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【“無”の成り立ち】何も無いことを、どうやって表したの?【漢字の研究】
こんにちは!
漢字の面白さを伝え続ける男:kuです!
突然ですが、
皆さんに質問です。
漢字ってどうやって生まれたと思いますか?
物質も文字も
基本的に何か目に見えるものから
着想して誕生します。
漢字も、
古代中国王朝の殷(イン)が
占いとして用いたとされる
甲骨文字を起源としており
その甲骨文字は
目に見える物や事象を
抽象化して描かれています。
なので当然、
漢字も「目の前にある物」から
着想を得て生まれているのです。
ここで、1つ疑問が生じます。
じゃあ「無」って
何を表しているんだ?
無いなら漢字も生まれなくね?
部首は「灬」で火を表すけど
じゃあ、火のことなのかな?
そういった疑問は
成り立ちを見ていくことで
紐解くことができます!
ということで
早速見ていきましょう♪
「無」の成り立ち
![](https://assets.st-note.com/img/1730737586-1cPYyZn2DvLj8xo6rWkIghs7.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1730737586-LsaqSGn1o4gFVhyAj8R63Mpu.jpg?width=1200)
「無」の甲骨文字や
金文文字(殷の次の王朝:西周で
主に使われたとされる文字)を見ると
どうやら人の形をしていますね…
そうなんです。
実は「無」って
元々「舞」の異体字なんです。
「無」は
巫女さんが舞っている姿を
表す漢字だったんです。
今はほぼ使われませんが
「無雩(ぶう・むう)」という
雨乞いの際に行われる
舞い・踊りの儀式があります。
かろうじて、
「無」はまだ熟語として
「舞」の意味を持ってますし
また、
![](https://assets.st-note.com/img/1730737775-S5Y9UBvoqD4FZnHJrbctuyXs.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1730737775-51Asw8cmDRZxS2YlBVhgHrFo.jpg?width=1200)
「舞」の成り立ちも
「無」と一緒です。
しかし、ある時から
「無」は「あるなし」の意味で
仮借文字として用いられるようになり
「無」に「舛(両足の意味)」を加え、
より舞っている姿を表す漢字が誕生した
という経緯があります。
いったい、
舞っている姿のどこに
「あるなし」のニュアンスを
見出したんでしょうか?
調べてみると、
いろんな解釈がありまして…
ざっくり見やすいように
3パターンにまとめます!
①過去に「無」があったパターン
→今まで「無かった」ので
「あるもの」を神様に求め舞った説
②今現在「無い」パターン
→「無心」「無私」で舞っている説
③未来に“無”であるパターン
→無病息災など、災いの“無い”ことを
願って舞うことを表していたり、
→舞ったあとは、道具を燃やし
演目の激しさも終わり消えるので
全て「無に帰る」ということを表している説
「“過現未”のどこかで
何かが無い状態を見出している」
と解釈していました。
どれもそれっぽいんですが
思い出してほしいんです。
「無」の甲骨文字があった
ってことに。
甲骨文字があるってことは
少なくとも
「今まさに進行している姿」を
描いているんです。
それを蔑ろにして
過去や未来というのは
変な話。
それを軸に“現在”説を考えてみます。
一生懸命、
無心で舞っているところが
「無」なら
神様への祈願や想いは
どうなるんでしょう?
舞いってそれを含めて
行われるのでは??
想いを抱きながら
舞ってる気がする…
よく考えたら
“過未”はどちらも
想いを軸にしてるんですよね。
「無いからほしい」
「争いのない世の中でいたい」
現在だけは、
舞っている状態だけに
注目している。
何か無機質な気がする…
見落としてないかな…??
「『無』の入る漢字から考える」
「無」だけで考えても
煮え切らないので
「無」を含んだ漢字から
なぜ「ない」という意味になったのかを
探っていきます。
思い出せる範囲としまして
①「撫でる」
②「撫しむ(いつくしむ)」
③「嘸(さぞ)」
④「橅(ブナ)」
⑤「蕪(かぶ)」
を挙げていきます。
①「撫でる」には
・手のひらで軽くさわり、繰り返し軽くこする」
・いつくしむ(目下の者や弱い者をかわいがって大事にする)
・苦労や骨折りに感謝する
・何かをして、一時の悲しみや苦しみをまぎらわせたり、
心を楽しませたりする」
のような意味が存在します。
②「憮」には
・いつくしむ
・がっかりする
「憮然とする」のような
意味が入ってますね。
③「嘸」には
・はっきりしないさま
・何も口に出して言わないさま
を表しています。
④「橅」には
名前の由来・・・ブナ材は、狂いが激しく、加工が困難で建築材には向かない。さらに、林道のない奥山に生え、搬出が困難であったことから、「役に立たない木」から「歩の合わない木」、あるいは「ぶんなげる木」が転訛してブナになったなど諸説ある。また、「木でない」の意味から、漢字で「橅」と書く。
こちらのサイトさまを引用します。
・「木では無い」
・「建築材として“役に立たない”木」
ことが由来の漢字、という説ですね。
⑤「蕪」には
・荒れる
・雑草
・荒れ地
・逃れる
・豊か、茂る
・乱れる
といった意味があります。
上記の5つの漢字の意味から
共通するものを取り出していきます。
・いつくしむ
(想いに溢れる感じ)
・ぼんやりしている
(言わない・使い道がわからない)
これかな?
ぼんやりしているっていうのは
感情の明度を表している気がしますね。
悲しいや嬉しいという方向性は
示せるけど、具体的には“言えない”感じ。
いつくしむ、というのも
感情が豊かで思わず溢れ出た
想いから行動に移されるものですよね。
「無」が本当に表すもの
つまり、「無」の本質って
「名前にできないほど
強烈で溢れた気持ち・願い・思いを
一心に神様へ祈願するために舞っている様子」
なんじゃないかな?
完全に何も考えない
「無心」というより
余計な雑念を無くして
一心に舞う感じ。
これは「無念」という言葉に
ピッタリ当てはまりますね。
気迫・真剣・集中していることこそ
他のことを全く考えていない状態
↓
“有る”の対義語となる
“無い”状態を示せる!
この“無”の本質を理解しているから
仏教には“無”に関する教えが多い
のかもしれません。
まとめ
・「無」は「舞」の異体字
・「無」の本質は
「名前にできないほど
強烈で溢れた気持ち・願い・思いを
一心に神様へ祈願するために舞っている様子」
を示しているのではないか?と推測!
ということです!
古代中国では
すでに「貧富」に関して
老子がこう言っています。
老子の「道徳経」第三十三章より。
「知足者富」
足るを知る者は富むとは、満足することを知っている者は、たとえ貧しくとも精神的には豊かで、幸福であるということ。人間の欲望にはきりがないが、欲深くならずに分相応のところで満足することができる者は、心が富んで豊かであるということ。
「ものや幸せが有ること」を
追い求めまくる時代。
そこで「無くてもいいもの」や
「それ以上無くてもOKな上限」を
知っていれば、幸福になる。
無闇に満たさず
飢餓感を心に漂わせ
“無”を飼い慣らすことが
幸せへの一歩かもしれませんね♪
漢字の成り立ちで
人生を豊かにしていきましょう!
では、また👋