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【連載小説】第2話 ひとりぼっちの高校生は少女の面影を見る #創作大賞2024#ファンタジー小説部門
第2話 (約4300字)
携帯の甲高いアラーム音が鳴り、目が覚める。六時三〇分。起きる時間だ。
私は顔を洗い、制服に着替え、髪を梳いて、日焼け止めクリームを塗ると、エプロンをして、鍋でかつおだしを取る。わかめと豆腐とねぎのお味噌汁を作りながら、だし巻き卵の準備をする。
奥の部屋の襖が開く音がして、浴衣をだらしなく着たお祖父さんが私の背中に声をかける。
「おはよう、未紀。味噌汁をつくる音で起きるなんて、まるでワシらは新婚夫婦みたいだなぁ」
「おはようございます。いいから顔を洗って頭を覚ましてきてください」
できたてのお味噌汁を二つのお椀に注ぎ、二つの皿にだし巻き卵を乗せる。二つのご飯茶碗にそれぞれの分量を盛り食卓に並べると、お祖父さんが再度顔をのぞかせる。私はお祖父さんにご飯茶碗の中を見せながら問いかける。
「お祖父さん、ご飯これくらいでいいですか?」
「おお、ありがとう。充分だ。あとせっかくなら新婚夫婦らしく、ヒロくん、とでも呼んでくれればもうこれ以上のことはないな」
お祖父さん、御堂仁雅は、お茶碗を受け取る瞬間ウインクをして見せる。
「どうして孫と祖父が新婚ごっこをするんですか。それにもう一緒に暮らし始めて二年目なんですよ」
私はエプロンを取って、席に着く。お祖父さんが席に着いたのを確認すると、両手を合わせてからお椀に口をつける。お味噌汁は、今日は少し辛くなってしまった。
「むう。未紀は冷たくなったのう。昔はワシと結婚すると言っておったのに」
「全然記憶がないんですけど、いつの話ですか?」
「初めて出会うたときだよ。侑子の腕から渡されて初めて抱き上げたとき、お互いに惹かれ合うものを感じたものだ」
懐かしそうに語りながらお味噌汁をすするお祖父さんの言葉に、ご飯粒が気管に入りそうになる。
「ちょっと、人見知りしない赤ちゃんに妙な幻想を抱かないでくださいよ」
「昔は良かった。未紀はこんなに冷たい娘ではなかった」
「孫です」
「ヒロくん大好きって言ってくれたのに」
「まだそんなにしゃべれなかったと思いますよ」
私は大げさに嘆き悲しむお祖父さんの相手を極力しないように努め、茶葉の入った急須に、少し冷ましたお湯を注ぐ。湯呑を二つ取り出し、煎茶を入れると無言で差し出す。
「最近、余計に冷たくなったと思うぞ。疲れてないか?」
お祖父さんの声音が少し変わった。私が視線を上げると、お祖父さんの目の笑みが消えていた。私は安心させるように微笑む。
「大丈夫。気のせいですよ」
そうか、と息を吐くと、お祖父さんはお茶を一気に飲み干して席を立つ。何も言わずに私の頭を軽く叩き、伸びをしながら奥の部屋へと帰っていった。
私は残っていたご飯を口に運び、お茶を飲むと片付け始める。手早く洗って戸棚にしまうと、奥の部屋に一声かけて家を出た。
腕時計は七時四〇分を指している。自転車のかごにカバンを乗せると、私は高校へ向かった。
教室に入ったのは八時十分を過ぎたところだった。私は近くの席の女子に挨拶をしながら、カバンを机の横にかける。すると、それを待っていたかのように窓際でヒソヒソ話をしていた古瀬さんたちが寄って来る。仲良し三人組だ。
「ねえ、白谷さん。白谷さんって奈那と仲良いよね。奈那とあの転校生が付き合ってるって噂、本当?」
この質問をされるのはもう何回目だろう。私は思わずため息がもれたのを笑ってごまかす。
「違うと思うよ。仲は良いかもしれないけど、そういうのじゃないと思う」
カバンからノートを取り出しながら答えると、さらにたたみかけるようにして古瀬さんは私と目を合わせる。
「違うにしても、あの二人が仲良いのは白谷さんにとって良くないよ。奈那は頑丈だから大丈夫かもしれないけど、奈那と仲が良い白谷さんにまでとばっちりがくるかもよ?」
私は手を止め、彼女の顔を見つめ返す。
「とばっちり?」
私がゆっくりと聞き返すと、三人は少し驚いたような顔をする。古瀬さんは私に顔を近づけて、声をひそめて早口で語った。
「もしかして、聞いてないの? あの転校生、前の学校で先輩をボコボコに殴って退学したってこと」
「はよう」
古瀬さんの後ろから突然低い声がかかる。三人組は悲鳴みたいな声をあげて、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。声の主は噂の転校生、千国政成。
「おはよう」
私は挨拶を返し、笑顔をつくる。彼は特に興味も無さそうな様子で、私の斜め後ろの椅子を引き、大きな音を立てて座る。
彼が転校してきたのは約一か月前の六月で、転校生がやってくるにはあまり一般的な時期ではなかった。それに、そんなにおとなしいタイプでもないことはたしかだ。だけど私の中では、問題を起こして退学したという噂と彼の印象が、すぐには結びつかない。
突然、教室の扉が勢いよく開き、鼻を高くした奈那が堂々と入ってくる。私は思わず教室の時計に目をやった。八時二十八分。朝礼二分前に到着するなんて、彼女にしては快挙だ。
「ほう、今日は先生より早いじゃねぇか。ピンク野郎。今日の体育は雪合戦か?」
斜め後ろから笑みを含んだ声がする。すると奈那は顎を上げ、勝ち誇ったように千石君を見下ろす。
「あらごきげんよう。悪いけど、今日のあたしは昨日までのあたしとは違うから。真正ニュー・ナナ・マエジマをとくとご覧あれ」
そういうと、黒板の前で華麗なターンをしてみせる。そのまま私の隣の席までモデル歩きで来ると、椅子に座って得意げに足を組む。
「おはよう、奈那。珍しいね。一体どうしたの?」
「おはよ、未紀。とうとう一撃必殺早起き術を編み出したのよ。これでもう遅刻なんてありえない」
「一撃必殺っていうと、なんだか目が覚めなさそうなんだけど。どういう術なの?」
私は奈那の方へ体を向ける。彼女はこれ以上にないってくらいに満面の笑みを浮かべた。
「要は質より量なのよ。いい? まず、携帯のアラームを含め、目覚ましを六個準備します。次に、一分ずつずらして鳴るようにセットします。そしてさらに、シャッフルして部屋中に置く! そうすればモグラたたきみたいなことをしてる間に目が覚めるって寸法よ」
「普通に起きろよ」
仰け反るようにして笑う奈那のつむじを、後ろから千石君がシャーペンの先で押し返す。
「痛っ! ちょっとなんてことすんのよ! あたしの頭に穴が開いたらどうしてくれるの!」
「いいんじゃねえか? 腐った脳ミソに風が当たって。俺の善意だな、これは」
「何が善意よ! 頭に穴が開いたら死ぬわよ」
「この程度で死ぬわけねーだろ、ピンク野郎。んなこともわかんねーのか」
「っていうかいいかげんピンクピンクいうな! セクハラでしょ、これ!」
「何言ってんだ。被害者は俺の方だ」
彼女は奇声をあげながら飛び上がるように座っていた椅子の上に立ち、千石君を見下ろしにらみ合う。私はその様子を止めることなく、傍観者に徹することにした。どうせもうすぐ、担任の後藤先生が入ってくる。
この二人の出会いは、まさに少女漫画のようだった。奈那の話では、いつものように登校中にスピードを出して自転車を走らせていたところ、横道から出てきた千石君とぶつかったらしい。学校でそのことを私に話していると、一時間目が始まる前に後藤先生が彼を連れてきて紹介したのだ。
ちなみに、彼が奈那をピンク野郎と名付けたのは、ぶつかった時に見えた奈那のパンツがピンクだったから。そして奈那が男勝りだから。
奈那が千石君につかみかかるのとほぼ同時に、後藤先生が額に血管を浮き立たせて、出席簿を教卓に叩きつけた。
「最後に、今日からテスト期間に入る。部活動が無くなる分、放課後の時間を利用してテスト勉強をするように。以上」
後藤先生が終礼の言葉を切ると、号令がかかる。
「帰ろう、奈那」
私はカバンにノートを詰め込み、隣に話しかける。しかし、彼女は右手にカバン、左手にはジャージを持っている。
「ごめん、未紀。ちょっと今日は今から決戦があるから。これでどっちがセクハラの被害者かが決まる大事な果し合いだから。また明日ね」
彼女の視線の先を辿ると、千石君と目が合う。彼は私の顔を見ると肩をすくめてみせて、また奈那に視線を戻すと小馬鹿にした表情を浮かべる。
「そう、わかった。また結果、教えてね」
私はそれだけ言うと、足早に教室を出た。しかし、教室を出ると途端に足が重くなるのがわかる。
廊下を進み階段で立ち止まると、少しだけ考えて上へと向かう。屋上へとつながる扉のカギを開けて、ノブを回した。扉を開けると外のまぶしさに思わず目を閉じる。そして手で光をさえぎりながら屋上へ出る。私は誰もいない屋上の真ん中で大きく伸びをした。深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
ふと、奈那の声が聞こえたような気がして、私は屋上の端へと向かう。コンクリートでつくられた腰の高さくらいまでの塀があり、その上に白く塗られたフェンスがある。そのフェンスの間から顔を出すようにして、グラウンドを眺める。ちょうど、ジャージに着替えた奈那と千石君がトラックに並び、スタートしたところだった。
私は思わず息を漏らす。どう考えても奈那が不利だ。どんなに運動が得意だったとしても、女子の方が体力が無いのは当然だし、何より体格が違うのだ。それでも、彼女はハンデを要求しない。くれるといっても受け取らないだろう。
彼女は本当にまっすぐなのだ。そして彼女なりの価値観を持っている。授業をサボることはあるけどカンニングはしないし、買い物で値切ることはあるけど万引きはしない。そういう、自分らしさを持っていてはっきりと表せるところが、私はとても好きだしうらやましかった。
高校に入学する前年に、私の父は亡くなった。母は幼い頃に家を出てしまっていて、一人きりになった私は、あまり面識のなかった祖父と暮らすことになった。そういう家庭環境の大きな変化があり、入学当初の私は暗く沈んでいた。その私に、はじめて声をかけてくれたのが奈那だった。事情を知っている親戚とは違い、彼女は私のことを聞き出したり励ましたりするわけではなく、ただ普通に接してくれた。それが何より嬉しかった。学校から帰って早々、彼女のことを祖父に話したことをよく覚えている。
持ち前の明るさで、いつのまにか彼女はクラスの中心にいた。そして私も、彼女に手を引かれるようにしてクラスの輪に入っていった。きっと彼女に出会っていなかったら、私はクラスの隅で誰とも口をきくことなく三年を過ごしていただろう。
突然、冷たいものが肩に当たった。ほどなくすると、パラパラと本降りになってくる。
グラウンドでは、いつのまにか走り終わって倒れていた二人が、慌てた様子で起き上がるのが見える。私は、二人の姿が校舎に駆け込んで見えなくなるのを眺めていた。
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