桃色の空
帰り道、
ほとんど誰もいない公園に足を踏み入れてみたら
冒険みたいで、ちょっとだけ弾んだ気持ちになった
落ち葉を踏む音だけが静かに鳴った
向きを変えて違う道を行こうとしたら、じっと私を見ている者がいた
その時は私と、その白い野良猫だけが存在していた
猫に会うのは久しぶりのような気がした
ゆっくり数歩だけ近づいてみたら、猫はぴゅーっと駐車場の方へ逃げてしまった
休んでいたかもしれないのに、悪いことしちゃったかなあ、
と思って駐車場の方を覗いてみたら、もう猫は何処にもいなかった
猫が走っていった先に、秘密の扉があるかもしれなかった
猫の恩返しみたいに、違う世界に連れて行ってもらうことができる
でも、まだ恩返しされることをしていなかった
猫を諦めて歩いていたら、並ぶ一軒家の上にひとつだけ浮かんでいる雲があって
まるで写真を切り取ったみたいに存在していた
住宅街の隙間から見える空は、水色とオレンジ色が混ざっていた
白くて小さい三日月も浮かんでいた
黒い鳥が何羽も飛んでいくのが見えた
開けた場所に着いたとき、想像していたよりも空が綺麗だった
小走りに先に進んでみたら、もっと凄い空があった
凄く強烈なオレンジに、淡い水色と薄紫色が重なっていた
浮かんでいた灰色の雲の端っこは、ピンクの色鉛筆で描いたみたいに
まるで絵画のように、
これは、
桃色の空だ
真っ先にそう思った
美術館で目にしたことがある
モネ達の絵をゴッホがそう表現した桃色の空、
景色だけに圧倒されること
今は難しいかもしれないと思っていた
心の色んな声が邪魔をしそうだから
だから今、景色に感動しているということが嬉しかった
車道にはびゅんびゅん車が通っていた
散歩をしているおじいさん
倉庫のようなところで談笑している大人達
私は桃色の空にときめいて、小走りで車道の向かい側まで、
道行く人は誰もいない、
私と桃色の空だけだった、
何度も写真や動画を撮ったりしてみたけど、
この目に映っているものではなかった
空は数分の間にも、どんどん色を変えていく
私の気持ちもそうだった、
空からしても、いっときの姿なのかもしれないと思った、
それでもとても良かった
ゴッホじゃないからキャンバスを広げられずに
何度も空を振り返りながら家に帰った
沢山撮った写真を見返してみたら、やっぱりどれも違った、
束の間にみたあの空は、幻だったのではないかと思ってしまう
空が数分の間にも色を変えていくこと
もう二度と同じものは現れないこと、
そういうことは、いつだって不安にさせる
永遠が存在しないこと、
自然も、人間も、あの猫も。
それこそが、目で見たものや言われたことを鮮明に正しく記録することに、
強迫めいてしまう理由だった
忘れないように、忘れないように、
いつでも戻って来られるように、
だけど、心の中にあれば、いつでも戻って来られると信じたい、
少し元気がなかった、
結局死んだらそこで終わりなのかもしれないと思ったら、
急に心細くなって、
今の悲しみや怒りも何の意味がないと、怒ったり泣いたりした、
この先もずっと、足りないままかもしれない、
だけど、桃色の空を見られたことは嬉しい、
景色に感動できたことは嬉しい、
空を追いかけて楽しかったことは嬉しい、
良かった時に文章を書くのも悪くなかった、