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YOASOBIの東京ドーム公演に行って思った事。

どうも。BECKです。

YOASOBIの東京ドーム公演(2024/11/9)に行ってきた。

東京ドームへ行ったのは人生初だ。

荷物検査とチケット確認を済ませてドーム内に入る。
私の席は一塁側二階席だったので、2Fに行って自分の席を探すも、見つからない。
スタッフの人に尋ねると、「二階席は四階です」と言われた。
「🤔」
日本語難しい過ぎる。

まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。

ライブが始まったが、別の記事(ライブという非現実感を楽しみきれない話。)でも書いたが、私はライブ中は拍手以外は一切しない。
この日もお地蔵さんモードで見ていた。

ライブ自体はいいセトリだったし、演出も凝っていて、満足している。

私の心に残っているというか、何か棘が刺さって引っかかっているような感覚がしたのが、Ayaseさんの MCだ。

YOASOBIを始めて5年間、楽しい事も辛い事もあった。ものすごい孤独感や、自分達の楽曲が意図していない伝わり方をして悲しい思いをしたこともある。でも5年間やってきて東京ドームの地に立てた。
と言った旨の話をしていた。

活動5年で東京ドームを埋めるというのはとてつもないことだ。
確かに、辛いことも多かっただろう。
有名になればなるほど、言われもない・真実ではない噂などを広められてしまうこともあるだろう。
でも、それを乗り越えて東京ドームまで行きついたのだ。

そこで、ふと思った。
”自分はこの5年間で何かを成しただろうか”と。

私はこの5年間で何も成していない。
むしろ、この5年間のことを振り返っても、抑うつで3か月休職したことしか覚えていない。
何も成していないどころか、ぼーっと生きていたのだ。
もちろん本当に何もしていないわけではない。
いくつか資格は取ったし、給料も少しだけ上がった。
大学時代の部活動のメンバーに連絡を取って、料理店を貸し切って同窓会も主催した。
しかし、「だから何だ」という虚しさを感じるのだ。
自分のやっていることが、誰かを幸せにでもしているのだろうか。
否。

当然、有名になることだけが「何かを成す」ということではない。
でも、とてつもなく大きな事を成している人を、目の当たりにして、自分のちっぽけさを感じてしまったのだ。

"あのステージから見る風景はどんなものなのだろう"
観客席からはYOASOBIやバンドメンバーは豆粒くらいにしか見えない。
自分なんて名実ともにちっぽけなのだ。

しかし、また、ふと思った。
「観客席から見たYOASOBIのメンバーが豆粒サイズなら、ステージから見る観客も豆粒サイズなのでは」と。
立場は違えど、見ている風景は一緒なのではないかと。

そう思った瞬間に、自分がちっぽけでも、別にいいのではとも思えた。

ちっぽけでもいい。

何かを成さなかった、過去を振り返ったところで過去は変えることが出来ない。

自分で納得のいく人生にしたかったら、今、自分が何歳だろうと、今からやるしかないのだ。
自分で決めて実行していく以外に選択肢はないのだ。

どんなにひどい目に合おうとも、悔しい思いをしようとも、やった結果失敗したとしても、やるほかないのだ。

そう思ったら、人生に失敗を恐れている時間など無いのだと感じた。

でもまた、圧倒的な何かを見たらへこむだろうけど。

そんなことを感じたライブだった。

どうぞよろしく。

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