々しく放り投げた。
キーン、キンキン……
コトリは目を瞑ったまま、次の攻撃態勢に入った。
――両手にはそれぞれ三本づつの刃物が握られている。その刃物はこの世のモノとは思えないほどの禍々しい光を放って、その標的となる者を威嚇していた。
「フッ、もはや、これまでか。なら、みんなで地獄ツアーといこうぜ……」
そう言うと、スペクターは上着のポケットから何かを取り出し、操作した。
ドカーン!
耳をつんざく炸裂音とともに大爆発が起こった。やはり未発見の爆弾が残っていたのだ。周囲はたちこめる粉塵で何も見えない。
源二は絶叫する。
「うぉぉぉぉぉ!!! 漆原君!! コトリ君!! ミスター藤原!!」
しばらくすると、状況がはっきりしてきた。
うるみ、コトリは無事だが、藤原が瓦礫の下敷きになって、大怪我をしている。出血がひどい。そして、まずいことに階段が塞がれて、外に出られなくなってしまっている。このままでは藤原は命を落とすかもしれない。
それと、気がかりなのは、スペクターの姿が消えていることだ。どこかに秘密の出口があって、そこから逃げたのかもしれない。だが、すぐにでも外に出ないと藤原の命が危ない。
◇ ◇ ◇
一方、地階の方からの凄まじい爆発音を聞いて、一階にいたカン太、緑子、アイリは地階への階段に急いで向かった。
駆けつけてみると、階段が瓦礫で塞がれている。
アイリが狂ったように叫ぶ!
「大福! 大福ー! 大福ー! …………」
緑子も地階に向かって大声を張り上げて呼びかけた。
「部長! うるみ! 部長! うるみ! …………」
まったく反応がない。
シータが話し始めた。
「地階に行っていたランドサットの子機はすべて爆発に巻き込まれて故障した模様です。いま、こちらに残っている子機を全機を向かわせました」
数分後、地階の状況がわかった。シータが再び喋り始める。
「残念なことに、ひとり負傷者がいます」
「誰なの?」
緑子が悲痛な表情で問いかけた。
「藤原様です。重症です。出血もひどいようです」
アイリが泣き叫ぶ。
「なんとかしてよ! なんとかしてよ! ねえ! 誰か早く助けてよー!!!」
「今の状況では、船着き場にあるクルーザーか屋上のヘリコプターの通信装置を使って、助けを呼ぶしかありません」
「それじゃあ、間に合わないじゃないの? 大福が死んじゃうよー!!」
ウイーン、ガコンガコン、
ウイーン、ガガガガ……ガ
その時、背後から何かが近づいてくる音がして、全員が振り返った。
そこに現れたのは……。
(つづく)