牛乃ジャズ探訪(8) Miguel Zenón
高知の音楽家・ギタリストの牛心。です、ところで楽器弾いてますか?
音楽を聴く人のうち、楽器弾きとそうでないのとでは随分注目ポイントが違います。今回紹介するミゲル・ゼノンの音楽はリスニング専門のジャズファンには敬遠したくなるような難解さがあります。
ですが、楽器をやる人にとっては相当にエキサイティングだと思います。
ミゲル・ゼノン(A.Sax)
ミゲル・ゼノンは1976年プエルト・リコ生まれのアルト・サックス奏者です。
プエルト・リコからバークリー音楽院に渡り、その後マンハッタン大に移りながら様々なセッションに参加しながら、バンガード・ジャズ・オーケストラやミンガス・ビッグバンドなどに出演していきます。
ちなみにバークリー時代の同期ミュージシャンはアントニオ・サンチェス、アビシャイ・コーエンなど。師事していたのはダニロ・ペレスで、彼に大きな影響を与えたようです。
ジャズ・アルトサックス奏者としては世界的に有名なプレイヤーなのですが、残念ながら僕の周りで彼を知っている人とは滅多に会いません。
プレイスタイルとしては、雑にいうと吹きまくり系なんですが、音の粒そろいやサウンドの美麗さ、フレーズの整合性、そして何より卓越したタイム感。どれを取っても現代の最高峰のテクニックです。
優しくメロディアスなバラードも、高速で疾走する曲もミゲル・ゼノン流の美意識が失われることはありません。トッププレイヤーによる1音1音をしっかり把握できている感じを是非堪能してもらいたい。
変拍子と物語
そして僕が最も推したいのはこの「Identites Are Changeable」です。プログレバンドみたいな、1枚全部で表現されるコンセプト・アルバムです。
タイトルは「アイデンティティは変えられる」という、なんとも哲学的なものです。
プエルト・リコ出身のミゲル・ゼノンもジャズに惹かれて渡米したのですが、ボストンやニューヨークには同じように、様々な国からジャズの本場を目指してきたミュージシャンに溢れています。
国が違えば文化も違うし、言葉も英語を使いながらそれぞれの訛り、音楽も国ごとに社会的優先度や教育深度が違っています。
ジャズという音楽は、そういう文化や境遇が違う人たちを容易に受け入れるフォーマットです。
このアルバムはモノローグが挿入される、ジャズアルバムとしては少し毛色が違うコンセプチュアルな作品になっています。何を喋っているのかというと、自分の出身や、どうやってアメリカに来たかなどです。この語りが作品の補助線として効いてきます。
全体として変拍子の曲がほとんどです。しかも単純に「この曲は7拍子」とかではなく、曲中のモチーフでも拍子がどんどん変化していきます。
この変拍子は奇異を衒うのではなくて、物語になっています。
例えば「My Home」という曲では5拍子のモチーフが使われています。「First Language」では5拍子(10拍子に聞こえるかもしれないけど5拍子)と7拍子が同時に演奏されます。
この動画が分かりやすいですね、分かりやすくはないか(笑)
アイデアとして、この手のポリリズムが珍しい訳ではありません。特にジャズをやるドラマーは必ずといっていいほどポリリズムについて考察しているので、多くのジャズアルバムでは瞬間的にはこういった手法が登場します。
この5拍子と7拍子のポリリズムは超絶難しいです。
話を本線に戻します。
My Home(我が家)というタイトルの曲が5拍子で、First Language(母国語)というタイトルの曲で7拍子と5拍子が絡み合うのですが、これは本人のインタビューなども鑑みるに『それぞれのモチーフが、それぞれの文化を表している』のであり、母国語について考えさせられる曲にはまさに我が家のモチーフ(5拍子)が使われている、ということです。
このような音楽的アプローチが、音楽を飛び出した意味を持つことは、抽象的に、あるいは感情的には認められながらも、技術的に実在しています。
この物語は「Through Culture and Tradition」という曲で全てのモチーフが融合するこにより完結します。そして最後に全員が同じキメをすることで、全ての文化はこのように同じ歩調で歩むことができるんだという明るい希望をイメージさせます。
このコンセプトに気がついた時、僕は一人で号泣していました。
ぜひ1曲目から最後まで通して聴いてもらいたいです。
テクニックはスキルツリー型
スキルツリーってご存知ですか?RPGとかでレベルアップする時に登場するこういうやつですが。
(これはスカイリムのスキルツリーです)
僕は音楽のテクニックってスキルツリー型だと思っていて、例えばハーモニーの勉強をするならまず「ドレミファソラシ」と「ダイアトニック」について分かった上で、次は「コード」を勉強してもいいし、「モード」を勉強してもいいし、自分の好みのパークスを開いていくイメージです。そのうち音楽スキルツリーを作ってみようと思ってます。
で、リズムについて言えば、今回紹介したようなポリリズムはツリーの頂上に近いところにあるテクニックです。
そこに至るには、「リズムの基礎知識」「メトロノームの使い方」「読譜力」「3拍子」「5拍子」「7拍子」「素数拍子」「ポリリズム4&3」「ポリリズム素数拍子&偶数拍子」「ポリリズム素数拍子&素数拍子」という感じのパークスを順番に開いていかなきゃいけないと思うんですね。
いきなりポリリズムばかり練習しても「なんじゃこれ!むちゃくちゃ難しいやないかい!」ってなると思うんですが、リズムの基本とメトロノームの使い方を知り、適切な順番でリズムトレーニングすれば、いずれは到達できます。
この「いずれは到達できる」というのが抽象的で、ビギナーを不安にさせます。
レッスンや音楽学校へ行って、すでに出来ている人を間近に見ることが大事なんですね。多くのジャズ・プレイヤーがそういったレッスンを受けているのも、それなりに理由があるということです。
ミゲル・ゼノンの作品が凄いのは、こういうスキルツリーの頂点にあるようなテクニックを惜しみなく使い、それが個人ではなくアンサンブル全体で実現しているという点です。
SFJAZZ Collectiveのスリラーですが、この曲自体はポップですが、ところどころにスリリング(スリラーだけに!)なキメやポリリズミックなアプローチが登場します。
難しいだけじゃなくて、ちゃんとかっこいい。なんだこのシンセのソロ、しびれる。
練習の効率化
僕もかれこれ10年以上ポリリズムを利用したリズムトレーニングをずっと続けているんですが、それにしてもミゲル・ゼノンのような端正なリズム感は中々難しいです。でもどうして難しかはフォーカスできていて、最近はちょっとだけ近づけたかな?と感じています。リズム感、積み重ねが大事ですね。
でも、誰だって最初はビギナーですからね。ちょっとの手ほどきで突然タイム感がクリアになったりする生徒さんもいますから、やっぱり知識とか技術論って大事なんだなって思います。
練習時間って無限にはとれないじゃないですか。誰だってある一定の時間を練習に費やすのですが、時間が多いだけじゃなく効率のいい練習をやらないと、やってる人とそうでない人は相当の差がついてしまいます。複利の法則ですね。
なので、メトロノーム練習にしてもちょっとだけ難しい練習を続けていけば、単純な基礎練もチャレンジングなものになって、その先に広がる世界に手を伸ばせるようになります。
まぁその難易度やどの順番でやったらいいのかは、それなりに知識が必要だったりするので、「リズム感悪いんだよなぁ」と諦めている人は早めにお近くの音楽教室かネット検索するなりしたらいいんじゃないですかね。
もちろん僕もそういう相談を受け付けています(PR)
とにかくミゲル・ゼノン、かっこいいので好きになってもらえたら嬉しいです。
牛心。
高知在住の音楽家・ギタリスト。高知市や姫路市で『お勉強エンターテイメント あらまし』を開催し、知識面で演奏者をサポートできる企画を続けている。プレイヤーとしてはまぁまぁだと自負しているが最近そうも言ってられないポジションになり、意識改革を迫られている。