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不倫、始めました【3】
私が夫についた嘘。
「この日さー、仕事終わったら友達とごはん行くんだ。夕飯は作っておくから子供たちと食べてね」
軽く言い放ったその瞬間、自分が越えようとしている境界線をはっきりと自覚した。
夫は「そう」とだけ返し、テレビ画面に集中していた。
その素っ気なさが、私の背中を押したのかもしれない。
私は冷静だった。
表情を少しも変えず呼吸するように嘘をつき、
そのあとは動揺することもなく家事を続けた。
自分のなかで、ワクワクした気持ちが湧いてきてるのがわかった。
その夜、「会えるよ」と彼にメールを送り
待ち合わせ場所と時間を決めた。
仕事が終わったあと。
わりと駅に近い場所。
ビルやカフェなども立ち並ぶ一角にある大きな駐車場で待ち合わせをすることになった。
彼は、とても嬉しそうだった。
『早く会いたい。あと何日!』と毎日マメにカウントダウンしてメールしてきた。
彼は私と同年代。
だけど、メールで送られてくる彼の言葉は少し幼稚な少年のようだった。
この人とするんだ。私。
顔も知らない見ず知らずの男の人と。
どんなふうにキスをして
どんなふうに私に触れ
どんなふうに抱いてくれるんだろう。
体だけの関係。
考えるだけでジワっと疼いて濡れてくるのがわかった。
私は昔からすぐ濡れる。
今まで何人もの人と体の関係を持ったが、溢れるくらいに濡れるので割とびっくりされることも少なくなかった。見た目とは裏腹に、反応しやすい身体とのギャップがたまらないらしい。
デートしていても、一緒に歩いててたまに体が触れるだけで濡れる。ただ触れただけなのに、脳内で妄想が広がりいやらしい思考にいってしまう。ミニスカートから見える自分の足にさえ興奮して、ドクっとあそこが疼いて中が厚く肥厚していくのがわかるのだ。
顔も知らない彼と会う約束の日まで指折り数えながら、朝起きて家事をして仕事に行き帰宅後はまた家事に勤しんだ。
結婚してから今までその毎日を繰り返してきた。
毎日が忙しすぎた。
朝起きると、洗濯物を回し、朝食を用意し、子どもたちを起こして学校へ送り出す。それから、私自身も慌てて家を出る。仕事を終えればお迎え、買い物、夕食の支度――気づけば一日が終わっている。自分を女として磨き振り返る余裕もない。
夫は家事や育児を手伝わないわけではない。むしろ、世間的に見れば「協力的な夫」の部類に入るのだと思う。でも、それでも。
「どうして私はこんなに孤独なんだろう?」
私たち夫婦はいつの間にか「子どもの親」という役割に全てを捧げるようになり、夫婦で向き合う時間はどんどん減っていった。
レス気味の生活に慣れたつもりでいた。でも、「慣れる」というのは正しい言葉ではなかったのかもしれない。どこかで満たされない思いを抱え続け、それを押し殺すことができずSNSでの誰かとの繋がりで楽しむしかなかった。
知らない人しかいないそこでの現実逃避が楽しくてしかたなかった。
それが欲望となり相手を引き寄せてしまったのだろう。
彼との会話は軽くて心地よかった。
「今日の夕ご飯、何作ったの?」
そんな些細なやり取りでさえ、私には新鮮だった。「誰かに見てもらえている」という感覚が、胸をじんわりと温かくするのを感じた。
もう、夫には求めない。
人生、楽しんだもん勝ち。
自分で自分にいいきかせるというよりは、
もうそうゆう思考になっていた。
絶対に誰にも言わない。
楽しもう。
溶けるようなセックスがしたい。
そして、彼と会う日がきた。
今日、するんだ。私。どうなるの。
何人とも経験があるはずなのにとても胸は高鳴った。若い時とは違う。経験値のある男性。そこがかなりの重要なポイントだったからだ。
私は駅を出ると、待ち合わせの駐車場に向かった。彼の車の車種は聞いていた。
彼の黒いSUVは、月明かりの下でどこか静かに存在感を放っている。
私は一瞬立ち止まり、深呼吸をする。
彼がこっちをみているのがわかる。
そして近づき、自分の中で小さな背徳感を振り切るようにドアを開けた。
「こんばんは。」
助手席にサッと座った。
『こんばんは』
彼は少し緊張したような表情に見えた。
一言二言、なにか会話をしたと思うが覚えていない。薄暗くてどんな顔をしているのかよくわからない。
「可愛い♡!!」
その言葉に、フッと笑って下を向いてしまった。恥ずかしいはずなのに、どこか嬉しい。その感情に戸惑いながらも、視線を合わせられない自分がいた。
『どうする?行く?』
と彼が言った。
『うん。行こう』
私が即答したら、彼は笑った。
車を走らせながら、彼は自然な動きで私の手に触れ、そのまま握った。力強いけど温かく優しいその感触に、私は一瞬固まったが、拒むことはできなかった。
そして、駅から少し離れた郊外のホテルに着いた。
つづく