俺は櫻木真乃の同級生になりたい
あーあ! なりてえなあ!
同級生に!
櫻木真乃の!
櫻木真乃(さくらぎ まの)は、283プロダクションのアイドルユニット『イルミネーションスターズ』に所属するアイドルである。
ふんわりした雰囲気を漂わせながらも、アイドルに向き合う姿勢には確かな芯がある。彼女はそんなアイドル。イルミネーションスターズのセンター、いや『真ん中』だ。
そんな彼女、特技は「鳥に好かれる」。
都会の公園の隅でパンくずをやっているジジイにも同じことが書けそうだが、彼女は本当に鳥に好かれるらしい。そして「ピーちゃん」という名の鳩も飼っている。
現代社会においては中々見ないペットである。俺の実家の近所には鳩小屋を持っている家があった。その家のおじいさんが決められた時間に鳩を編隊飛行させているという、田舎あるあるな光景は俺も見たことがある。
でも彼女は白いギンバトを一匹室内飼いして、ランニングに連れていることもある。今日日そんな人間は都会でも田舎でも中々見ない。
そんでもって驚いたときの口ぐせが「ほわっ」、気合を入れるときの口ぐせが「むんっ」である。現実にいたら面食らうかもしれない。
このように中々にファンタジーな個性を持つ少女だが、俺はどうしても櫻木真乃の同級生になりたいのである。
唐突だが、彼女は友達がそこまで多いほうではない。
当然だが態度や性格が悪いというわけではなく、シンプルに内気で、大人しい性格であることに起因すると思われる。まあ、ほんの少し不思議ちゃんなのは正しいのだが。
しかし真乃関連のコミュを読めば分かるように、彼女には思いやりがあり、人の気持ちを考える心と余裕がある。自らを省みて上昇していける、センターとしての力もある。
だがそれは、シャニPやアイドルたちとの関係性を神視点から観測している我々だからこそ理解できている面であって、真乃の同級生からは「かわいくて、真面目そうで、大人しい女の子」という評価がされているに違いない。「グループワークのとき真面目にやってくれて助かったしかわいいけど、別にそこからあまり親交もないな」というレベルの女子なのではないかと思う。
地味だけどかわいい子だなあ……と同級生である俺は、櫻木さんのことを心の中で評価していた。
出席番号で右前から順に座らされることになる高校生最初のクラス。櫻木さんは左斜め前の席にいた(妄想の中では出席番号は可変である)。
授業でグループを作るときは、櫻木さんを含めた4人になる。話した感じは少し引っ込み思案なのかな?とは思ったが、こういう女子にありがちな「話せないからあまり参加しなくていいかな……」という雰囲気は感じられなかった。櫻木さんは、教科書の小説の登場人物について思ったことをちゃんと口にしてくれたし、全員の話を共有する流れを作ってくれた。俺はグループの代表として、まとまった意見をその場で発表する役目になったが、「よろしくね……っ」とほほえみかけてくれた。かわいいし、やさしい子だなあ、と同じグループにこういう女子がいてくれたことを単純にありがたく思った。
ただ、こういうきっかけがあったからといって、別段仲が深まるわけではない。普通は「同じクラスの知り合い」ぐらいの距離感にしかなりえないのである。
彼女は部活に入ってるわけではなさそうだし、これと言った接点もない。そしてそれは異性である俺だけではなく、同性に対してもそうらしかった。嫌われているようには見えないが、誰かと仲良く長い間談笑しているような様子もなかった。別に俺が休み時間に櫻木さんのことを観察しているとかそういうわけではないのだが、女子にありがちな「仲良しグループ」的なものに加わっている感じはなかった。
そんなことを思いながら学校生活を過ごしていると、ある日、櫻木さんが学校に来ていない日があった。
担任の先生が出席確認で軽くスルーした感じを見るに、大したことではなさそうだった。だから最初は気にならなかった。
しかし、櫻木さんの欠席は少しずつ増えていった。夏になるころには、一週間に一度、早退か欠席をしていた。
でも、身体が弱そうな素振りは見せないし、学校が嫌そうにも見えない。不思議で、なんだか気になった。
もやもやする。家庭環境が普通じゃないのかな、それとも外面に出していないだけで、何か重い病気を抱えているのかな。
そんなことを考えながら、休日に本屋を冷やかしていると、雑誌のコーナーで、ふと、目が留まった。いや、何かに惹きつけられた。
(え……これ……櫻木さん……?)
その表紙には、金髪碧眼の少女と、黒髪ポニーテールの少女の間で笑っている櫻木さんの姿があった。
『大特集、イルミネーションスターズ』……『瞳に輝く、無限の可能性』…………それはアイドル雑誌だった。
気づいたときにはその雑誌を手に持ち、レジで会計を済ませていた。
「『アイグラ』なんて初めて買ったな……」そんなことを思いながら家に帰り、さっそく封を開けた。
そこには、アイドルとしてレッスンやお仕事に取り組み、そして、ステージで踊りながら歌っている櫻木さんと、同じユニットの子たちの写真が掲載されていた。
かわいい……。
その日はその雑誌のことばかり考えて眠った。学校ではかわいくて真面目だが、内気で目立たない女の子だった櫻木さんが、俺の知らないところでアイドルとして輝いていた。余計な心配をしていた自分が恥ずかしくなると同時に、何というか、尊敬の気持ちが湧いた。人の前に立って、自分の事をさらけ出して、そしてみんなを楽しませている。そんな仕事を、櫻木さんはしているのだ。
雑誌掲載をきっかけにか、たまたまか、櫻木さんは学校でもアイドルの話を振られることが多くなった。いや、その話題が耳に入って、俺が認識できるようになったのかもしれない。アイドルの仕事のことを話している櫻木さんは楽しそうで、なんだか少し嬉しくなった。……なんで俺が嬉しがってるんだ?
でも、俺は今後、櫻木さんにアイドルの話を振ることは二度とないだろう。
俺は見ていたい。櫻木さんの姿を。学校での姿と違うようで同じような、そのアイドルの姿を、俺はかっこいいと思った。あの時グループワークで見せてくれたそのやさしさを、櫻木さんはアイドルという存在として、存分に発揮できているんじゃないか。最初は「アイドル」という言葉に少し不安に思ったけど、櫻木さんにとってアイドルは、いやイルミネーションスターズは本当にぴったりの「居場所」なんじゃないだろうか。
だけど、
櫻木さん……
それは過激すぎるぜ……。
おい、櫻木さんになんて仕事を回してるんだ事務所は。こんなことをしたら、櫻木さんの魅力が全国、全世界、いや、全マルチバースに広まってしまい、果てにはその存在を危惧されて地球が太陽系もろとも消滅させられてしまうかもしれない……。櫻木さんのこんな部分をプッシュするのは違う、ああ、なんか違うんだよ、分かるか、汚い大人たちよ。
くそっ、この写真を見てこんな思いをするのは俺だけであってほしいのに。これじゃあクラスメイトの男どもも、櫻木さんに気づいてしまう……。
いや、冷静になれ。俺は櫻木さんの「芯」を知ってるんだ。そこを知らずにただ興奮している男どもとは、俺は一線を画しているのだ。どうだ、見たかこの野郎。
朝からあの時とは別のもやもやを抱えながら学校に向かうと、校門の前にこの場に不釣り合いな黒い車が止まっていた。なんだ?教育委員会から偉い先生でも来てるのか?
しかし、そこから出てきたのは、その櫻木さんと高身長のイケメンだった。
「送ってくださってありがとうございました。私が事務所に忘れ物を取りに行っただけなのに……」
「気にしないでくれ。ついでだから、な! じゃあ、いってらっしゃい」
「ありがとうございます、プロデューサーさん……っ」
その一部始終を横を通りながら、極めて平静を保ったまま聞き届けた俺は、平日の朝にはとても抑えきれない衝動たちを抱え、今日その日を過ごしていくのであった……。