アザラーが紋別に遠征して、憧れの「よう様」に謁見をしました
はじめに
遠征――それは、オタクのハートが燃える言葉です。
オタクが言うところの「遠征」とは、自分の生活圏を大きく離れて、推しに会いに行くことです。人類が月を目指したように、オタクは推しを追い求める生き物です。
推しに会いに行くために新幹線や飛行機に乗る瞬間、たまらなく心が踊ります。東京駅が近づいてきた時のワクワク感、ライブ会場が見えてきた時のドキドキ感、そして憧れの推しに会えた瞬間。このトキメキに、自分は生かされているって感じます。
さて、私はアザラシをこよなく愛している「アザラー」という存在です。
アザラーって何なのだ? という方は、前に書きました、こちらのnoteを読んでいただければ幸いです。
今回は、アザラーである私が、一度は会ってみたかった憧れの推しに謁見したという話になります。
目的地は北海道紋別市。お手元のスマートフォンで検索していただくと早いのですが、位置関係を申し上げますと、紋別市は北海道の右上あたりにあります。言葉を選ばずに書くと、日本でもレベルの高い僻地です。札幌から車で向かうと、4時間半かかるような場所です。
ところが、その場所こそがアザラーにとっては聖地。
そうなんです、アザラーにとって遠征というのは、文字通りの「遠征」なんです。
アザラー、憧れの推し「よう様」に謁見する
茶柱よう様との遭遇
「とっかりセンター」――それは、北海道紋別市のオホーツク海に面した公園の中にある、アザラシの保護施設です。
最近、オランダにあるアザラシ幼稚園が話題になりましたよね? とっかりセンターも、ケガをしたり混獲されたりしたアザラシたちを保護する、いわば日本版アザラシ幼稚園のようなアザラ施設です。
ところで、みなさんも「よう様」のことはご存知と思います。
まだご存知でない方に説明すると、とっかりセンターお住まいのアザラシはみんな可愛いのですが、ひときわ輝くような可愛い子がいるのです。その子こそが、今回の主役である「ようちゃん」です。
アザラー界隈では、敬意を込めて「よう様」と呼ばれています。
知らんけど。
さて、こちらの「よう様」のファンや、よう様を推しにしているオタクは全世界に1億人いると言われていて、何を隠そう私もそのひとりです。
今回は、憧れの推しであるよう様に謁見するため、関西から紋別まで遠征してきたのです。
果たして、よう様に会うことはできるのでしょうか!?
きゃーーーーっ! よう様! よう様じゃないですか!
来ました、見ました、勝ちました!!! ありがとうございます!!!
ワモンアザラシって、横顔が美しいと思いませんか? その中でも、よう様はキリッとしているような印象を受けます。きゅるんとした可愛さというよりは「お美しい」という言葉が似合います。海遊館でいうと、ユキちゃんよりアラレちゃんみたいな感じです。
よう様は、深く潜って泳がれては、時々水面から顔を出して茶柱を披露されています。お顔に太陽の光が当たると、いっそう美しく見えますね。
平日ということもあって人間はほとんどおらず、少しのアザラーさんと飼育員さん、そして私しかいません。とっかりセンターには、風の音とプールの波の音だけが聞こえてくる、とても平和な時間が流れています。
よう様との時間を、このまま独り占めしてしまってもいいのでしょうか?
私は、憧れの推しに出会えた幸せを、静かに噛み締めていました。
スヤスヤよう様との遭遇
推しに出会えた嬉しさが一気に押し寄せてきたので、さすがの私も疲れてきました。最近建てられたような綺麗な休憩所があったので、そちらで休憩させてもらうことにしましょう。椅子に腰掛けていたところ、アンケート用紙が置いてあることに気が付きました。
このアンケート、アザラーとしては回答しておくべきでは……? だって、とっかりセンターって指定管理者制度で運営されてるし、意外とこういうアンケートって目を通していそうだし。知らんけど。
そう考えた私は、アンケート用紙に「入場料金200円っていくらなんでも安すぎないかですか?」と書きました。アザラーにとって200円というのは安すぎます。帰りにドカンとお土産を買いました。
アンケートの最後に「どんなグッズが欲しいですか?」という設問がありましたので、私は「タオルのグッズが欲しいです。野球場でよく見る、推しの名前がドカンと書いたタオルです」と書いていました。アザラー的説明をすると、GAOに売っている、ターボ・スカイ・ジャンボのタオルのことです。
ふと外を見ると――
よう様!!!!!
よう様が陸に上がってお休みになられてる!!!!!
慌てて外に出ました。アンケートは「タオル」までしか書けていません。
とっかりセンターの皆さま、ごめんなさい。
陸に上がられたよう様は、実に小さく見えます。よう様はワモンアザラシという、アザラシの仲間では世界最小です。
でも、よう様はコロンとしたサイズ感で、とびっきり可愛いのです。
わかってほしい、この気持ち。
あーーー! ウトウトするよう様、可愛すぎます! 添い寝させて!!!
その大きな瞳で見つめられると、私は思わずキュンとします。おヒゲが風に揺れるだけで、私の胸は幸せで満たされます。
目線をくれようものなら「きゃー!よう様ぁー!」と叫びたくなるのですが、よう様はアイドルではなくアザラシですので叫んではいけません。
よう様に謁見することができて、すべての疲れが吹き飛びました。関西から敦賀まで高速を飛ばし、フェリーに揺られて21時間かけて苫小牧に行き、稚内を経由して紋別まで車で走ってきた甲斐がありました。
ああ、とっかりセンターに来れて本当に良かった……!
もう思い残すことはありません。
できれば来世は水族館のアザラシでお願いします。
憧れの推しに出会えた時の幸せって、ジャンルも年齢も関係なく普遍的じゃないですか。オタクって推しに謁見できたら浄化されて、思い残すことはないと言って天に召されたり塵となって消えるじゃないですか。その気持ち、アザラーも一緒なんです。
その後、乾きソルくんに浮気していたところ、よう様はプールの中に帰られてしまいました。だって乾きソルくん、可愛かったんだもん……。
これが見たかった! よう様のハズバンダリートレーニング
そういえば、思い残すことがありました。それは、よう様のハズバンダリートレーニングです。
よう様の真価はこんなものではありません。アザラーの間では、よう様の「ひこうき」「ぎゅっ!」「ジャンプ」という技(?)がスーパーウルトラ大人気です。
こういった技は「ハズバンダリートレーニング」という健康チェックの時間に見ることができます。たとえば、飼育員さんがハンドサインを出すと、それに合わせてアザラシがゴロンと転んでお腹を見せます。飼育員さんは、アザラシのお腹をチェックして、最後はご褒美のお魚がもらえるという流れになります。動物も人間もお互いのストレスが少なくなる、賢いやり方なんですね。
ところが、肝心のトレーニングの時間が何時から始まるのか、これが分かりません。こればかりは祈るしかありません。
祈りながらよう様を見つめていると、飼育員さんがバケツを持ってプールサイドへとやってきました。もしや、と思うと飼育員さんはよう様を呼び始めたではありませんか。
信徒の祈りが通じました。
飼育員さんの呼び声に応えて、よう様が陸上にお見えになられました。
まずは、ハズバンダリートレーニングの一部始終をご覧あれ。
はい、最高。
もう思い残すことはないです。
来世はGAOのアザラシに生まれ変わります。
ということで、ここからはアザラーによる解説を交えながら見ていただければと思います。
まず見てほしいのが、よう様って「あーん」の口が小さいんですよ。
飼育員さんが言ってくるから、渋々口をあーんと開けたようにさえ見えます。ソロモンの指輪があれば、「私はそんな気分じゃない」って聞こえてきそうです。そう言いつつ、ちゃんと口をあーんってするよう様、偉すぎます。ホッケを貢ぎたい。
よう様の「ひこうき」は低空飛行です。
ユキちゃんの「あざら『し』」が成田発ニューヨーク行きだとすると、よう様の飛行機は成田発羽田行きです。高さはありませんが、姿勢の美しさは審査員全員一致の10点満点です。「よし」と言われた後、やれやれと言いたげな表情を浮かべているのもポイントが高いです。
一方で、よう様の「ぎゅっ!」は本気のぎゅーっです。
首をめいいっぱい伸ばしたかと思えば、今度は限界まで引っ込めています。どうして「ぎゅっ!」は本気(マジ)なんでしょうか。ワモンアザラシとして譲れないプライドがあるのか、はたまた「ぎゅっ!」ってする自分が一番可愛く見えると思っているのか。真実は、よう様しか知りません。
アザラーの間でも、よう様の「ジャンプ」は、とてつもなく高い人気を誇っています。見てください、この省エネジャンプ!
よく見ると頭からしっぽまでを順番に動かしているだけで、宙に浮いている部分はどこにもありません。それはジャンプとは言いません。コマ送りで確認したのですが、よう様はウネウネしているだけでした。
これは審議です。アザラー100人の審査員で審議をしましたが、全員一致で「可愛いから許す、むしろもっとちょうだい!」となりました。よう様、もっとちょうだい!!!!
そしてよう様、ジャンプ中はなぜか上目遣いになります。一生懸命ゆえの上目遣いなのでしょう。んー、すべてが可愛すぎます。
よう様のジャンプを見ていると「かわいい…!」という温かい気持ちが溢れ出てきます。それは、とっかりセンターを訪れた全世界1億人のアザラーさんたちも同じ気持ちなのです。
そうして溢れたアザラーさんたちの「かわいい」という気持ちは、とっかりセンター目の前の紋別港からオホーツク海に流れ出て、冬の北風に冷やされ、アムール川の冷たい水と混じって氷になります。これが、冬の紋別に流れ着く流氷の正体です。
そして、何よりも尊いのが、誰もいないとっかりセンターの空間に響く飼育員さんの声です。飼育員さんは、ようちゃんがハンドサインに応えるたびに「よし」「いいね~」「すごいね~」と声をかけています。
ようちゃんも、元はといえば野生環境にいたアザラシです。ワモンアザラシは、とても神経質な性格で環境の変化にも敏感です。ですので、人間とコミュニケーションを取るのも難しかったはずです。
しかし、ようちゃんは、飼育員さんの言う事をちゃんと聞いて、きちんと(面倒くさそうな顔で)飛行機やジャンプをしていました。雨の日も風の日も雪の日も、よう様と飼育員さんはコミュニケーションを取り続けたからこそ、現在の関係が築き上げられた、ということです。
尊い、尊すぎる。
胸に熱いものが込み上げてきます。
アザラー、勝手に感動して勝手に号泣する図。
最後は小さく「バイバイ」をして、よう様はそそくさと水中へお帰りになられました。仕事ができる女は定時退社。流石です。
さいごに
とっかりセンターは、よう様だけではありません。他にも個性豊かなアザラシたちに会い、自由気ままなエサの時間を味わい、さらにはアザラシにハンドサインを出して「ひこうき」をしてもらいました。
とっかりセンター全体のレポートも鋭意作成中です。お楽しみに!