悪魔は死体に恋をする
こえ部過去作品 2011/1/22投稿
私が初めてこの女に「愛してる」と囁いた時、私は彼女を愛してなどいなかった。いやむしろ軽蔑していたと言っても過言ではない。
彼女は清楚で育ちがよく、誰にでも優しかった。誰からも愛され、屈託の無い笑顔を浮かべる子犬のような女だった。
私はこの牝犬の化けの皮を剥いでやりたい衝動に駆られた。絵に描いた様なお嬢様も結局は、整形する前の私を辱めたあの醜い女共と同じ、外見に騙され誰とでも腰を振る低脳で下等な生き物だと証明したかった。
私は優しい男を装い彼女を助け、悩みを聞き、交流を深めた。
彼女が私に好意を持ち始めたある夕暮れ、
私は彼女に「愛してる」と囁いたのだ。
牝犬は涙を流して何度も頷いた。私はその瞬間さらにこの女を辱めたい欲望に駆られた。そして私と彼女との交際が始まった。
二年の月日が流れ、偽りの愛という甘い毒に溺れた彼女は、恥じらいながら「結婚」という二文字の願望を口にした。結婚。私は笑い出しそうになるのを必死に堪えながらその一週間後、彼女に婚約を申し出た。彼女は例の如く泣いた。そして子犬のように笑った。
その笑顔がさらに私を、残忍な私を激しく突き動かした。
私は古い知り合いに金を持たせ、ある芝居をするように命じた。
あぁこの後起きる惨劇を思うだけで胸が躍る。なんて可哀想な女だろう。全てはその笑顔のせいだ。その笑顔が私を悪魔にする。
結婚式の二日前、自宅で一人私の帰りを待つ彼女を
刃物を持った暴漢が襲った。そして思う存分陵辱した。言うまでもないがこれは私の差し金だ。頃合を見て帰宅した私は大声で叫んだ「何だこれは」と。我ながら名演技だった。
泣き喚き、命乞いをし、そして汚れきったボロ雑巾を命がけで助けてやり、次の日には、貞操も守れなかったこの牝犬との婚約を破棄してやろうという算段だ。此れほどまでに生き恥を晒させる方法は無いと思った。これで惨めな牝犬からは笑顔が消えるはずだったのだ。そう、彼女があんな行動を取るまでは。
彼女はあろうことか私に、惨めな「助けて」ではなく「逃げて」と叫んだのだ。そして私を救おうと強盗の手を跳ね除けそして倒れた。ごっ。鈍い音が部屋に響いた。後頭部を殴打した彼女は絨毯を赤く染めた。
私は駆け寄り「馬鹿野郎、何故」と叫んだ。彼女はまるで当たり前だと言うようにこう呟いた「愛してるから」と。
彼女は私を安心させようと無理に微笑みながら息絶えた。
強盗役の男は奇声をあげながら逃げ出した。
私はこの時初めて、いや、元々愛するつもりも無かったのだから「図らずしも」といった方がいい。
私はこの時彼女を愛しいと思ってしまった。
愛してしまったのだ。
私は泣いた。ただただ咽び泣いた。
何が悲しいのかも分からず、
血まみれになりながらもはや動かない女を力いっぱい抱きしめた。
生暖かい血だまりの中で、
私は、私が殺した本当の愛の重さを知った。