【オリジナル小説】VTuber探偵ミコが行く! 第12話
↓のお話の続きです。途中からでも大体読めます。
お好みでBGMをかけながらどうぞ。
登場人物
※画像には生成AIを使っていますが、文章には使っていません。
氷室稲置(ひむろいなぎ)
ミコ(小石)のマネージャーだったが無職になったがめでたく再就職した。19歳。高校時代は生徒会長をしていた。料理がそこそこできる。変人をなぜか吸い寄せてしまう人生を送っている。前回で凄惨な現場に居合わせてしまう……。
青島慎次(あおしましんじ)
40代の刑事。池袋警察署に勤務している。刑事部捜査第一課所属。
月読桜音(つくよみさおん)
稲置の生徒会長時代に書記をやっていた現女子高生3年。現在VTuber。ノエルの家に彼女といたはずだが……。
第12話:敗(やぶ)れし者
稲置は動転した意識を何とか正気に戻しながらスマホで警察と救急車を呼び、部屋の電気をつけて、ソファに崩れ落ちるように腰を下ろした。
「落ち着け……状況を整理するんだ。事故なのか事件なのかは分からないが、とにかく現場を荒らしちゃいけない」
昔、推理小説を読んだことがあった。現場を荒らして喜ぶのは殺人犯だけだろう。
「しかし、どうして火将が。よく知らないとはいえ、俺の後輩が……」
純粋な好奇心が、稲置の注目を彼女の体に向かわせた。何故か彼女はバスタオルに身を包み、全身はどうやら濡れているようだ。燃えるような赤髪が湿っている。
よく見ると胸元に大きくて痛々しい傷跡がある。血はどこかに洗い流されているのだろうか? 傷口以外は比較的綺麗だった。その傷をつけたと思(おぼ)しき物体は近くには確認できない。
そういえば、みんな持っているはずのあれが近くにないな。
「とりあえず、タオルでもかけておくか」
バスルームを探し、その隣にあった洗濯機の近くにバスタオルを見つけた。そこで稲置はバスルームに異変を感じた。
「……これは、血か」
バスルームの床には水で流されてはいるようだが、所々に赤いシミが確認できた。浴槽にも貯められた湯が赤黒く汚れていた。これが事件だとしたら、恐らくその現場はここだったのだろう。
「だとしてもどうして、わざわざ遺体を移動させたんだ?」
床には20cmほどの果物ナイフに見える、命を刈り取る形状をした刃物がその刃渡りを怪しく煌(きら)めかせていた。血塗られているのは錯覚ではないだろう。
「これは警察に伝えるとして……」
稲置はスマートフォンで証拠品の写真を撮り始めた。不自然なほど冷静な自分に驚く。最近トラブル続きだったから、免疫がついてきているのかもしれない。できればついてほしくない免疫が。
でもこんな時、あいつなら同じことをするはずだ。
ピンポーン。
エントランスに来客があったのだろう。ロックを解除しなければ。
警察、か。
あまり良い思い出はないが、そんなことも言っていられない。背に腹は代えられないのだ。
「あなたが通報をした氷室さんで?」
「合ってます。早く来てくれて助かりました」
「お気持ちはお察しします。私はこういうものです。池袋警察署の捜査第一課の青島といいます。では早速中を見せてもらいましょうか」
ドラマでしか見たことのない、桜の代紋がついた警察手帳だ。確かに青島慎次と書いてある。
随分男前な刑事もいたものだ。年齢が風貌から判断し難(がた)い。ハードボイルド、といった表現が適当だろう。少なくとも30代後半以上の男性の刑事がやってきた。前髪を左に流してパーマをかけている。
「仏さんはこいつか。若いですな。あなたはこの方とはどういうご関係で?」
「……友達の友達です。一応高校時代の後輩で」
「なるほど」
手帳らしきものに何かを書き留めていく。後ろから入ってきた警察官に、何か指示を出し始めた。
「現場の保全をして鑑識にまわせ。間違いなく事件だ。この部屋はいうまでもなく、その後すぐにバスルームを確認しろ。後は任せる」
「え……」
稲置はつい、驚きを口に出してしまう。
「……何かおかしいことでも?」
「一応言おうと思ってたんですが、確かにバスルームが血で汚れていたんです。ナイフが落ちていました」
「まあそうでしょうな。この仏さんは明らかに洗われている。本当の現場はそっちでしょう。それくらいは見ただけで分かります。そういう仕事をしてるのでね」
「……頼もしいです」
「青島さん。確かにバスルームに凶器がありました」
「よし、となればホシはまだそう遠くないな」
「どうして分かるんですか?」
それは純粋な疑問だった。何かを聞いていないと落ち着かないということもあった。
「ホシ、犯人は凶器を処分する余裕もなかったということになります。血を洗って証拠を隠滅しようとする頭のある犯人がですよ? そしてまだこの仏さんは亡くなって間もない。マンションの管理人や周辺住民に聞き込みをすれば必ず捕まえられます。ご安心を」
「それは、本当に良かったです」
警察ってすごい。
「稲置せんぱいっ、これは一体なにが……? ノエルちゃん?!?!?!?!?!」
それは桜音(さおん)だった。彼女は姿を現すと、親友の変わり果てた姿を見つけるや否や崩れ落ちるように倒れこんだ。
正直、稲置はこの光景を一番見たくなかった。俺は目を背けた。しかし彼女は泣き続けた。そして呼びかけ続けた。親友が今からでも戻ってくるということを信じて疑わず、親友が永久に去ってしまったという現実を決して受け入れないかのように。
彼女の心の中のとても広い領土を、恐らく火将ノエルは占めていたのだろう。そこにはポカーンと大きな穴が開く。
穴をあけた奴は一体どこのどいつなんだ。
俺の後輩を泣かせる奴は、一体どこのどいつなんだ。
稲置の心中には、それまで抱くことのなかった感情が、青い焔(ほむら)のように灯されていった。