見出し画像

【短編小説】MESMERIZE

MESMERIZE

僕は今、とてもトイレに行きたい。

しかし、僕は今トイレには行けない。

僕は今、1枚のクッキーを口に咥えながら椅子に座っている。

僕の向かい側には、僕の彼女が椅子に座って、僕を見ている。

別に、そのままトイレに行けば良いと思うかもしれないが、それは出来ない。

食べ物を咥えながらトイレに行くのは不衛生だ。

では、そのクッキーを食べてしまえば良いのだが、それも出来ない。

このクッキーは彼女が作ってくれたクッキーだからだ。
作ってくれた気持ちは嬉しいが、僕の彼女はとても料理が下手だ。
咥えているだけでも、半年間掃除していない排水パイプの様な香りがする。

ならば、一旦クッキーを咥えるのをやめて、机に置けば良いのではないかという話になるが、それも出来ない。
僕は今、両手を骨折していて、手が包帯でガチガチに固定されているのだ。
自分で咥えられないから、彼女がクッキーを咥えさせてくれたんだ。

食べないという選択肢を選んだ場合、彼女は悲しむだろう。
それは出来ない。
何しろ、彼女のお父さんは”あっち”の人だ。
怖すぎる。

あぁ、こんな時に日本刀を持った人が部屋に入ってきて、このクッキーを斬ってくれたらなぁ。
いや、だめだ。
クッキー以外も斬られそうだ。

僕の咥えているクッキーを彼女が食べてくれたら良いのに。

その時にクッキーの欠片が地面に落ちる。

そこから芽が出て。

いずれ大きなクッキーの木がなる。

そうしたら僕はノーベルクッキー平和賞を受賞するんだ。

などということを考えている僕は。

今、とてもトイレに行きたい。

あとがき

この作品は私が学生時代に映像制作部で作った同名の映像作品の脚本を加筆修正して小説化したものだ。
映像だと10分位あったのだが、小説にすると結構短いなと思った。

タイトルのMESMERIZEはSYSTEM OF A DOWNの同名曲から着ている。単語の意味自体は「催眠術をかける」「魅惑する」という意味だが、この作品自体にそういった要素が強いわけではない。MESMERIZEというタイトルをつけたかっただけである。

どうぞよろしく。

いいなと思ったら応援しよう!

BECK
スキ、フォロー、チップすべて励みになります!