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【連載小説】第4話 普通の高校生は人形劇の夢を見る #創作大賞2024#ファンタジー小説部門
第4話 (約2500字)
「ほら! いい加減に起きなさい!」
鼓膜が破れんばかりの大音量。耳元で母さんの怒鳴り声がする。あたしは夢の世界から現実をすっ飛ばして三途の川の手前で何とか踏みとどまった。
目を開けると、腰に手を当ててあたしを見下ろしている母さんが見える。顔には古語でいうところの「あさまし」って文字が書いてある。驚き呆れる、だっけ。あたしってば博学。
「って、何で勝手に人の部屋入って来てんのよ! 最低! エッチ! プライバシーの侵害だわ!」
「あんたが昨日みたいにいつまでも寝てるからでしょ? 優しいお母様がわ、ざ、わ、ざ、起こしに来てくださったんだからもうちょっと感謝しなさいよ」
「わ、ざ、わ、ざ、起こしに来ていただかなくても目覚まし時計が起こしてくださるの!」
母さんはわざとらしくため息を吐き、世界の恵まれない子供でも見るような憐れんだ視線をあたしに向ける。いや、期末テストで取った古典の十三点のテストとあたしを見比べていたときみたいな、蔑んだ目に近い気もする。
母さんは素早く息を吸うと、またもあっちの世界まであたしを飛ばしそうな声を出す。
「あんたね! この目覚まし時計がどれだけ鳴ってたと思っているのよ! 時計だけじゃないわよ。一分経ってやっと鳴り終わったと思って安心してたら、今度は携帯のアラームでしょ? 他の部屋に居てもうるさくてうるさくて、もう居ても立っても居られなかったのよ!」
改めて時計を見てみると、たしかに設定した時間は過ぎている。敢えてもうちょっと現在の時刻について解説を付け加えるならば、どうやら早く準備しないとまたも朝ご飯を食べそびれるような時間らしい。
あたしは奇声を発しながら、母さんがいることも気にせずに制服に着替える。そして鞄の準備をしてキッチンへと急いだ。
朝ご飯は昨日みたいな手の込んだものではない。あたしは食パンをトースターで焼いてマーガリンを適当にペタペタと塗ると、スライスハムをぺらっと一枚乗せて、黙々と食べる。最後の一欠片を口の中に放り込むと、牛乳を一気飲み。
「ごちそうさま行ってきます!」
あたしはそのまま家を飛び出して、自転車をこぎ出した。
家を出た時間から考えて、昨日みたいな惨事は免れそうだ。でも、これが別の高校だったら私は万年遅刻だっただろう。
今通っている公立高校が、あたしの家からは一番近くて、このあたりでは一番のバカ高でもある。頭の良い人たちは電車を乗り継いで片道約一時間かけて私立の高校へ通い、放課後にはまた電車を乗り継いで大学入試対策の塾へ通うそうだ。ほんと、マジで受からなくて良かった。頭が良いってのはうらやましいけど、受かってたらあたしは間違いなくグレてるね。
受からなかったおかげで、高校は自転車で通える範囲内だし、親もとうとう諦めて塾へは行かせなくなったし、風紀の乱れがどうとか言う噂に反して普通の高校だし、家庭の事情で私立に行けなかった未紀とも出会えたわけだから、結果オーライだ。
悠々と教室へ入り、いつも通り授業を聞き流す。いつも通り昼ご飯を大量に食べて、いつも通り午後初っ端の授業中に、あたしは船を漕ぐこととなったらしい。
まぶたを上げても教室の中は真っ暗で、教壇に立っていた先生も席に座っていた生徒も全員いない。よく見ると、またあの夢の場所だった。机も椅子も低くて、あたしの長い足が机の下には収まりきらない。
もう一回寝てしまえば現実に戻れるんじゃないかとも思ったけど、残念ながらまったく眠くない。あたしはしばらく机に頬杖をついて考えていたが、まったく目が覚める気配もないのでしぶしぶ立ち上がる。
教室の外へ出て廊下を見渡すと、ふわふわと歩く黒い犬みたいなオオカミみたいな物の後ろ姿が見えた。特にあたしがついてきていることを確認している様子はないが、無視していても目が覚めるとも思えない。あたしはまた、その変な物についていくことにした。
その犬っぽい物はスロープを渡って隣の棟へ行き、またいかにもな感じで入り口の開いている特別教室へと入っていく。あたしはそっと入り口から中を覗くと、そこは家庭科室のようだった。左右に三つずつの長いテーブルがあり、それぞれのテーブルの端には流し台がついている。黒板の前には他よりも作業台の長い先生用の机があった。
あたしは教室に入って部屋の中央あたりに着くと、黒板の方へ振り返った。思った通りスポットライトが当たったように、机の上が明るくなっている。
そこには今度はベージュ色の豚のぬいぐるみがいた。いや、正確に言えばぬいぐるみではない。手を入れて動かすマペットっていうタイプ。親指と小指で腕、というか前足を動かして、あと三本で頭を前後に動かすのだ。雑貨屋さんで見つけて動かしてみたことがある。
そのベージュの豚の前には、デザインの違うマシュマロみたいな豚が群がっていた。マペット豚はマシュマロ豚に向かってスライドするように進む。マペットは都合上胴体までしか作られていないため歩く感じではない。
そしておもむろに内側が真っ赤な、大きな口を開けてマシュマロ豚に噛みついた。別に歯なんてないんだから挟むって言った方が近いはずだけど、挟んだところがそれこそ噛みついたみたいに欠けているわけだから、やっぱり噛みついたって言った方が近い。はむはむと大きな口を動かして一匹をまるまる食べ尽くすと、すぐに次の豚へと移る。
似たような大きさの豚を一匹食べたにしては、マペット豚は腹が出てくる様子はない。腹に収まるというよりは、噛みつかれると四次元空間へワープするって感じ。
そうやって群がっていた数匹のマシュマロ豚を完全に口の中に消し去ると、腹に収まってないからか、それでも物足りないようにマペット豚はきょろきょろとあたりを見回していた。
やがて自分の前足を見つめると、それも口の中へと入れる。流れ作業のように身体を曲げて自分の胴体にも噛みつく。やがてマペット豚は顔だけになって、辺りに食べられるものを探して転がり始めた。
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