背筋をのばしてみる。
夏は、何も上手くいかない暑さだった。
「いっしょに龍に会いに行こうよ」と話したのは、同い年の親友と。我々は「年女」だ。
東京駅から新幹線と電車で奈良へ。目指すのは龍穴神社という、有名らしいパワースポットだ。私たちはスピリチュアル好きというわけでもないので、友達とのネタ要素がなければ行かないだろう。なかなか奥まった場所にある…。
ビジネスホテルに一泊し、翌朝1番のバスで神社に着いた。
苔むした鳥居、その上で芽吹いて日を浴びている樫の木の苗、森の静かな息遣い…
そこから山道を登って、やっと訪れることができる「龍が住むという祠」も素敵だったけれど、それらのなによりも一番「緑の濃さ」に圧倒される時間を過ごした。
それでもう大満足だったが、少し歩けば着く室生寺へも行ってみる。
比較的、気温の低い山の中と思うが、とかく暑い日で…石段ひとつ登れば汗ひとつ落ちるような有り様。他に参拝している人もまばら、というか殆ど見なかった。
やっと着いた本堂には、如意輪観音菩薩が座っていた。
私は信心深いところが全くないので、宗教も霊などなども信じていない(信じてないのに変なことが起きたりはする、が…)むしろ積極的に神を否定する立場にある。
それでもやはり、この菩薩を気の遠くなる時間のあいだ、ずっと守りつづけてきた人々に芯から感謝が湧き上がって「こんなに綺麗なものを残してくれて、ありがとう…」と手を合わせていたら、お寺の方がそっと来て成り立ちを説明してくれた。それもありがたいことだ…と思って聞いていた。
きっと、参拝者みんなにそうしてくれるのだと思うが、
「よくぞ、いらっしゃいました」
…と、その人が最後に添えた静かな一言に、ただそれだけに、不思議と「いままでの、いろいろ」が全て報われるような気持ちがした。
けっこう、色んなことがある。たかが30年そこそこ生きた程度でも、誰にも説明できないような苦労だって経験した。運良く生きてきたと思うけど、無傷で済んだとは言えない。
「もう、少しも動きたくない」と座り込みたい時もある。まだ乗り越えてないのかも、しれない。
「ああでも、頑張りたい…」と思った。
見ず知らずの僧の言葉だ、でも菩薩の面差しに重なり響いたせいなのかもしれない。
私も誰かにつなぎたい。うつくしい「仕事」を。
その時間は、何だか幻のようにいまでも思い出すけど、それから東京にもどって、やはりご利益も奇跡も何もない日常を、うつむきながら過ごしている。
室生寺のそばでは養蜂が盛んなのだろうか。寺のふもとの土産物屋さんで素敵な蜂蜜を売っていたので、1瓶だけ買って帰った。
あーダメだ、と思った時に、台所に立つ。
その琥珀色をひと匙すくって舐めてみる。
少し背筋をのばしてみる。
よくぞ、いらっしゃいました
今日もがんばっている。