見出し画像

名探偵コナン史に新たな傑作が誕生「映画ハロウィンの花嫁」レビュー!すべてのピースがはまった瞬間を目撃した

※映画に感動した筆者が勢いのまま書いているので長めです。少なからずネタバレあります。どうしても嫌な人は避けてください。
記事前半は「これまでのコナン」です。


近年爆発的に興行収入が伸びた名探偵コナンを世間ではどう思っているだろうか。
やはりコナンはみんなが好き!すごい!とかライトに受け取ってくれているなら問題はないが、「キャラ人気だけ」「ストーリーはおざなり」「爆発しとけばいいと思ってる」「原作ファンを無視してる」など…そういう声が聞こえることもしばしばだ。
それらの意見を一コナンファンとしてすべて受け止めてみよう。気持ちをわかりたいと思う。そのうえで言いたいことは、そうだけどそうじゃないんだってことだ。
指摘していることは確かに分からなくもない。しかしそれを批判の理由にあげられるとまるで「製作者が適当に作ってるみたいじゃないか」と思ってしまうのだ。
これはファンとしてしっかり否定しておこう。スタッフは断じてこれまでコナンを馬鹿にして映画を作ってきていないし、毎年真剣なのだと…。

コナンにはノルマがある。まずそこを解説しよう。
映画名探偵コナンは毎年アニメオリジナルストーリーが繰り広げられている。作者もがっつり参加するが、監督と脚本家主体だろう。
つまり毎年1から各所の要望に答えストーリーとトリックを作り、劇場公開まで持っていく作業がある。それを「TVシリーズとあわせて」25作品やり続けてきたのだ。過去作と比べられることも多いだろう。スタッフのインタビューやツイッターを見るといつも追い込まれている感じがする。でも毎年の祭りは今更もう止められない。たくさんのファンが待っている。
第一前提がこのノルマだ。
「毎年必ず同じ世界と同じ主要キャラで公開すること」
プレッシャーのかかった現場だ。
近年売上が上がった要因として様々なことが考えられるのだが、特筆するとすれば「爆発」ではないか。画面が華やかになり危機が訪れる。初期から使っている手法だが、決定づけたのは異次元の狙撃手から参入した静野監督かもしれない。映画監督の変わったタイミングでもあり演出方法も大きく転換した。そして成功した。彼の映画が興行収入を意識して物を破壊をするものだったのは確かだ。ハリウッド映画のようになっていくコナンは、確実にエンタメだと世間にしらしめた。

もう一つのノルマ「キャラ」だ。
昔もキャラ人気は使ってはいた。しかし安室透というキャラはあまりにも特殊で、さもすれば独り歩きをし始めるような力を持っていた。そして実際に歩き始めたのだが青山剛昌がその手綱をしっかり握っていたことが救いだったとも言えよう(原作者だし)。
青山は安室をコナンの世界で大きく泳がせた。
途中で「あ、こいつ極悪人バーボン設定だったけど、イケメンだしアムロだし善人にしよー!」と75巻途中で方向転換した後付キャラだったことをものともせず、名探偵コナンの物語の核の部分に繋げていき、さらには点と点、キャラとキャラでしかなかったものを安室一人入れて関係性を結んでいったのだ。天才の所業だ。安室は101巻のコナンのなかに最初から居たように組み込まれていった。
そして安室PVとも言える「ゼロの執行人」が生まれ爆発的大ヒットを起こした。
実は映画化前はここまで人気無いだろって作者スタッフは思ってたらしく、PRは安室は一体なにものなのか?を中心に行われたのだがこれが良かった。「今のコナンってこんな感じなの?もう一回読もう!」層が生まれたのだ。新規開拓に成功したのだ。
このようにコナンは長期連載作品としてキャラクターが増えては新たな設定が足され数珠つなぎのように世界が広がっていく作品になった。
問題は脚本だ。「このキャラ出すならあれもこれも出さないとだめ」状態になったのだ。結果としてキャラの見せ場とストーリー展開がちぐはぐになってしまうことが増えてしまった。
その状態になったのは「ゼロの執行人」よりも随分前の映画からだと思う。執行人の良かったところは、登場人物たちが随分減って物語がスッキリしたところだ。
しかし思うにゼロの執行人は果たして粗はなかったのかというと、相当粗だらけの作品ではあったのではないか。筆者は特装版BDBOXを持っていますし何度か見た上で言わせてもらうが、エンタメ度はかなり低い作品だと思う。好みが偏っている。大人向けすぎる。子供がわからない。中弛みから邦画の癖みたいな展開の印象も受けた。そしてトリックは刑事ドラマのものでコナンっぽくはなかった。それが受けたのだ。筆者刑事ドラマ好きっ子なので筆者も好きなんだが…コナンじゃないという感想には全くもってそのとおりです、と頭を下げてしまう。

コナンらしいってなんだろうか。
ずっと考えていたがはっきりしない。初期作品はレジェンド名作だが、今あれをやっても今のコナンファンからは文句が出るだろう。
その断片は時々見えてはいた。その映画は「から紅のラブレター」と「紺青の拳」だった。脚本家は大倉崇裕だ。推理小説作家で福家警部補の事件簿の作者でもある。
原作の青山が福家の実写ドラマを見て気に入り独断で大倉にオファーをかけたところ、大倉は名探偵コナンの大ファンだったので快諾したという流れだ。
結果として言ってしまえば彼の書くコナンは、キャラクターが渋滞していた。単純に指定された登場キャラやゲストキャラが多かったのも問題なのだろうが、ファンだからこそあのキャラもこのキャラも、この設定もあの設定も入れたい!なっていったのかもしれない。原作ファンなら気づく細かい設定が豊富でそこを探せば楽しめるし、大倉脚本のキャラの言動には全くといっていいほど原作との違和感を覚えなかったのだ。「いまコナンを見てる」感覚が確かにあった。
ただ配分がうまく行かなかった。映画脚本自体に不慣れだった気もする。
コナンのトリックはあまり現実的ではアニメ絵も映えないしお客様を満たせるかも微妙なので荒唐無稽なものが多い。これも一つのノルマだが、トリックや伏線の貼り方が大倉脚本の場合とても推理小説のものだった。これもコナンを読んでいる感覚に近いものだ。
よくゼロの脚本家、櫻井氏と大倉氏は比較対象になるが櫻井氏が骨太刑事ドラマのトリックだとすれば大倉氏は本格推理小説のトリックなのだ。
この二人の対象的な脚本家が、いまのコナンの作家陣でもある。

さてようやくハロウィンの花嫁の話をしたいのだが、前述した「名探偵コナンノルマ」をすべてクリアした名作が完成していた。もはや奇跡的ではないだろうか。
爆発も多数のキャラも設定過多もキャラの過去過多も全てを綺麗に構成して作り上げた。もはや見事としか言いようがない。
ここに現代のコナンの正解を見た気がする。鑑賞後、来年の次回予告が流れるのだがそれの反応以外にも、確実に今年の映画は面白かったという反応を感じ取れた。泣き出すファンも多かった。
何故ここまでうまく行ったのか?
鑑賞後の印象としては、宣伝されたキャラクターたちにしっかり全員見せ場があったことも満足度の高さに繋がっているのだが、全編を通して「江戸川コナン」がちゃんと主人公をしていたことだ。
「え、コナン君主役じゃ?」勿論だが、ここ何年も他のキャラに印象を食われていたのがコナンだろう。狂言回しの位置に来ることも多かった。
それが今回の映画では主人公パワーを炸裂させているのだ。この感覚、かなり懐かしいものがある。そう、初期のコナンである。
静野監督は爆発だけではなく大人向けのコナンというイメージも作り上げていた。ただその成功が原作のコナンや本来届けたい場所からは段々と離れていってしまったように思う。

今一度、コナン、そして子供目線に目を向けたのだろう。すると江戸川コナン7歳が25年歩んできた道も見えてくる。コナンを好きな人向けの描写ではあるがあるキャラにコナンがハグをする場面がある。なぜこうしたのか、なぜできたのか、考え出すと色々な想像ができる。愛されて育ち愛を与えられるようになったコナンは、最高のみんなの主人公だ。

ここに関しては新たに参加した満仲監督の手腕も大きいだろう。彼はインタビューを見ると少し今のコナンのファン層から遠いところにいる監督だ。つまり大ファンではない、ということだ。
そして今のコナンが子供向けではないことへの疑問を持った。そこからの出発だったのだろう。

かと言って今作が子供向けかと言われると、そこも上手く乗りこなしていて、高木と佐藤(周辺の)ラブストーリーは多少関係が複雑化していて連載当初から大人向けであり、そこをしっかり描いたこと。そして皆が大好きな男たちの悲しくも温かい過去。さらにはロシア関係(多くは触れないが現実とは重ならないレベル)と、子供向けではない部分もしっかり描かれている。

原作もそういうところがあるのだ。子供がわからない痴話喧嘩殺人がたくさん起きてきた漫画だ。組織に関しても考察すると正直一筋縄ではいかない話になっている。でも分からないなりに興味を持つのだ。出てくるメカが面白いから。キャラがかわいいから。コナンがかっこいいから。

脚本の大倉氏の功績は大きいだろう。大倉作品三作目でついに今の名探偵コナンのつくりかたを掌握したのだ。

さらに良かったことはこれは不幸中の幸いでしかないのだが、例のコ○ナにより製作期間が2年あったことだ。純粋に作画がいい。脚本も練る時間があったのだろう。
ノルマの話は他にもある。口出すスポンサーとか何も考えてないスポンサーとか金に群がるスポンサーも話は。それはこの際置いておこう。

他にも言いたいことは山ほどあるが別の記事でもいいかな。

今作があまりにもいい。よすぎて来年が怖くなってきた。
櫻井氏に望むのは大倉作品のようなものではないかもしれない。
誰かにスポットを当てて描く骨太な人間ドラマを見てみたい気もするし、ベイカー街のようなコナンらしくないけど面白いものを目指してほしくもある。
なんにせよ、とても楽しみにしているということだ。

さて今作、これは何度も映画館に通わねばならない。面白かったのはもちろんとして後々絶対にそのことを自慢できるのだから。コナンの歴史を見に行くのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?