「波乱!高田明美先生にお会いする切符を入手せよ」
はじめに
※全て思い出の記録の為です。本筋は第2章です。先生への感謝の意を込めて。
第1章 襲撃
思えば、建物に入る前から不穏な空気が漂っていた。
ここは吉祥寺、東急百貨店。私は、早起きし、貧血と闘いながらもわくわくしながらやって来た。高田明美先生の、個展のために。
百貨店の前には、すでに軽い人だかりができていた。心なしか外国語がすごく飛び交っているように思ったけれど、各々目的があって百貨店の開店を待っているのだろうと、特には気に留めなかった。
呑気だったのだ。美術館に行くような感覚でいた。開店すると、「走らないで下さい!」と大声を出す店員さんを背に、まるでバーゲンセールに行くかのように、みんながひとつの場所に吸い寄せられるように向かっていく。
まさか、全員個展に行く人達だったんだ…!と今更気がついた。困惑しながらも、私も早歩きでついていき、個展スペースの入り口に辿り着いた。
ビーチフラッグ大会。それも無法地帯バージョンが開催されるとは予想できなかった。前代未聞の反則試合。レッドカード続出。審判も機能していない。理解しない間に私はふっとばされ、唖然とし、ふっとばされたところから後ろを振り返ると、餌に群がる鯉の大群のようになっており、信じられない光景に可笑しくなった。
そう、これが巷で話題の、外国人転売ヤー…!(最悪)
私達は、砂漠で何日間も遭難している極限状態で、目の前には水の入ったペットボトルが1本だけ置かれていた……..のではなく、吉祥寺の東急百貨店。
命を繋ぐ水を奪い合っているのではなく、そこにあったのは会場限定グッズだった。本来ならば、ファンの人達がゆっくり見ながら、ルールを守ってお買い物をするだけの在庫が十分にあった筈だ。
人間のような形相をしたヤバイ鬼達が、絵柄に迷うこともなく、あり得ない量のクリアファイルを一気に束で鷲づかみしていた。怖すぎる。子供だったら泣いていた。夢に出てくる。
スタッフの言うことも聞かない。グッズを片っ端から奪い取っては、日本語ではない言語で怒鳴っていた。(何故怒鳴る)
私と同じように困惑している、日本の本物のファンの方はすぐにわかった。すぐにでもこの惨状を共有し一致団結したかったが、悲しくも個人戦である。
もう、なんなのよお〜〜ッ!!と心の中でジョジョの登場人物のようになりながらも、こうなったらもうスタンドのごとく一瞬の隙間を縫い、(私の体力は現在、80代半ばの祖父よりもない気がする。貧弱。元気だった小学生の頃にバスケをしている最中、空いているところに滑り込むポジショニングが上手いと先生に褒められたことがある。ついに活かされる時が来た….!のではない。)
とにかく、隙間に滑り込んで欲しいものだけを手に取り、鬼達を置いて颯爽とレジの列に並んだ。とにかく、高田明美先生とお会いする切符を得るためには、いち早く列に並ばなければならなかったのだ。
長蛇の列は、灼熱という意味で、砂漠と化した。それでも、鬼達からひとまず離れられたことに安堵した。手に持った、高田明美先生の素晴らしく美麗な絵が描かれたもの達を、汚れないように、傷がつかないように、そっと慎重に持っていた。
すぐそばでは、鬼がどっさり品物を入れたかごを足元に置き、品物で顔を仰いでいたので二度見した。純粋なファンの方々は悲しみの声を漏らしていた。
(後で調べたところ、怪我をされた方もおり、先生もお辛い思いをされていた。本当に悲しくて悔しい。)
…….おまわりさんこっちです!!と言いつけたいところを諦めて、とにかく私は、私の世界を守ることに神経を注いだ。
1時間以上が過ぎ、やっとレジの順番が回ってきた…!
「サイン会には参加されますか?」スタッフの方。
やった〜!本当に嬉しくて、鬼達の鬼畜の所業から受けた受動ストレスも吹っ飛ぶ勢いで、はい!と答えた。実は列に並びながらも不安だった。サイン会は先着100名だったのだ。自分が100名の中に入れなくてもがっかりしないように、期待し過ぎないようにしていた。品物を持って列に並べただけでも、ラッキーだったと。
暑い中ストレスに耐えた甲斐があった。私はこういうことには運がある方だ。
その後は、るんるんで、飾られていた絵をひとつひとつ、鑑賞した。
心の中で(かわいい〜〜〜!)(可愛すぎる…..!!)(こんな風に色を重ねているんだ〜〜)(私もあれで色塗りをした時、こんな風にキラキラした仕上がりになったなあ〜!)とか、色々思い浮かべながら。
バレンタインは、告白の奇跡なので__
目の前の少女が
信じられないほど優しいまなざしを自分に向けていた時の
一字一句正確に記憶できた訳ではないけれど、絵に添えられていた先生の解説部分で、私が心の中でマーカーを引いた部分だ。
第2章 先生の答え
サイン会当日。
夢を見た。
亡くなった祖母が出てきて、手を繋いで歩いた。
私の祖母は生前、黒髪のボブで、赤縁の細い眼鏡をよくしていた。
高田明美先生が、黒髪に眼鏡をしている点には、恐れ多くも少し共通するところがあった。私にとっては親近感がある、そう感じていたので、先生にお会いする日に限ってその夢を見たのを、なんだか凄いと思った。(お会いする日だからこそ見たのかもしれない。)
一昨日ぶりの吉祥寺、東急百貨店。
グッズがすっからかんだったのもあり、鬼達は散り、もうビーチフラッグは開催されていなかった。
サイン会の列に並び、そわそわ先生を待っていると、ついに先生がご登場…. !
なんと、赤縁の眼鏡をしていた…..!
(これを書いている現在では記憶に自信が無くなってきた。眼鏡の縁に赤い部分があったことは確かだったと思う。)
順番の手前、色紙に書いてもらう名前をスタッフの方に書いて渡した。
私は前日の夜、フルネームにするか下の名前だけにするかを小一時間悩んだので、迷わずに名前を書くことができた。
(こういうことにすごくこだわりがある。それなのに優柔不断なので、別の鬼(本物)が出る世界では判断が遅い!と確実に怒られるだろう。)
ついに、私の順番が来た。
こういうサイン会は初めてだった。
初めて目の当たりにする、高田明美先生。本物の先生。
「初めまして….!」と私が言い、先生が色紙に書くサインペンの色を聞いて下さった。私はシルバーを選んだ。(これも前日の夜に決めておいた。)
先生がサインを書いている間、私が言葉を発さないので、先生の優しいお気遣いでペンが新しく補充された新品であることを教えて貰った。
咄嗟に本心で、「え〜!嬉しいです!」と、元気良く答えたけれど、今考えるとちょっと変だったかもしれない。私は、ただ黙っていたのではなく、心に決めて持ってきた一つの質問をするタイミングを伺っていたのだ。
先生がサインを描き終わると同時くらいに、質問を切り出した。
悩ましい質問をしてしまったかな…と一瞬思ったけれど、座っていた先生は、顔を上げて私の顔を見ながら、すぐに答えを教えて下さった。
続く先生の言葉は、私が予想していたものとはまるで違い、ああ….そういう、そういうことか…うわああ….そういう答えがあったんだ…わあ…..と腑に落ち、感極まってすこし泣いてしまった。
この世の真理。できることならば、一字一句メモを取りたかった。
思えば、今朝祖母の夢を見た時から、いつも通り泣くフラグが立っていた。江國香織の「号泣する準備はできていた」というタイトルが脳をよぎる。
とはいっても、流石に先生の前では号泣は控え、目に涙を溜めて顔をぱたぱたと仰いだ。
先生の側にいたお付きらしき方が、気を遣って下さったのか、「今日のお召し物もマミちゃんのようで素敵ですね、可愛いと思いますよ」と言って下さった。その時先生も同調して下さっていた気がするけれど、胸がいっぱいだったので、細部に関しては恒例の記憶喪失になっている。
吉祥寺まで来たついでに、前から行きたいと思っていた「猫の恩返し」の作中に出てくるクッキー屋のモデルとなっているカフェにも寄り道してみたり、とっても良い冒険だった。
ホームで「三鷹」と流れた時に心が躍って、そのまま太宰治ツアーにも行ってしまおうかと迷ったけれど、体力の限界もあり、またのお楽しみにとっておくことにした。
大切に持ち帰った、サイン入りの色紙と先生の言葉。私だけの秘密。
自分だけの特別なお守りが増えたようで、とても嬉しかった。
去り際に「頑張ります」と先生に言ったことが嘘にならないように、どうか、日々を、生き抜かなければらならない。忘れないように。
額縁の中に大切にしまった思い出は、部屋の中でもひときわ輝いている。