【連載小説】第10話(最終話) 普通の高校生は人形劇の夢を見る #創作大賞2024#ファンタジー小説部門
第10話(最終話) (約2600字)
「ねえ、奈那、起きて」
遠慮がちに頬を叩かれ、あたしはゆっくりと目を開けた。目の前には、心配そうにのぞき込む未紀の顔。
「良かった!」
目が合うと、彼女はあたしを抱きしめた。彼女の肩越しに、現在地を確認する。もともと夢じゃないんだから、夢オチなんてことはない。あたしの視線の先には人が転がっている。それを屈みこんで眺めていたじーさんが振り向く。
「奈那以外は、やはり救急車じゃな」
そう言って、あたしのそばへ来てしゃがみ込んだ。目をじっと見つめ、頷く。
「痛むところはないか?」
「それよりピエロは?! あと和服のイケメンペラペラ野郎!」
二人は戸惑ったように顔を見合わせる。
「私たちが来た時には誰もいなかったよ」
「何があったのかは、帰りながら聞こう。とりあえずここを出るぞ」
あたしはヴィヴィを連れて、二人に抱えられるようにしながら学校を出た。
途中でじーさんの意見で、総合病院へ寄った。面会時間はとっくに過ぎてるから、入口にいた守衛さんにはばーさんが危篤だって伝えて忍び込んだ。誰も見ていないことを確認すると、じーさんは歴史的文化財になりつつある公衆電話で警察に匿名の連絡をしていた。
そして帰りの電車に揺られながら、未紀とじーさんがどうしてあの場所へ来たのかを聞いた。パートから帰ってきた母さんが未紀の家に連絡したらしい。最近の夢のこともあるし、流行の行方不明者になるんじゃないかと騒ぐ母さんを、もしかしたら帰ってくるかも知れないから言ってとなだめて、未紀とじーさんが探しに来てくれたらしい。昼間の話からじーさんがピンときて、小学校へ探しに来たそうだ。
イケメンペラペラ野郎とピエロの話を話すと、電車が到着するまでじーさんは完全に沈黙した。
あたしたちの街に帰ると、まっすぐに家には帰らず、じーさんの神社へと向かう。
未紀に貸してもらった裁縫道具で、不細工だけどヴィヴィの首元を縫った。その間にじーさんは和服に着替えて、砂利の敷き詰めてある広場で火を焚き、周囲にカミナリ型の紙を連ねる。
真っ暗な中、焚かれた火と台に置いたヴィヴィを前にして朗々と唱えるじーさんの背中を、あたしはただ見つめていた。唱え終わったじーさんは口を閉ざすと、あたしの方を向いて顎で火を指した。
ゆっくりと歩いてじーさんのそばへ寄ると、じーさんは台の上に置かれていたヴィヴィをあたしにそっと手渡す。
「奈那、これはお前さんのすることだ」
火に照らされて、赤っぽくなったヴィヴィをあたしはそっと胸に抱いた。優しく何度も何度も撫でた。
「ありがとう、ヴィヴィアン」
火の中へ投げ入れると、ヴィヴィはゆっくりと燃え出す。あたしたちは何も言わず、ただヴィヴィが燃えていくのを見つめていた。
結局、あたしはコンビニで雑誌を貪り読んでいたってことにして、事実はあたしとじーさんと未紀の間での秘密ってことになった。事件に関係していることがバレればいろいろと面倒だからという、じーさんの提案だ。
匿名人物からの警察へのタレコミ情報により、行方不明者は全員無事に発見された。何とかっていう薬を投与されてて、発見当初は全員昏睡状態だったらしい。その間、みんながみんな子どもに戻って遊んでいる幸せな夢をみてたらしいってワイドショーが言ってた。しばらく入院していたけど、みんな無事退院。
何故か行方不明メンバーだったハゲタンは、戻ってきて事件の話をしてくれるかと思いきや、今までと全然変わらない様子でプリプリと授業を進める。だけど、それがハゲタンらしいとも思う。
同じく行方不明メンバーだったことが公表されたユッキーは良くも悪くも一躍渦中の人になった。事件のことでいろんな番組に引っ張りだこになり、篠崎リサとのスピード離婚でさらに話題を呼んだ。まあ、あたしはファンをやめちゃったからもうどうでもいいんだけど。
事件の容疑者はすぐに捕まった。この人ももともとは行方不明メンバーの一人。貧相な顔をした男で、おもちゃの製造会社の社員らしい。だけど、この人がピエロだったのかと言われると、正直違う気がする。体格も違うし、匂いというか雰囲気というか、あたしの第七感的に違う。でも今では、あたしのピエロの記憶も曖昧になってきていて、本当にいたのかも自信がなくなってきた。どちらにせよ、この容疑者は留置所内で自殺。事件の真相は迷宮入りになるみたい。
そしてあの不思議なイケメンペラペラ野郎の話題は一切無かった。
今ではあれはただの悪い夢だったようにも思えてくる。何事もなかったみたいに、いつもの生活が戻っていた。でもあのことを通して、一つだけ学んだことがある。
日常っていうのは、つまり毎日が似たようなものってこと。毎朝同じくらいの時間に起きて、つまらない授業を聞いて、友達とはネットや動画やテレビや恋の噂話で盛り上がって、下校時間になったら友達と買い物に行って、家に帰ってご飯食べて風呂入ってネットや動画やテレビ観ながらチャットやライブでグダグダ語りながら寝落ち。その繰り返し。同じ繰り返しで退屈に感じるかもしれないけど、それは平和だっていう証拠。平和っていうのは、しあわせの一つのかたち。
「それは認める。それは認めるけど、こういうのはなし!」
どう見ても八時を指している時計を見てあたしは思わず叫んだ。高速で着替えてカバンをひっ捕まえて、キッチンへと駆け込む。
「ちょっと、母さん! 何で起こしてくれなかったのよ!」
「だって奈那、明日からは自分で起きるって昨夜言ってたじゃない」
母さんは優雅にコーヒーをすすりながら、肩をすくめてみせる。
「遅刻しそうなときはいいの!」
チンと音を立てて飛び出してきたこんがりと焼けたトースト。それに塗るマーガリンを出すためだろう。母さんが立ち上がった隙をみて、あたしはそのトーストを掴んで、玄関を飛び出す。
「行ってきます!」
「あ、ちょっとそれ何もついてないわよ!」
母さんの声を遮るように玄関を閉めると、あたしはトーストをかじりながら自転車に飛び乗った。
空はこれ以上にないってくらいに青く澄んでいて、これで遅刻さえしなければ最高に良い一日になりそう。全部の信号を無視したら経験上、いける。
あたしはトーストをくわえなおすと、全体重をかけてペダルを踏み込んだ。
第二章へ