出逢い
彼との出逢いは2017年10月のパリでした。パリから日本に帰る便が機材故障で欠航となり,真夜中まで空港で待たされたました。空港でじっとバスを待つ僕たち夫婦。ようやくホテルまで送るバスがやって来ると、僕たち夫婦は早々にバスに乗りこみ、他の乗客が乗ってくるのを待っていました。僕たち夫婦の横の座席は空いていて,そこに彼ら夫婦が座りました。僕たちよりも10か20か年上の夫婦。彼は白髪に白髭。若々しい格好でいて厳かな雰囲気を醸し出していました。バスの中では、同じ境遇にある者同士、「大変なことになりましたね。」「早くホテルで休みたいですね。」などとお互いを労い,他愛ないあいさつを交わしただけでした。その後,案内されたホテルではチェックインの長蛇の列。僕も彼がどこにいるのかさえ分からず,気にもしていませんでしたし,きっと彼もそうでした。
翌日,僕らの乗る飛行機の出発は夜だったため,そのホテルでは昼食が出ました。僕ら夫婦は二人きりで食事をしていましたが,彼ら夫婦は外国の方と談笑していた様子を覚えています。
ホテルを出発し,空港に到着すると,チェックインまで1時間程度の待ち時間がありました。ちょうど,僕らと彼ら夫婦が近くにいて,そこで立ち話が始まりました。どこでどうなったのか正確なところは覚えていませんが,彼が画家であること,彼が毎年サロンドトンヌに出品しており,今回もそのサロンドトンヌ展に参加したこと,フランスの友人といろんな地を巡ったり,若きピアニストたちの情熱的な演奏を聴いたりしたことを話してくれました。彼が画家として今日に至った話になり,彼がもともと画家ではなく会社員として働いていたこと,会社員のころからずっと絵を描き続け,彼のテーマとなった天使の絵を描くきっかけや会社員を辞め画家として生きていくことになった経緯について話してくれました。
僕はちょうど進路に迷い,新たな道を歩こうとしていたので,彼の転機やこれまで人生の話はとても興味深いものでした。紆余曲折を経てたどり着く今。その今に情熱を傾け,一つの成果を出している彼。その生き方に共感と関心が高まらないわけはありませんでした。彼の穏やかで厳かな語り口にもどこか人としての芯の強さという魅力を感じたのかもしれません。
僕は,チェックイン待ちの1時間だけ聞ければよい話ではないと次第に思うようになっていました。期せずして彼は自分の絵を紹介する小冊子を僕にくれました。彼の絵は色遣いが独特でモチーフも独特でした。僕にとっては初めて出会う独特な世界でした。彼は今でこそ「微細な点」の集積によって一つの世界を築き上げていますが,以前は色絵,それもパステル調の色彩の絵を描いていました。
彼は,ある時から,色の世界では自分の目で見ている世界を表現できないとの考えに至り,そこから髪の毛の先ほどの点を集積させていくことで一つの世界を描き始めたのです。
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