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すぐ隣で起きていた悲劇

ジャスパー・ベッカー著 餓鬼(ハングリー・ゴースト)の読書感想です。

封印された歴史

中国の文化大革命は有名ですが、実はその前の3年間(1960年前後)に行われた「大躍進」政策でも3千万~4千万人の農民が飢えて死んでいた、という話です。文化大革命は主に都市住民が犠牲となり、歴史の検証や映画などで注目も反省もされていますが、こちらはある意味でなかったことにされ、歴史から封印されているとの由。
著者のサブタイトル「ハングリー・ゴースト」は、このために浮かばれず、さまよっているであろう餓死者の霊をイメージしているようです。
毛沢東は結果的に8千万人を殺したということになります。たった一人で…いや~、すごいことです(←褒めてません、念のため)。

「大躍進」の実態

「中国には究極も、真相もない。貧しいか、それよりもましかの違いだけ」

もともと中国は過去に1800回もの大飢饉が起きるような土地柄で、農民もある意味で慣れてはいましたが、「大躍進」における飢饉は明らかに人災でした。紹介されている理由をいくつか挙げると次のような感じでしょうか。

  1. 戦争
    軍閥将軍…が大軍を率いて地域にやってくると、イナゴのように通り道の食料や物資を食い尽くします。

  2. 交通網の未発達
    中国は広大なので、どこかの土地が不作でも他の土地では豊作だったりします。ですので、国内に交通網が発達していればそれらを運べますが、当時は未整備。人力(苦力)のみで遠方から食料物資を全て運ぶのは無理でした。

  3. 「裏庭」溶鉱炉
    大躍進政策の下、1958年あたりから裏庭の溶鉱炉で「鉄」を生産することが奨励されていました。結果的に生産された鉄は品質が悪すぎて著者は「鉄くず」と呼ぶようなシロモノでしたが、現地ではたくさんの木材を投入し(山はハゲ山に)、鎌などの農具も放り込まざるを得ず、結果的に作物を刈り取れなくなってしまいました。
    1959年になると、これに加えて、既に農民が飢えており体力がなく、刈り取れない農作物がそのまま腐っていったそうです…

  4. 科学に基づかないプラクティスの実践
    飢饉とは称していますが、当時の天候は決して悪くありませんでした。それまでに農民が培ってきた個別の経験/知識/技術を完全無視し、政府は次を実施するよう命令したのだそうです。
    皆で地獄の道を行け。そこにはバラ色の未来が待っている。…共産主義の一番オソロシイところだなと思います。

    1. 密植
      めちゃめちゃ密に植えれば仲間が多くて植物が嬉しくなってよく育つはずだ!というセオリーなんだそうで。密生して育った稲の上に子供が座っている写真などが捏造されていました(←実際はベンチを置いてそこに座っていたらしい)

    2. 有機肥料
      化学肥料はダメ。ひたすら有機。人糞や食べ残し、何もかも混ぜて埋めたとか。

    3. ルイセンコ学派:種を冷水につければ寒さに耐えて発芽する!?
      遺伝学が大嫌いな農民出身のソ連の「科学者」らしいですが今の感覚ではいわゆるトンデモ。なのに言っていること(環境を変えれば自然はすぐ順応する的な)が精神論を重視する素人ウケしたのか、政治力が強かったのか、独裁者のように君臨。異を唱える人は皆銃殺か強制労働。もちろんすべての説が出鱈目ですから、生産性向上につながることはありませんでした…

    4. 深耕栽培
      数メートル下の土壌まで含めて耕せば生産がアップするとして奨励されました。作物は育ちませんでした。

  5. 労働力の搾取
    当時の日本では小型のトラクターを用いて収穫量を上げていましたが、中国ではソ連から入れた大型トラクターを活用。小回りは効かず、労働力は結局ほぼ人力となりました。
    他方でこの時期、専門技術や実際的知識を持たない者の指導による「人力の」ダムづくりなどが行われ、実質的に農村では女性、子供が収穫作業を実施せざるを得ませんでした。

偽りの報告

当時、毛沢東に対して逆らう気のない地方の幹部が、おべっか狙いで「大躍進すばらしい。3倍もの収穫量になった!!」などの偽りの報告を出していました。ということは、納めるべき税も3倍必要です。つじつまあわせのため、拷問や虐殺などもしながら無理やり徴収。結果的に農民は税収で収穫のほぼすべてを取り上げられました(信陽事件)。
本書で例示されている河南省の呉芝圃氏は今でも地方では愛国者とたたえられているそうですが、、なんとなく、戦争責任をうまいこと回避して戦後に国会議員や英雄?にまでなった参謀本部の辻正信や瀬島隆三と同じような匂いを感じます。本当に悪い奴って実は畳の上で死んでたり、するんですよね...(個人の感想です)。

当時から、飢饉などは存在せず、誰もが潤っているとされている状況とされていたので、医者も死因を「餓死」とは書けず、いまでも当時の統計上の餓死者は存在しないことになっているそうです。
…歴史検証、很难!(←中国語勉強中w)。

毛が各地を回った時、視察はこれらの地方幹部がうまいことごまかしていました。一台しかないポンプを行く先々に持っていって使いまわしたりしたそうです。毛主席、ゴキゲン。
上巻に「あの」英国福祉政策の推進者、ウェッブ夫妻が中国での飢饉発生の報を「嘲笑した」といったような記載があり、どうもよくわからなかったんですが、どうやら欧米の知識人が来たときも視察先をうまいことごまかすなどして素晴らしい成果が出ているように見せかけ、彼らを味方につけたみたいな雰囲気です。
とはいえ大躍進の後半はさすがの毛も自分の失政が見えてきたらしく、別荘にふさぎ込んで出てこなくなったとか。このあたりも、第二次世界大戦の後半で負けっぱなしの日本の参謀本部の担当者が執務室にこもって鍵かけて中で米国の映画ばっかり見て現実逃避してた、みたいな話を思い出させます…

孔子曰く?

個人的に、儒教が弱い部分って気がしているのですが、かの国の偉い方々は神ではなく人なので、その教えにはちょっと偏ってるな、というところがある気がしています。
孔子曰く「親を殺した人は復讐して食べろ」。人肉食の奨励ですね。かの劉邦も敵は食べろと言っていたそうですが、この時期の中国でも相当数が自分の子どもや家族、死者を食べて飢えを凌いでいたらしく。人肉食への抵抗感は低めだったのかもしれません。
さらに、孔子は農民を軽蔑しており、劣った存在なので「使役」が必要だと説いたとか。これももしかして政策遂行上のどこかに影響したかもしれません…微妙だな~。

類は友を呼ぶ

毛の側近の陳伯達と康生はヤバイですね。1949年までに200~500万人を一掃。最低でも100万人、多めの論では800万人が犠牲になったとか。
逆に劉少奇は農民のために闘ったけど負けて悲惨な最期を遂げました。正義が必ずしも勝たない国、中国。
最後はカンボジアになりますが、毛がスターリンを信じていたのと同様、ポル・ポトも毛を信じていたそうで、このあたりになると類友、ご同慶の至りだなと。

まとめ

すぐ隣の国で、ほんの少し前に起きていた事柄について、無知であることが良いことかどうかがよくわからなかったので、とりあえずご紹介してみました。内容は、個人的に響いた部分のみを自分の言葉にして書いていますので、いろいろ認識違いもあるかもしれません。ご興味がわいた方は原著に当たっていただくことをオススメします。
完全に省略しましたが、実は、ソ連つながりでウクライナの農業も似たような状況に陥ったので、そこに関する記載も割とあって勉強になります。

最近、中国語習得のため、華流ドラマを見始めましたがなかなか面白いです。俳優陣はさすがの生え抜きで美男美女が多いですし、演技はうまいし、シナリオも基本的に楽観的で行動的で課題に打ち勝つ、人間関係などはこじれても最後はハッピーエンドに作られているものが多い印象あり、見ていて気楽です。
中国食わず嫌いの日本人も多いようですが、「たくさん勉強して、たくさん働いて、世界の常識やマナーを習得した中国人」もだんだんと増えており、政治的にも環境問題への取組みなどではさすがの行動力で、特筆すべき政策も多く出てきている印象あります…

この感想文が読まれた方の中国への興味のきっかけになれば幸いです(壮絶だけどw)。

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