【ショートショート】最後のマスカラ#毎週ショートショートnote
「開演十分前です。よろしくお願いします」
Tシャツ姿の若いスタッフが顔を覗かせ頭を下げる。私は笑顔で手を上げた。
ドーランを塗った顔につけまつげをつけ、ラメ入りのマスカラを塗る。プロになった時に先生から頂いたマスカラは、大切な舞台の時にだけつけることにしていた。そして今日以降、つけることは無いだろう。
再度ノック音が響き、返事を待たず戸が開く。
「お迎えに上がりました、姫」
衣装を身につけた彼がおどけてみせる。彼の方に歩み寄り手を差し出すと、そっと口づけをくれる。
「引退するにはまだ美しすぎる」
「まだ美しいから引退するのよ」
私は彼に手を引かれまま舞台へ向かう。同じ舞台に立つカンテとトケに挨拶をすると、板についた。
始まりを告げるブザー、音もなく開く緞帳。
力強くかき鳴らされるギターと十二拍子のパルマは、すでに私の体に刻み込まれている。
一輪の薔薇のように気高く、そして美しく散る。
スポットライトを浴びた私は、強く靴を踏み鳴らす。
(410字)
たらはかに(田原にか)様のいつもの企画参加してます。
今回のテーマは「最後の」「マスカラ」。珍しい。書きやすい。
この話は、フラメンコのダンサーのお話です。むかーし少しだけやってみたのですが、とても楽しかったです。
口から魂が出るんじゃないかという歌声と、拍手並みのハイスピード手拍子、汗と一緒に生命を振り出してそうな踊りが、ああ生きてるって感じがします。
ん? どんなだっけ? という方のためにひとつ貼っておきます↓↓
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