ばれ☆おど!⑬
第13話 地下駐車場の復讐劇
敵討ち(カタキウチ)――仇討ち(アダウチ)とも言う。元の意味は江戸時代に制度化された私刑のことで、親族の目上の者のために行う”復讐”を目的とする。現代においては漫画や小説、映画などで、主要人物の行動原理としてしばしば採用される。
どのくらいの時間が経過したのだろうか。
カン太は意識を取り戻した。
目を開けて、しばらくぼんやりとする。
(あれ? オレはなんで寝ているんだ? 確か、あ、そうだ! 漆原さんの様子を! ……って、ここはどこだ?)
左の方から物音がした。カン太は首を回してそちらを見る。
すると、カン太の視線の先には――
うるみがいた。
それも着替え中だったのだ!
おそらく、シャワーを浴びて、ちょうど、下着をつけたところなのだろう。
またしても、カン太の目は釘付けになる――。
つややかになびかせる弾む黒髪。涼しげな眼差し。スラリとした肢体。輝くばかりの、白い素肌。妖精がそこにいるのでは、と目を疑ってしまう。
「気が付いたようね」
うるみの妖精のような、澄んだ声がした。
「ごめんなさい。私のおじい様が悪さをしてしまって」
そう言いながら、うるみが近づいてきた。
「あ、その……」
カン太は顔を真っ赤にして言う。
「あ、あの、服着てください!!」
「わかったわ」
そう言うとうるみはガウンを羽織った。
「やっと、まともに話ができるよ。ハハハ」
カン太はドキドキが止まらない。
(なんて、つい言ってしまったけど、うーん、惜しいことをしたかな。ハハハ)
「どこか痛いところはない?」
「それは大丈夫だけど……そういえばさっきの人は”おじいさん”じゃなくて確か下忍って言ってたよ」
「下忍なら勝手にそんなことしないわ。職業柄、クセで本当の姿をさらさないの」
「そうだったんだ。だけど、驚いたよ」
「何を驚いたのかしら?」
「だって、近くで声がするのに、姿がぜんぜん見えなかったんだ」
「それは忍術のひとつよ」
「やっぱり、忍者だったんだ!」
「あまり、詳しくは言えないの。でも、そうよ。うちは忍びの棟梁の家系よ」
「ふーん……あ、そうだ! 漆原さん! どうして学校休んでるの? みんな心配しているよ」
「そうね。謝ります。明日から学校に行くし、部にも顔を出すわ。でも理由はちゃんとあるの」
「理由って?」
「私ね。まだ幼いときに捨て犬を拾って、近所の空き地の目立たないところで、育てていたの」
「そうなんだ。そういえば、まえに犬飼っていたって言ってたよね」
「それでね。そのときにノンはさらわれたの。名前はノンっていうの。まだ、小さい犬だった」
「さらわれた? え? なんで?」
「見つかったときの状態が普通じゃなかったの」
「普通じゃないって?」
「薬漬けにされていたらしくて、衰弱していて手の施しようがなかったわ」
「ひどい! ひどい話だ!」
「そして、次の日の朝ノンは息をしなくなって、冷たくなったていたわ」
「……そうか。ショックだよね」
「わたし、ノンを殺した犯人をずっと捜してた。そしてね。この前、戦った誘拐犯のリーダーを調べたら、もしかしたら? って思ったの」
「うん……でも何でそう思ったの?」
「……同じ匂いがしたのよ。あの男から!」
「同じ匂い?」
「そうよ。あの時の薬の匂いは、忘れないわ。その匂いと同じなの」
「なるほどね。でも、調べるって、そう簡単じゃないよね」
「いいえ。情報網があるのよ。世界中に」
「情報網って? インターネットのこと?」
「違うわ。もちろんネットから不正に侵入することもあるわ。でもそれじゃないの」
「もしかして、忍者の家系と関係あり?」
「それは言えないの。おじい様からお叱りをうけるから」
「うーん。そうか。じゃあ、何かわかったの?」
「組織が巨大すぎてつかみきれないというのが、現状よ。ただし、末端組織は動物の不正売買や募金を利用した詐欺とか、最近では禁じられている遺伝子操作によって動物を改造する実験への関与の疑いがあるの。つまり、お金になることならなんでもやる組織なの」
「アイツ、組織がどうのって言ってたっけ。その組織のことだったんだ」
「そうよ。組織名は『サテンドール』。下部組織で、巨大組織のファミリーの一角にすぎないわ」
「アイツのこと何かわかったの?」
「あのリーダーの男のコードネームは『スペクター』。読心術のような奇妙な力を持っていて、攻守いずれも隙が無いとされているわ」
「ふーん。でもさ、心を読めたら、誰にでも勝てるよね? それなのに組織のトップに恐れられていない。逆に、いいように使われている感じだよね。なぜだろう?」
「そこが、あいつの弱点よ。完全な未来予知とはちがう。おそらく、目の動きや筋肉の緊張とかの微妙な動きから、本能的に次の行動を予測している。と言うことにならないかしら」
◇ ◇ ◇
翌日の放課後、動物愛護部は一週間ぶりに全員がそろう。
条件である『お見舞い』を無事に務めたカン太のために、全員で西氷を仕留めることになった。
一通りカン太のこれまでの話の内容を復唱する。
そして、源二から作戦の開始が告げられた。
「今回は待ち伏せして、一気に捕縛。そのあと、ターゲットの説得という流れになる。フッ、あいつが動物たちを誘拐したようにな。フフフ。では、始める!」
西氷が通うK大学のキャンパス――。
講義が終わり、近くの地下駐車場で車に乗ろうとする西氷にうるみが声をかけた。
「私とある場所に一緒に来ていただけるかしら?」
「なんだ? 女子高生がナンパか?」
西郡はニヤニヤしている。
「困るの?」
「いや、大歓迎さ。なんなら今から俺んち来いよ。車はコレだ」
と言って愛車のフェ◯ーリに視線をやった。
「そう。残念だけど、それは遠慮するわ」
「ハハハハハ……バカめ! じゃあ、無理矢理連れていくだけだ!」
そう言って、うるみの腕をつかもうとした。
ところが、うるみの姿は一瞬にして、西氷の視界から消える。
気づいた時には、背後を取られ、刃物が首筋に当てられている。
「あなたも、医大生ならわかるわよね。この刃物をちょっと引いただけで、どうなるのかを」
「わかってるさ。一瞬で意識がなくなり、死に至る。そうだろ?」
「正解よ」
「だけど、そんなことできるわけがないぜ! ここには監視カメラがあるんだ!」
「さて、それはどうかしらね」
ギャー!!
腕に激痛が走り、西氷は獣のような悲鳴をあげた。
腕を見るとボウガンの矢と思われるものが刺さっている。
胸にも激痛が走る。重い高速BB弾が命中していた。これは源二の愛銃〝アンサー〟(エアガン)から放たれた銃弾だ。
今度は声にならない。一瞬「うっ」とうめき声のようなものを上げただけだった。
「監視カメラの映像はネット回線から侵入し、疑似映像と入れ替えました」
シータの声がした。
「ご苦労! シータよ」
源二はそう言うと、西氷の顔面数センチの距離に顔を近づけて話しかけた。
「西氷とやら、監視カメラがどうだって?」
西氷は言葉を失う。額からは冷や汗がにじみ出ている。
「お前は、我が動物愛護部の部員に、嫌がらせをしているそうじゃないか」
源二がそう言うと、カン太が姿を現し、鋭い目つきで西氷をにらむと、口を開いた。
「こんなやり方はしたくなかったんだ。だけどお前は間違ったことをした。これはその代償だよ」
源二はフルオートでBB弾を西氷に打ち込む。
西氷は呼吸するのも困難な様子で苦しんでいる。
「わかったか? 西氷とやら」
源二がそう言うと、西氷は恐怖で震え上がっているが、首を何とか縦に振る。
「では、おまえは猫を殺してバラバラにした。認めるか?」
「は、は、ははい」
「よし、いい子だ。じゃあ、これは死んだ猫の分だ。味わうがいい」
すると、源二は再びフルオートで、西氷の体に向けてBB弾を浴びせた。
西氷はそのまま気絶した。
源二はおとなしくなった西氷のポケットを探って、車のキーを探し出す。
そして、車のドアを開け、気絶している西氷を運転席に座らせた。
「よし! では撤収だ!」
(つづく)