SV650について~気になりだしたら止まらない~
バイクが好きだ。
3年前に非人道的な職場環境で色々おかしくなり、勢いで中古のバンバン200を買った(二輪免許は持っていた)
そして今、非人道的な職場環境で色々おかしくなり、勢いで新車のSV650を買った(大型免許も勢いでとった)
5年ほどローンの奴隷になるのだがそれは置いておこう。
新車である。大型バイクである。時速80キロを超えると分解しそうなほど揺れるバンバン200(非力だけど今でも大好きなバイクだ)とは違う圧倒的なパワー(Vツインを称えよ)に酔いしれるのもつかの間、大型バイクの持つ圧倒的な重さと、舐めたクラッチワークを許さない繊細さが僕を責める、炎体焼き尽くすのだ。
慣らしが終盤に差し掛かる今、すでに2回こけている。
一回目は納車直後、正直粗暴な運転をした車が悪いと今でも思っているものの、バックした車相手に過剰回避で立ちごけ。
こいつは当たり所が死ぬほど悪く、ハンドルはひん曲がるはラジエーターキャップが歪んでクーラント(エンジンの冷却水)が漏れるわで散々な目にあった、部品全とっかえで約4万円なり、きっつー
2回目は1回目の悲しみを乗り越え600キロほど走り、そろそろ慣れて来たかと高をくくっていたところで何でもない下道の交差点でエンストごけ、ひとえに自分の舐めたクラッチ操作のせいだ。ローRPMアシスト(回転数が低い状態だと自動で少し回転数を上げてくれる機構)を作ったスズキの技術者があきれているぞ。
問題は2回目である。2回目の被害はブレーキレバー折れとマフラーカバーやバーエンドに傷がついた程度に見えた。
しかし、ハンドルがひん曲がった一回目のトラウマが僕を責める、心体焼き尽くすのだ。
バイク屋もバカじゃない、当たり所が悪くない限りレバー等替えの簡単にきく消耗品が破損することによって衝撃を吸収し被害を最低限に抑えるぐらいのことは考えているはずだ。
見たところハンドルが曲がった様子はない、ないのだ。ないはず、たぶん。
そう思ったとたん、ハンドルが曲がってはいないかということが気になりだして止まらない。
両目で見ると視差により歪んで見えるのでは、右目で確認、左目で確認、あいふぉーんで写真を撮り、改めて確認する。運転中に違和感がないか確認する。いや、この違和感は俺の姿勢がよくないからであって、ハンドルは関係ないのでは?
もとより出かけた際に家に鍵をかけたか後になって異常に気にする、脅迫症気味の人間だったが、社会人になってからより拍車がかかった。たばこの火は消したか、水道は閉じたか、エアコンは消したか、あの態度は彼を不快にしなかったか。
それなのにしょっちゅう不注意で物を落としたりするから困る。神経質であることと几帳面であることは同義ではない。
ブレーキレバーは交換しにいくから、その時一緒にバイク屋に確認してもらえばいいのだから、近いうちにこの不安は消滅することになるが、その時まで不安は自分に付きまとい続けるだろう。
部品は交換するに越したことはないが、むしろここで、自分がキズモノに対して敏感なことに気づく、そりゃあ傷がないに越したことはない、いつでもピッカピカであることが一番いい。
だがしかし、形あるものはいつか壊れるとのことで、なおさらバイクなんてものは使い始めた瞬間から傷がついていくものなのだ。そして不思議なことに、傷がついてがっかりする気持ちと、それでもまだ好きになる気持ちが同居していることに気づく。もっと走りたい。
むしろバイクに対して傷をつけたくないという恐れに対して、傷がついてしまったのだからその恐れがなくなった安堵があったような気がする。
だから、とりあえず運転に支障が出ない限りは、この傷がついた状態で乗り続けていこうと思う。部品をとっかえて傷を消すかどうかはそのあとだ。
P.S.ハンドルバーへの不安が薄れてきた時にリアサスのプリロード調整を行った際、レンチをフレームにぶつけた。見ていく限り、塗装が剥がれたりはしてないが、気になりだして仕方がない。