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【単行本】遠藤正二朗 著 「秘密結社をつくろう!」 ─1巻・下─新作書き下ろし「ひみつく外伝」1〜
「ひみつく」単行本特別書き下ろしエピソード「外伝」は1巻では全部で10話が毎週木曜日に1つずつ追加更新されていきます。
【New!】外伝10─ある青年の選択─が追加されました(2024/09/19)
外伝1─ある青年弁護士の選択─
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青年は戦場へ赴く。理想を本当にするため。
戦場では醜悪で愚かな主張が争われるのだが、代理人として自分はそれに加わり、依頼人の金銭や自由といった財産を守るのが仕事だ。容疑者に対して死の制裁を渇望する、被害者と親しかった者の憤懣も、唾液混じりに吐きかけられる依頼人からの罵倒も、キャリア重ねるころには、いかなる主張でも事実部分だけを文字情報として翻訳し、抽出することができるようになった。莫大な感情はすっかり濾過され、残るのは単純かつな生々しい欲求だけになる。
東京都千代田区霞が関は、国会議事堂をはじめ公共施設や中央省庁の庁舎が集中する、行政の中心地だ。そこに、彼が目指す地上十九階建てのビルディングがあった。平日に限れば、ここは日本で最も多くの争いが行われる戦場だ。そして争いが生み出した勝敗の結果、市民たちにはいくつもの落胆と、わずかな安堵を産み出している。
彼は三つ揃いのスーツに身を包み、墨田区の工場で手作りされたストレートチップの革靴でアスファルトを蹴り、ネクタイを直しながら前に進む。桜の散る春の陽気に、気分が浮揚することもない。その仏頂面は、青年がこの東京地方裁判所での日々において、いつの間にか備えてしまった鎧のようなものだった。感情を顕さないことで隙をなくし、それによって敵からの揺さぶりにも動じることなく、依頼人を護ることに徹するため得た装備だ。
争いにおいて勝利を求めるのは、この十年の積み重ねで諦めている。ここでの戦いは、できるだけ損害の少ない負け方を目指す。いま弁護している依頼人は法を犯した。それは、覆しようのない事実だ。被害者に与えた傷害の罪により、司法からの追求は免れない。弁護人として自分にできることは、依頼人に下される刑をできるだけ軽くするだけだ。犯行に至る過去の事情と、再犯の危険性が少ない今後の未来を、裁判所に訴求する。足を使い、時間を費やし、依頼人の情状を保証する証人を集め、今日まで三回の公判で証言させた。それらを根拠に弁護人として裁判所に主張するべき点は、依頼人はやんごとなき窮状に陥り罪を犯してしまったが、家族や友人による今後の後見が期待できることから、収監をできるだけ短期間にし、社会復帰の訴求をすることだ。
“呑み友だちに障害が残る大ケガを仕方なく負わせてしまったが、暖かいサポートが期待できる周辺状況を鑑みると、再犯の可能性は極めて低いので、量刑をできるだけ軽くして頂きたい”。青年は上昇する地裁のエレベーターの中で、この方針をあらためて整理し直した。我ながら矛盾が過ぎる主張だと思い、彼は仏頂面を崩して苦笑いを浮かべ、シルバーの四角いフレームの眼鏡を人差し指で直した。
キャリア十年、三十三歳になる弁護士、伊達隼斗は、職場のひとつでもあり、彼にとって戦場でもある法廷に立った。
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遠藤正二朗・著「秘密結社をつくろう!」単行本・第1巻
『Beep21』で好評連載中の「秘密結社をつくろう!(略称 : ひみつく)」初の単行本です。書き手は父に安部譲二を持ち、「魔法の少女シルキ…
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