
SIerとは何なのか
はじめに
主語デカタイトルですが、某SNSのように煽る意図はありません。
SIerとは何なのか、Twitterでも散々巻き起こされた議論ではあります。正直なところ、SIerの中から見ても相当幅が広いことばであり、SIerの業態は多様化しています。
そのような中で、一概に"SIerとはこうである"とシンプルに定義づけることは難しいと考えられます。少し大袈裟に表現すると、"社会人とはこうである"というようなもので、表現できたとしても抽象的でなんだかよくわからない、白湯のように薄いものになってしまいます。
そこで、この記事ではSIerの定義を決めません。
一方で、仕事内容やキャリアがイメージできる状態になることを目的に、具体的なSIerの内容について触れたいと思います。
SIerについてあまりよくわからないという方は、この記事で理解を深めていただけると幸いです。
既にSIerについて十分理解されている諸兄姉は、誤りなどにお気づきになられましたらご指摘ください。

SIerの概要
早速概要を見ていきます。
SIerとは何なのか、色々調べると、以下のような説明がありました。
SIer(エスアイヤー) とは、「システムインテグレーター(System Integrator)」の略称で、企業や組織のITシステムの設計、開発、運用、保守を請け負う会社や事業者を指します。日本において特に広く使われる用語です。
旧来的に、SIerは事業会社のIT部門の仕事を請け負う事業者と定義されていました。IT以外の部門と接点を持つSIerも増えてきましたが、簡単に言ってしまうとITの仕事全般を担う企業ということですね。
歴史としては、1960年頃より日本でシステム開発が行われはじめた中、情報システム部門を子会社かする動きが出てきました。
また、情報システム関連業務は外部委託される流れが拡大していきました。
こういった情勢の中、SIerが生まれたとされています。
特に日本では事業会社がパッケージソフトウェアを導入する場合でも、企業の業務プロセスに合わせてカスタマイズを行うことが多く、ITベンダーに受託開発を発注するケースが多くなりました。ここにもSIerが受託開発を行うニーズがあったわけです。
こういった背景もあり、多くの日本のIT企業は事業会社のITを支える存在として不可欠となったわけです。
今ではシステムの開発構築から運用保守まで、全体を支える存在になっています。
ITの中のSIerについて見てみても、まだまだ幅が広すぎて解釈に相違がでるのも頷けますね。
この広い海のような定義を、分解して理解していきましょう。

SIerの種類
色々な種類分けはありますが、メーカー系/ユーザー系/独立系に分けるのが一般的です。ここに外資系/コンサル系を含める場合もありますが、複雑化して分かりづらいためここでは含めません。
ユーザー系SIerとは、通信、金融、商社など各種業界のシステム系列企業を指します。大手企業のシステム部門が独立したケースが多いです。親会社の仕事があり安定していますが、営業力が高くない場合もあります。
NS Solutions(日本製鉄)、CTC(伊藤忠商事)、電通総研(電通)などがあります。
メーカー系SIerとは、PC、サーバやネットワーク機器などのハードウェアメーカーを親会社に持つシステム系子会社です。親会社の製品を強みとして押し出せる一方で、それ以外の製品を売り出しにくいという面もあります。
日立製作所、富士通、NECなどがあります。
独立系SIerとは、親会社を持たず独立して経営を行っている企業です。ハードウェアやサービスを縛られることなく提供できる強みがありますが、頼れる後ろ盾がないという点もあります。
TIS、BIPROGY、都築電気などがあります。
それぞれの性質が大きく異なることがわかりますね。仕事のスタイルも特徴が別れています。
タイプごとの成り立ちを知ることで、企業の性質を分けて考えることができますね。

SIerの規模による違い
SIerの属する情報サービス業は、業界規模として国内で約18兆円、3,000以上企業があると言われています。
公式にSIerの定義がされているわけではないので尺度により異なりますが、かなり大きな市場です。
情報通信基本調査結果 2020年度実績(総務省情報流通行政局)
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/joho/result-2/r03/2021kakugaiyo.pdf
企業はそれぞれ売上高規模で性質が分かれています。
大手と呼ばれる会社は、システム構築から運用まで、また様々なインダストリ向けにサービスを行っています。
一方で小規模な会社は、特定の分野や産業に特化し、差別化を図っているところが多いです。

同じSIerとして語る場合、規模によってその内容に大きな違いがあると認識しておく必要があります。
多重請負構造
SIerと共に語られる内容のひとつに、多重請負構造があります。
事業会社のシステム開発をSIerが請け負う場合、その配下に2次請け、3次請けと多重での下請構造ができる場合があります。
総務省の情報通信白書にも記述があります。


特に大規模システム開発プロジェクトの場合に見られます。
1次請けSIerだけで案件を請けられれば良いのですが、多くの場合はリソースが不足するために2次請けへ委託します。
2次請けもリソースが十分にない場合、3次請けと、多重構造が発生します。
業務の分担として、1次請けはプロジェクトマネジメントに責任を持ち、2次請け以降は個別の機能や切り出された仕事の完成に責任を持ちます。
課題として、階層が深くなりすぎることで顧客との距離が遠く要件が見えづらくなり、誤った実装がされてしまうこと、コミュニケーションコストが多くかかることなどがあります。
客先常駐・準委任契約
SIerと共に語られるのが、客先常駐・準委任契約というビジネススタイルです。
客先常駐とは、IT業界を中心に用いられる働き方の一つで、システムエンジニア(SE)やプログラマーが、自分の所属する会社(派遣元やSIer)ではなく、顧客企業のオフィスに常駐して業務を行う形態を指します。これは、日本のIT業界で特に広く採用されている働き方です。
顧客IT事業のアウトソースとして、顧客先のオフィスに勤務し準委任契約または労働者派遣契約で業務を行うことが多いです。
顧客企業からすると、一時的なプロジェクトのリソース確保を柔軟に行いつつ、同じ場所で自社の社員に近い形で仕事を進められるメリットがあります。また運用業務の場合でも、目の届く場所で業務に携わってもらうことで安心感を得ることができます。
身近でやり取りができるのが便利ですね。ただし直接指揮命令をしてしまうと違法になってしまうので注意が必要です。
SIerの観点では、客先常駐で準委任契約を結ぶことで、請負よりリスク少なく売上を立てることができます。
また、顧客との深いリレーション構築に役立ち、アップセルやクロスセルなどのフックとすることができます。
要するに、顧客と直接やり取りを重ねることで、売り込みをしやすくしているわけです。
常駐するメンバーのキャリア面においては色々な論点がありますが、別記事で整理することとします。
長らく日本では客先常駐のスタイルがSIerの王道でした。
今後は事業会社の内製化の動きもあり縮小するかもしれませんが、後述する"SIerの役割と責任"を事業会社で保持することが難しい場合、ニーズは一定程度続くと思われます。
SIer vs 自社サービスという誤った対比
SIerは自社サービスを持っておらず客先常駐が事業となるという解像度の低い誤った理解が、時折SNSでは見られます。
これは、SIerの事業は客先常駐による請負業務が主流であったこと、また中小SIerの事業はほとんどが客先常駐、所謂SES(System Engineering Service/システムエンジニアリングサービス)の形態をとっているところが多いため、そのように捉えられていると考えられます。
また、SIerの業態として、以下のような理由もあると想定されます。
情報の機密性により、ITエンジニアリングの組織・プロセス・活動を広く社外に公開していない。
自社のプロダクト自体がビジネス全体の規模から見てコアとならない。
提供サービスにプラットフォームやSaaSもあるが、支援サービスが大半を占める場合が多い(DX支援サービス等)
事実、自社サービスを保有するSIerは多くあります。
例えば金融プラットフォームであればNTTDATAのCAFISはかなり有名ですね。
特に大手SIerは概ねなにかしらのサービスを提供しています。
事業会社のビジネスの裏側で動いている場合が多いので一般的に見えづらいですが、SIerを客先常駐と位置付け自社サービスと対比する構図は、理解が薄いと言わざるを得ません。
SIer = SI事業ではなく、SIerはさまざまな事業を展開していることがあります。企業形態と事業を分けて考えると理解しやすいでしょう。

SIerの役割と責任
SIerの役割は様々ですが、主たるクライアントである事業会社にとってSIerは以下の役割があると考えています。
ITにおけるリスクテイカー
リソース増減の緩衝材
IT専門性の活用
1. ITにおける引き受け役
これはいわゆる"ケツ持ち"で、特に大手SIerが担うことが多いです。
例えば事業会社が内製でシステムを構築した場合、専門性の不足などでトラブルが起こったとします。或いは、事業会社がフリーランスを雇ったものの、成果物が完成しないとします。
そのような場合にSIerに発注を行なっていれば、事業会社はリスクをSIerへ転嫁することができます。
請負契約の場合は、受注者は仕事の完成に対して義務を負います。準委任契約には、善管注意義務が生じます。
元請けSIerは、下請けの仕事に問題がある場合は自分たちでケアします。
建築業界の場合、仕事が完成しない場合に備えて専用の保険があったり他の会社を保証人のように立てたりしますが、IT業界にはありません。
IT企業の場合は元請けSIerがなんとかする、そこに価値があります。
反面、時には炎上プロジェクトやデスマーチが起こってしまう原因もここにあります。
SIerは逃げずに仕事の完了まで責任を負う必要があります。
一方でよっぽどの場合には裁判になっているケースもあります。
日本IBMと野村HDのシステム開発では、発注側にも責任が生じるという判例が出ています。
また、ライセンスをITサービス企業から購入する場合も、SIerのリセラーを間に挟むことで、値上げ対応にもワンクッション置くことができます。
いずれにしても、事業会社はIT関連の様々なリスクをIT企業に転嫁できます。都合よく利用できるわけです。
SIerからするとリスクを引き受けることになるわけですが、これをプロジェクトマネジメントや開発手法の標準化、下請けの選定・品質コントロールなどでマネジメントし、リスク低減を行います。これにより仕事を効果的に得ることができているというわけです。
ケツ持ちに責任を持つその性質から、自然とプロジェクトマネジメントに対する重要度が高くなります。
仕事を最後までQCDを満たして実行する必要があり、失敗すると企業が責任を取る必要があるためです。
"SIerでは技術力がつかない"と解像度の低い話も時折SNSで耳にします。
SIerで必要になるのは、コーディングができる技術力ではなく、前述したようなプロジェクトを完遂できる技術力です。
全体を俯瞰してプロジェクトと技術の勘所を抑え、目的を達成する必要があります。
コーディングだけが役割と責任であれば、手を動かす技術力が最優先になりますが、より広範でハイレベルな部分に役割と責任があります。
そういうわけで、プロジェクトマネジメントに重点が置かれるのです。
2. リソース増減の緩衝材
これは言葉のまま、プロジェクトなどで一時的にリソースが必要な場合の対応策になります。
事業会社がシステム開発のために社員を雇用すると、プロジェクトが終わった場合に次のポジションを用意する必要があります。
一方で、SIerに発注すると契約を終了すれば良いだけなので手軽です。
リソースが変動する場合に都合よく利用できるわけです。
SIerの観点では契約終了になると他の現場に回せば良いだけで、似たような仕事、例えばクラウド環境構築などをたくさん抱えていれば、行き先は準備できるかもしれません。
一方で、タイミングや要員のスキルによりなかなか行き先が見つからない場合もあります。そのため、如何に契約要員を増やせるか、要員追加を狙うことが多くなります。
基本的には社員リソースの代替という目的なので、専門性よりはリソース面でのニーズということになります。業務の属人化などの課題もありますが、マンパワーという土俵での話になります。
SIerとして、まだまだこの部分で売上を立てている裾野は広いと考えられます。一方で、あまりリソース提供に重きを置きすぎると、事業会社の内製化に対応できず、事業がシュリンクする可能性があります。
3. IT専門性の活用
こちらはリソース増減とは対比的に、ITの専門性に対してのアウトソースです。SIerの提供すべきバリューはこちらですが、専門性の高い人材は引っ張りだこで不足しているため、リソース提供ほど充実はしていません。
事業会社としては、社内のIT部署でも保有できないITの専門性、例えばサイバーセキュリティのスペシャリストや、大規模クラウドリフトのプロジェクトマネジメントなどをアウトソースします。
ヘルプデスクや運用監視、SOC運用のような、機能単位でのアウトソースもあります。
客先常駐のよくある構造として、SIerで参画するチームの3名程度の専門性が高く、残りの10名程度は育成枠或いはマンパワー担当で構成され、客先常駐する場合があります。
当然専門性の高い要員の単価は高く、要員も多くありません。
そのため、少ない人数で価値を出せるようなポジションに充てられる場合が多くなります。
SIerとしては、専門性の属人化と標準化のコンフリクトに悩まされます。
高度な専門性は人に依存するため、人材が転職してしまうと価値提供が難しくなります。一方で高い専門性の領域は標準化できるものではなく、長期的・継続的に価値を提供することが難しくなります。
そこで実施するのが、人材育成と形式知化です。
継続的に採用活動を行い、育成をすることで専門性を持つ人材を生み出すことができます。
また、企業の形式知として専門性を残すことで、一定価値を組織に残すことができます。企業のプロジェクト管理基準や、失敗教訓集、提案書テンプレートなどがあります。
IT専門性に対して対価が払われるわけなので、本来的なITの専門家としての価値といえます。

SIerの部署
さて、SIerにはどのような機能があり、部署となっているのでしょうか。
わかりやすかったため、TISの組織図を参考に提示します。
様々な企業の組織図を見てみましたが、メーカー系は独自の部署を持つ会社が多く、またあまりに規模の大きい企業は複雑な組織図でした。
なお私の所属している企業ではないため、あくまで一般的なイメージとして参考程度に見ていただければと思います。

*2024/10/1時点の経営組織図
インダストリごとのアカウント部門
SIerの主な事業でもある顧客向けサービスのフロントとなる部門が、アカウント部門です。
主に準委任契約などを通してシステム開発、運用、保守などのサービスを提供します。
多くのSIerではインダストリごとに部門を分けています。この図では、金融事業本部、産業公共事業本部があります。
他にも、官公庁、流通、製造、通信、小売、車載などで分ける場合もあります。
注力する業界であったり、取引規模・顧客数の大きい業界の場合に切り出すことがあります。また、官公庁や金融など、専門性が求められる業界の場合も切り出されることがあります。
顧客と対面し、時には客先常駐を行い、売上を立てる部門です。SIerのメインの稼ぎ頭になります。
ソリューション提供部門
アカウント部門と対比される部門として、ソリューションに特化した部門がよく見受けられます。
アカウント部門がソリューションとして顧客に提案できるサービスを提供しています。この図では、ERPやIT基盤がそれにあたるかもしれません。
他にも企業によっては、運用監視のマネージドサービスを提供する機能や、サイバーセキュリティのコンサルティング機能、クラウドサービスなど、アカウント部門が使える商材を持っています。
キラキラした商材ではなく、如何にアカウント部門が顧客に売れるサービスを作り提供できるかがポイントになります。
サービスとして売れれば客先常駐より圧倒的な利益を生み出す可能性を秘めていますが、売れなければ大赤字となるため、難しい部門でもあります。
グローバル事業
海外拠点を持つSIerは、グローバル事業を個別の部門として持っている場合があります。海外拠点の主管部署となっていたり、顧客の海外事業の支援を行う場合もあります。
企業によって機能は様々ですが、個別の部門として存在していることが多くあります。
品質管理
SIerにおける品質管理部門では、主にプロジェクト運営の支援であったり、社内での管理・監査機能を持ち、PMO的な役割を果たします。
アカウント部門がそれぞれプロジェクトを遂行した場合、部署単位で品質やリスク管理の実施度合いにばらつきが発生します。
SIerが会社として品質を担保するため、品質管理の部門が存在し、全社横断的に支援する場合があります。
プロジェクトマネジメント基準策定や展開、一定の基準に当てはまるプロジェクトのチェックを行い、統一的な品質を保持します。
属人化しがちな仕事を会社規模でまとめる、重要な機能です。
間接部門
経営企画、事業推進、人事、総務、法務、財務、経理、購買などは、間接部門に属することが多いです。
他部門で必要な機能を一手に引き受け対応しています。他の部門がそれぞれの仕事に集中できるのは、間違いなく間接部門のおかげです。

まとめ
さて、かなり広範な業界を可能な限り具体的に分解して説明してみました。
企業によりこれまでの内容に当てはまらないケースはありますが、ベーシックな内容をもとに、"SIerってなんだろう?"と考えている方の理解を深めることができたのではと思います。
SIerが何なのかわからない、或いは誤った理解をしていた、そんな課題を解消することができれば幸いです。
他にも、SIerにおける役職と役割、SI業界の課題と将来など色々書きたいテーマはありますが、既に8,000文字を超えるボリュームのある記事になってしまったので一旦筆を休めます。
記事に関するコメントや感想、ご指摘などはお気軽にご連絡ください。
*追記ネタ候補
SIerにおける技術力について
SI業界の課題や今後など
他課題についてなど