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アニメ『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』高松燈から学ぶ人間のなり方

はじめに

人間になりたかったみなさん、こんにちは!
今日はアニメ『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』を見て人間になる方法を学んでいきましょう!

……と変な書き出しをしてしまいましたが普通にアニメの感想兼読解記事になります。
このアニメの面白いところは個人的にはやはりクセの強いキャラクターたちですね、そして彼女たちのすれ違いと成長でしょう。
とはいえ情報密度の高いこの作品、気になったことを全部書いてたら一生終わりませんし、1キャラクターに絞って書かせてもらいましょうか。

この作品の主人公、高松燈(誰を主人公として見るかは諸説ありますが…)は特に世間・友人たちからズレた考えを持つキャラクターとして描かれており、そのズレに対しての悩みを「人間になりたい」と表現しています。人間の気持ち、難しいですよね!
『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』はそんな燈が同じ想い・似た想いを持つ仲間と出会うストーリーです。

というわけで『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』のストーリーの中で燈がどのように成長したのか、「人間になれたのか」を考えていきましょう。


音楽で他人とつながろう!高松燈とCRYCHIC

燈が感じている「人間になりたい」という気持ち、つまり世間・友人≒みんなとのズレとは何でしょうか。
それは自分の興味のあるもの・大事なものが必ずしも他人に理解されないということであり、そして他人の大事なものが自分にはわからないということです。

3話の回想にて、幼少期の燈は自分と同じく葉っぱが好きという友人と出会いましたが、彼女は燈とは違い虫に興味がありませんでした。
中学生になって同じドラマを見ても友人のように泣けず、卒業式でも泣けない。つまりはうまく他人と共感できないことに悩みを抱えています。

みんなみたいに、大事なものがない。みんなみたいに、涙するほど大事なものが欲しい。

そんな燈の「他人とズレている」悩みを書いた詩に共感し、そして「みんな」が興味を持たない虫に興味を持っていたのが祥子です。そして祥子が集めたCRYCHICというバンドメンバーたちの中で燈は周りとのズレを感じることがなくなる・暖かさを感じるわけですね。

ここで燈と他人のズレを埋めた媒体がバンドでありもっといえば「音楽」ですね。ノートに書いた自分だけの詩は祥子によって2人の音楽となり、カラオケという場でみんなと同じように笑い合い、そして1人で作詞した言葉はCRYCHICというバンドで他人と共に演奏できる歌となっていました。
このへんの描写は純粋な音楽賛歌で好きですね、音楽の力をテーマにした作品だからこそこれくらい強引なもっていきかたでも良い。

さてこうしてCRYCHICというバンドの中で「みんなとのズレ」を感じなくなりCRYCHICが「みんなと共有できる大事なもの」となっていた燈でしたがそれは睦の「私はバンド楽しいと思ったこと一度もない」発言で崩壊します。睦による共感の否定、ズレの表明ですね。

ここを読む上では燈の世間のとらえ方を改めて意識する必要があります。説明してきたように燈は世間とのズレを感じている人間ですが、だからこそ物事を考えるときに「自分の考え方」と「自分と違うみんなの考え方」という大雑把な区別をしており、みんな≒他人が個別の考え方を持っているという認識をする能力が一般的な人間より希薄と考えられます。(CRYCHICの中でようやく「みんな」ではなく名前がノートに書かれるようになってはいますが…)

だからこそ、睦が「バンド楽しくない」と共感を否定した際に、睦が楽しくないのであれば他メンバーも同じ考えを持っており楽しくなかったのだろう、CRYCHICのみんなが私とズレがないと思っていたのは幻想だった。という想いを強く抱えてしまうんですね。正直CRYCHICの中で燈は客観的に見て普通に浮いていたと思いますが、それを自覚させない楽しさ・一体感がバンドにはあったわけです。

私は、バンド楽しいって思ったこと、一度もない

この考え方は睦よりも祥子を見る様子でより読み取ることができるかもしれません。初ライブを終えた燈はCRYCHICの皆とより「同じ考え方を持つ(かもしれない)仲間」という認識を強くしています。
であるなら、スマホの画面をのぞきショックを受けている祥子は自分と同じく書き込み「ボーカル必死過ぎ」でショックを受けているのだろうという「自分の考え方」に寄せて考えてしまっており、それに引っ張られ祥子のバンド辞める発言にもそれを紐づけてしまったのではないでしょうか。面白い……。

自分の想いを伝えよう!千早愛音との出会い

CRYCHICの自然消滅を経て愛音と出会う燈でしたが、愛音との会話に自分との共通点を見つけ距離をつめようとしては何度も「自分とのズレ」を感じて一歩引く様子が1話で描かれています。絆創膏を渡しすぎ、天文部に誘い、そして「一生バンドやる」発言。

中学生の燈であればここまで積極的に他人と関わろうとしなかったでしょうし、他人とのズレに悩むことこそあれ、自分が他人とうまく関われないことを残念に思うこともなかったでしょう。CRYTHICで他人との関わりの心地よさを知ってしまった故ですね。

この「他人とのズレを自覚して、そして関わりを諦めている」燈はCRYCHIC解散を引きずっているわけです。しかし愛音は燈のズレを感じた上で絆創膏を受け取り、勧誘を断った上で改めてカラオケに誘い、そしてバンドの誘いから一方的にいなくなった自分にまた声をかけてくれ、そしてそれに燈はわかりにくいですが笑顔を浮かべている、つまりCRYCHICと同じような暖かさを感じている。つまり「価値観にズレがあっても他人と仲良くできないなんてことはない」んですよね。これは普通の人間にとっては当たり前の話ではあるのですが、燈にとってバンドとは「自分の全てである詩を全肯定してくれた(と思っている)人とだからできた」そして「であるなら自分とズレた人とは上手くできない」という先入観があったのではないでしょうか。燈には「自分」と「わかりあえない他人」の2つしかないので……。

でも流石に愛音と出会いそよや立希と改めて会話する中でそろそろ燈も人の気持ちはそんなに単純じゃない、おそらく自分の考えは間違っていたことに気が付いてきてるんですよね。燈の詩に共感してくれた彼女たちは別に自分と同じ考えをもっていなかったこと、そしてそれでも彼女たちが自分と同じくバンドを続けたいという考えを持っていたこと、バンドという場を大事に感じていたことを。社会性の獲得……!

……怒ってないの?

過去の燈は対人関係が上手く行かなかった理由を全て「自分が他人と違う考えを持っているから」で済ませてきており、そしてそれは他人に理解されなかったものとして大筋外していなかったのでしょう。これはCRYCHICの頃の祥子が燈の詩の代弁者として1人で仕切って上手く行っており燈が自分の考えを挟む余地がなかった、他メンバーの気持ちを考える必要がなかったのもあるでしょう。反面愛音はちゃんと自分の言葉を他人に伝えることが大事だと燈に伝えます。

思ってることあるなら、ちゃんと言った方がいいよ

これは愛音が燈の「バンドがやれてうれしい」「本当はまたバンドやりたい」の気持ちを正確にくみ取れているゆえのアドバイスで、それを愛音に伝えたのが春日影の動画という音楽・バンドの力なんですよね。まあ愛音が伝えたかったのは「自分の気持ちに正直になるべき・やりたいことをやってみるべき」という刹那主義・自己中心的な考え方であって「対人関係をうまくやる方法」とは全然真逆の話ではあるのですが……。

人間になりたい!心の中で輝く言葉

少し脱線しましたが、愛音の言葉を受けてメンバーに自分の気持ちを伝えた結果燈はまたバンドが出来るようになりました。成功体験ですね。
ここからようやく燈は言葉による他人とのコミュニケーションを理解しはじめます。

愛音とのやり取りの中で、燈ははじめてノートの中の「自分の言葉」だけでなく、自分にとって「他人がかけてくれた言葉」の中にも自分が理解可能で大事なものがあるということを自覚しました。
であれば逆に自分が他人に言葉をかけることで他人を助けることだって可能なはずです。「転んだ人には絆創膏を渡すことで助けることができる」もおそらく燈が過去に他人にしてもらい喜んでもらえることを学習した数少ない行動なのでしょう。

5話で練習が足りないことを責められ「これまでもそうなんだから」また逃げると立希に責められる愛音を見た燈は自分も祥子に練習が足りないことを責められた体験を思い出し、そして愛音が自分の手を引いてくれたこと、バンドに誘ってくれたこと、だめになっても「また頑張ればいい」と声をかけてくれたことを思い出します。燈の詩を他人が共感してくれることは今までもありましたが、燈が自分から他人に重ねたこと、他人の痛みに共感したこと、共感しようと思ったこと、そして助けたい・慰めたいと思ったことはおそらくこれが初めての経験です。
でも燈には今まで自分の気持ちにしか向き合ってこなかったから他人を慰める方法がわからない、だから自分が悩んだ時と同じように水族館に連れて来てみる。

愛音ちゃんは頑張ればいいって言ってくれて……それで……それなのに……

このやり取りの中で今までぼんやりとしていた燈にとっての「人間になりたい」が新たな輪郭を帯びてきたのではないでしょうか。

燈には「見つけたものを収集する」習性があります。だから自分にとって大事な「愛音の言葉がくれた輝きを否定させない」。その言葉こそ「またダメにならないように頑張れば良くない?」ですね。そして自分も愛音の言葉のように他人の手を引く側になりたい、そういう言葉を紡ぎたいという想いを抱いて愛音に言葉をかける。

人間・他人という「わからないものになりたい」という気持ちは愛音のかけてくれた救いの言葉のような「わかるもの、美しいものになりたい」になっていきます。新たな「人間になりたい」です。それが最終的に13話の「心に絆創膏を張れたらいいのに」に繋がっていくわけですね。人間とは絆創膏を貼る人なんですよ、知ってましたか?

悩む愛音に手を差し伸べることに成功し、愛音という共に迷いながら進む仲間を手に入れた燈でしたが、6話で悩みを抱える立希の助けにもなりたいと考えつつも立希との距離はまだ測りかねていました。この辺の立希に手を伸ばそうとしてうまくできない燈はとても良かったですね、成長の過程……。立希に手を伸ばす愛音についていきながら自分も手を差し伸べる方法を模索し、そして絆創膏を渡して満足してる燈、かわいいね……。

他人に歌を届けよう!豊川祥子との記憶

7話で新たな仲間と共にライブに挑む燈でしたが、客席の中にクラスメイトを見つける愛音に追従して客席の中に祥子と睦の姿を見つけます。

2人の姿を見てクライシックの決別を思い出し言葉が出なくなってしまった燈でしたが、祥子の自分に向ける視線を受け、祥子がバンドに誘ってくれたこと、愛音がバンドに誘ってくれたこと、「迷子のままで進みたい」そして愛音の言葉「次はダメにならないように頑張る」、この曲『碧天伴走』の歌詞を考えたときの想いを思い出します。
碧天伴走は愛音に向けた曲ではありますが、CRYCHICという場所への燈の想いをはらんだ曲でもあります。

躓いたって転んだって 立ち上がり来たんだ

『碧天伴走』の中で燈が愛音に向けた感謝と応援の気持ちの中でも感謝の気持ちに関しては、バンドという居場所を教えてくれた、自分の詩に共感してくれた祥子への感謝にも近いものがあったのではないでしょうか。燈が理想としているところの「他人に手を差し伸べ絆創膏を貼る人間」像には愛音だけでなく祥子も大きく影響を与えていると思われます。

そしてステージで歌う中でCRYCHICでのライブで抱えてきた「必死で歌った」記憶が燈の中で重なります。あの時は自分の気持ちで精いっぱいでバンドという形が見えていなかった燈でしたが、今ならあの時わからなかった想いがわかる。何故なら燈はここまでのストーリーで自分の気持ちに向き合い、バンドがやりたいという気持ちを自覚し、そして自分と同じではないかもしれないけれど共に歩んでくれると言ったバンドの仲間たちと向き合い気持ちが少しはわかるようになっている。

バンドメンバーの中にある自分と手を引いてくれた祥子を歌った『春日影』の歌詞にある「今ならばわかる気がする」「あの日泣けなかったぼく」が新しいメンバーで歌うことで改めて刺さるの、いいですよね。泣く、CRY(CHIC)ですからね。

他人の気持ちって難しい!長崎そよの想い

8話、ライブでキレたそよに燈たちは連絡が取れなくなってしまいました。

「バンドやる?」と練習をしたがる楽奈とそよが来るまで練習を待つか悩むシーンで燈はそよと楽奈どちらを優先するか選ぶことができません。
燈、ここまで基本的に1vs1の対話しかしてきていませんからね、バンドメンバー同士が相反している状態に対応できない。

え?どっち?

このシーン、6話でライブ前に立希が逃げ出したときにも類似の要素があって、立希が逃げたシーンで燈は愛音と共に立希を追うかスマホを眺めて悩ましげにしているそよに声をかけるか一瞬迷っているんですよね。「みんながいないとだめだよね」です。あそこでそよのフォローができなかったからこの状況になっているのかもしれないという引け目があるのではないでしょうか。燈、他人のない世界で生きてきたからいつでも自分の行動に責任があると思っている……。

とはいえ今までの他人の気持ちを勝手に誤解して悩んでいた今までとは違い、そよは明確に春日影やったことに怒っていますし、楽奈は直接燈につまんねー女と言って帰っています。

そして9話でそよの本心を立希を通じて聞いたときもそよと愛音たちのどちらを選ぶかが燈には決断できません。

そよがいいの、こいつらがいいの。どっち?

燈はコレクション全て拾う人間ですからね。他人に興味をもてるようになり他人の気持ちを理解できるようになってしまった結果どちらかを選びどちらかを捨てることができない。子供の頃からのノートもずっと捨てないですから。

そよのCRYCHICが忘れられない気持ちもわかる、立希の今のバンドに対する気持ちもわかる、楽奈のバンドやりたい気持ちもわかる、愛音の責任を感じる気持ちもわかる。他人の気持ちがわからなかった頃の燈はもうそこにはいないわけです。でももうそれがごちゃごちゃになってしまいそれをうまく自分の言葉にすることもメンバーにどう手を伸ばしたらいいかもわからない。

その結果が「もうやだ バンドなんて」「人間になれなかった」なんですよね。

自分の気持ちを歌にしよう!詩を超えた絆

10話、メンバーたちの想いに呑まれどうしようもなくなってしまった燈でしたが、初華の「歌って伝わる気がする」という言葉を受け、また歌うことを決意します。

歌って伝わる気がするよね、上手に言えないことも 言葉以上に、気持ちが

そして燈は1人でライブに挑みます。ここかなり唐突に見えるんですが実はちゃんと伏線があるんですよね。1話冒頭にもある祥子のセリフ「全員揃わないとできないなんてルールありませんわ」です。燈は捨てられない人間だから、ちゃんと言われた言葉全部大切にして覚えてるんですよね。それが燈を傷つけた言葉だとしても。この回収は芸術点が高い……。

実際結果としてライブやったら燈の想いが伝わって楽奈からみんな帰ってきましたからね、音楽賛歌……。

これ、みんなが戻ってきた理由って立希の言う「燈の歌を聴いたらわかった」ではあるんですけど直接燈の歌が連れてきたのって実は楽奈だけなんですよね。その上で楽奈が立希を連れてきて、歌を聴いた睦が燈にそよのことを伝え、それを聞いた燈がそれを愛音に伝え、愛音がそよを連れてくる。

この直接的でない他人の経由が示すものって単純な言葉では届かない距離なんですよ。『詩超絆』の歌詞「世界はずっと ずっとずっと遠く僕には届かない場所にあるんだ」です。まさに詩を超えた絆に相応しい経由だとは思いませんか?世界・他人に触れることができなかった少女がつかんだ絆が世界と彼女を繋いでくれたんだよな……。

傷つけたくなんてなかった こんなふうに離れたくなかった

5人の矛盾する想いでぐちゃぐちゃになり言葉にできなくなってしまった燈の想いが形になった曲として5人の即興ほどふさわしいものはないでしょう。

燈の涙も良かったですね。涙するほど大事なものが欲しい、卒業式でかつて語った想いであり、かつてCRYCHICに対して抱えていたもので、そして今は5人が抱えている想いです。楽奈は泣いてないけど……。

一緒に泣きたいよ 一緒に笑いたいよ ぼくらの道が平行線だとしても

後日談:一生バンドやるぞ!!!

さて11話以降はそんなに語りたいことがないので軽くまとめていきましょう。

最初は燈1人の想いで始まったバンドで、次第に5人がバラバラな想いのままのバンドになって、しかし最後に燈の抱いていた「一生バンドやる」という想いを5人全員が改めて自分なりのものとして受け入れて、それをちゃんと各キャラが抱く想いとして燈が理解しているのは良かったですね。

もう 何があっても離さない 一生離さないから!

自分だけの好きも想いもかつて苦手だった燈の歌詞もなんか知らんけどバンドでちゃんと話し合ってぶつかり合った結果バンドでうまいこと共有できるようになってるんですよね、打ち上げで楽奈が好きだった抹茶パフェを全員喰ってるみたいに……。

最初は「他人とのズレ」に悩みつつも全然他人と向き合っていなかった燈でしたが、最終的に他人の気持ちに向き合ってズレててもなんかいい感じにわかってくれるなみたいな感じになったのいい話ですね。自分の悩みも想いも過去もバンドも全部捨てずに離さず一生大事にしていけ!燈はもう人間だからな!

おわりに

いや~記事書くの面白かったですね。
私が感じている高松燈というキャラクターの描写の面白さを少しでも感じてくれれば嬉しいです。
こういう何考えてるかよくわからない女の子のことを好き勝手あーだこーだ言ってる時がオタクやってて一番楽しいんだよな……。

今回は燈の話だけしましたが、MyGOのキャラっておもしれ~女の子ばかりなので燈以外のキャラもこのくらいの密度の話はできちゃいますね。一生記事書ける!書く予定はないですが……。

『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』、楽しいアニメをありがとう……。Ave mujicaも楽しみにしています。そんな感じで~。


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