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ばれ☆おど!㉝
第33話 隠された切り札
災難とは突然やってくるものだ。
事前に予測できるなら、対処のしようもあろう。だが、多くは往々にして予測し難い。
カン太は、シータとの会話が弾み、人心地ついたところだった。
だが、突然、背筋に冷たいものが走る。そして、背後から、すさまじい気配がした。
カン太は思う。
(これは、……殺気?)
後ろを振り返る。
いや、振り返ることは叶わなかった。何者かが、カン太の首に手をまわし、締め上げてくる。
カン太は気が遠くなってくる。声も出せない。
カン太は思う。
(苦しい……。殺される)
そのまま、意識を失う。誰かの声がしている気がする。
緑子は、手をカン太の首から放すと、ヒステリックに喚いた。
「何が、『オレも大好き』よ! カン太のバカ!」
彼女は涙ぐみながら、建物の奥へ走っていった。
◇ ◇ ◇
カン太の目の前に、一糸まとわぬ姿で、白馬にまたがる樹里が現れた。
その姿は、まばゆい光に包まれている。淫靡さは感じさせない。むしろ、その神々しさに、カン太は思わず、ひれ伏しそうになる。
馬から降り、樹里はやさしく微笑みながらが、青と緑のオッドアイで、カン太の顔を覗き込む。
そして、カン太の名を呼ぶ。
「吾川様……」
「吾川様、吾川様、吾川様!」
カン太は床にひれ伏すようにして、倒れている自分に気づいた。どうやら夢を見ていたようだ。カン太を呼んでいたのはシータであった。
「吾川様、大丈夫ですか?」
「…………シータ?」
朦朧とする意識の中で、カン太は状況を理解しようとした。
「吾川様! すいません。私の状況分析が甘いようでした。もっと、緑子様のデータが必要です」
「いや、だいじょうぶ。あ、緑子は?」
「彼女は怒り狂って、先に行ってしまいました」
「そうか……相沢先輩は?」
「相沢様は、『チャンスだ!』などと言って、緑子様を追いかけていきました」
◇ ◇ ◇
一方、正面の入り口から侵入した源二、うるみ、大福丸の三人は驚くべき光景を目にしていた。
彼らが目にしたのは、変わり果てた、宿敵、スペクターであった。
――姿を消していた彼は、無人島での戦闘で、なんとか命はとりとめたが、右半身に、深刻なダメージを負ったらしい。
顔の半分は金属でつぎはぎされて、右目は完全に機械化されている。
不気味に光る赤い目が、うるみ達を捉えている。
右腕はロボットのアームと化し、ステンレスの鏡面を思わせる、金属的な輝きを放っている。
動くたびに、小さな機械音が不気味に響く。
服の上からではわからないが、おそらく、右足もサイボーグ化されているに違いない。
そして、奇妙な態勢で固まって、動けない状態の樹里と父親の舜命が人質になっていた。
ミイラ取りがミイラになる。――そういった格好だった。
「久しぶりぶりだな。親愛なる南高動物愛護部の諸君。待っていたよ」
スペクターは相変わらず、人を食ったような態度で、うるみ達の正面に立っている。
スペクターの問いかけに、源二は答える。
「ユーの顔は、よく覚えている。だが、ずいぶんと変わり果てたじゃないか」
「ああ、お陰様でな。お前たちを甘く見ていた報いだ」
「同情はしないさ。あるとすれば、懐かしさが少し。というところだ」
「確かにな。長い付き合いだ」
「フッ。腐れ縁というやつか。それにしても相変わらずだな。また人質か?」
「これが俺たちの商売なんでな。悪く思うなよ」
「じゃあ、これが再会の挨拶だ!」
そう言うと同時に、源二の愛銃〝アンサー〟が火を噴いた。フルオート(連射モード)のBB弾がスペクターを襲う。
キーン、キキキキーン、キキーン
だが、源二の打ち込んだBB弾は虚しく跳ね返されている。
「ハハハハハ……」
スペクターは高笑いをあげ、サイボーグ化された右腕を、鏡のようにキラキラと輝かせながら、すべての弾をはじき返してしまった。
「実に愉快だな。忘れてないか? 俺の特殊能力を」
「もちろん覚えている。ユーの能力は嫌というほどにな。だが、今のは軽いウオーミングアップだ」
「なに? どういうことだ」
「ユーは視線や筋肉の動きで、本能的に相手の行動を予測している。それを逆用したのだ」
「?!!」
「ユーの過去の行動パターンは、動画データとしてシータが記憶している。そのデータをもとに、我が愛銃に搭載されたAIに、ディープラーニングさせて、お前の躱し方を予測できるようにしてある」
「………………」
「喰らえ! これが、わが愛銃アンサーの新機能だ」
源二はターゲットであるスペクターを、全く見ずにトリガーを引いた。
凄まじい勢いで、BB弾がスペクターの皮膚を貫き、肉に食い込む。
意識を保つのがやっとという様で、スペクターは源二に問う。
「お、お前、それは……」
「フフフ……どうだ? これが、我が愛銃〝アンサー改〟だ。AIが自動的に照準を修正してくれるのだ」
〝アンサー改〟――源二の愛銃をさらに進化させたバージョン。新たに搭載されたAIは、照準器から入った画像データを解析して、ロックした照準に修正する動作を、内部の分銅を使って、0.01秒ごとに微調整している。その機能によって、ターゲットを見ずに、自動で命中させることが可能となった。
「なん……だと?」
「まあ、あまり外しすぎるとエラーが出るがな。どうだ? 初めて喰らったBB弾の味は?」
「う、う………………」
「トドメだ……」
そう言いかけた源二だが、トリガーにかけた指が動かない!
いや、全身が動かなくなっている!
聞き覚えのある、冷たく弾んだ声が聞こえてくる。
「アタシをお忘れ?」
スペクターの金属を思わせる腕が、鏡のようにキラキラと光り、何かを反射させている。
声の方向から、真後ろにメデューサがいるらしい。
そう――。スペクターの腕は、そのメデューサの目を映しこんでいたのだ!
一瞬だが、その目を見た源二、うるみ、大福丸は、メデューサの強力な催眠にかかってしまったわけだ。
「これが、切り札だ……。俺も学んだんだ。お前たちの力は侮れないと……」
そう言って、スペクターは意識を失った。
すると、メデューサは彼らの背後から姿を現した。
――彼女のなめらかに輝く水色の髪の毛は、蛇を連想させ、その唇は艶かしく、しっとりとした質感がある。蠱惑的な眼差しは薄紅色に妖しく輝いている。だが、けっして、その瞳を見てはならない。
「さーてと、動けなくなった感想でも聞こうかしら?」
「…………」
「…………」
「…………」
「あ、そうか! 動けないんだよね。ごめん。ごめん」
「…………」
「…………」
「…………」
「じゃあ、これからたっぷりと、可愛がってあげるからね~。そうね。まずお前からよ!」
メデューサは、うるみの前に立つや否や、彼女の頬に平手打ちを食らわした。
「前からさ、あんたの、その澄ました顔、ムカつくのよ!」
そう言って、さらにもう一発殴る。
往復の平手打ちの音が、倉庫内に残響となって消えていった。
うるみの美しく、つややかな髪が弾んで乱れた。
頬に赤い跡がついて、痛々しい。
それは、一級の芸術品を傷つけてしまったような、あってはならないことが、起きてしまった。そんな気持ちを抱かせる。
嗜虐心を満たして、さらに興奮してきたのか、メデューサの目が血走っている。
「キャハハハハハ……、徹底的にいたぶってあげるからね! まずお前をひん剥いて丸裸にしてやる。そして気絶するまで、全身を鞭で、かわいがってあげる。あ、気絶しても終わらないから覚悟してね。ギャハハハハ……」
メデューサの、血に狂った笑い声が、建物中にこだまする。
バタン!!
その時である――。
背後の扉が閉まる音が部屋中に反響した。
メデューサは、思わず振り返ると、顔を引きつらせ、大きく目を見開いて固まる。
その額から、一筋の汗がこぼれ落ちた。
(つづく)
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