「あかちゃんの心に触れようとするのがベイビーシアター」 #保育士さんとつくるベイビーシアター を振り返る
2022年2月5日~6日で茨木クリエイトセンター上演した 保育士さんとつくるベイビーシアター の振り返りトークを記事にしました。
最初はあかちゃんを前にケアするモードになってしまう保育士のお二人でしたが、最後には、保育士さんだったからこそ見つけられた表現がありました。ベイビーシアターを通して保育士さん自身が感度を上げて、子どもを信頼して寄り添い関わるという原点に立ち返れたともお話しいただき、双方にとって非常に実り多い公演になりました。
■出演された二人の保育士さん
土肥 希理子さん(つちごえ きりこ)
子どもたち一人ひとりと丁寧に関りたいという思いから、現在は京都市内の小規模保育園に勤務。10名ほどの定員で、クラスもなく全員がまとまって暮らすような保育をしている。高校演劇からの演劇経験者で、現在も保育園勤務の傍ら演劇活動を続ける。
山本 紗織さん(やまもと さおり)
短大卒業後、児童養護施設→150人規模の認可園→企業主導型保育園→民間で運営する一時預かり事業と遊びの場を兼ねた神戸市の「PORTOポルト」に勤務。ピッコロ演劇学校で学び、演劇自体は10年ほどの関わりになる。
■ベイビーシアターでは子どもたちの「心に触れる」ことを目指していました
土肥希理子(以下、土肥):最初に弓井さんから、「あかちゃんとの関わりの中からシアターにしていこう」と言われましたが、難しく感じていました。一歩引いて全体をみる力が必要ですし、でも入り込まないと何も起こりません。その反面、本番では子どもを見ると安心・・・ ほっとした気持ちがありました。
山本紗織(以下、山本):稽古場に子どもたちが来てくれたときに、私も同じように感じました。
本番では、子どもを見ている親の反応がすごく助けになりましたね。お父さんお母さんが楽しそうにしていると、子どももをそれを感じ取るので、パフォーマーも含めて相互関係があり、親御さんがいることでより良い発展があったと感じました。保育では子どもたちとは関わりますが、親御さんが出てくるシーンはあまりありません。
ベイビーシアターでは、子どもと繋がることが親御さんたちとの繋がりをつくり、親御さんと繋がることが子どもと繋がることになると感じました。
――山本さんのアンケートで、「あかちゃんの心に触れようとするのがベイビーシアターの俳優と感じた」とありました。今仰っていただいたことと通じる部分があるのでしょうか?
山本:普段の保育では、安心安全やお世話の部分、あそびなども含め、身体的な接触が当然あります。あかちゃんの体に直接触れて関わるのが保育士で、それができるのが保育士の専門性だと思っています。
でも触る(さわる)と触れる(ふれる)は異なります。ベイビーシアターでは「心に触れる」ことを目指してやっていました。
一緒にいる人の心に触れようとしたときに、返ってくるものがあると感じましたし、保育でも大切なことだと感じました。
――心に触れるというと、非言語なコミュニケーションですよね。本番ではおしゃべりが上手な子もいましたが、思わず言葉で返したくなりませんでしたか?
山本:おしゃべり上手な子は私たちも意識していて、「もう言語の世界に行ってるんだね」と楽屋で土肥さんと話していました。
言語の世界にいる子たちにも触れられるものを作りたいと思っていたので、保育士は言葉で返すけど、ベイビーシアターではパフォーマンスとして返すことが出来たと思います。
普段の保育とは違う形で反応を返すこと、そうして子どもと関わることの楽しさや醍醐味をとても感じました。他方で、普段の保育の中では言葉で返すことが多かったんだなとも感じます。
「いっぱい喋れて嬉しいね」と言葉の獲得を評価することもありますが、言葉にならない思いも子どもたちはたくさん抱えているので、その部分を認めるプロセスが大事だと改めて感じます。
言葉を用いずにコミュニケーションしていく世界を、子どもも大人も楽しんで欲しいと思いますね。
土肥:ベイビーシアターは、言葉で返さないことで想像の余地を残すと思います。子どもが言葉でリアクションを返してくれたとき、言葉で返してしまうと、それが答えだと確定されてしまいますよね。
――ベイビーシアターを演じる一方で、保育士として熟練して経験が積み重なっていくと、想定外の驚きがあまり発生しないのではとも感じます。その点はいかがでしたか?
土肥:新鮮さが失われているかもしれないと、公演最終日にようやく気付くことがありました。
演奏を担当していた黒木さんから、「自分は子どもの些細な反応が新鮮に映るけど、土肥さんと山本さんは日常的に子どもに触れている分、突発的な対応にすごく慣れているね」と言われたんです。
保育士として仕事をやり続けていくために、ある意味で感度を下げていた所があるかもしれません。よほどのことが起こらないと、わっと気持ちが驚かないんですよね。でもパフォーマーとしては感度を上げなくてはいけないですね。
――保育士の経験があるメリットとして、保育士として仕事を積んできた土台があるので、視野が広いとも感じました。全体を把握していますよね。
一瞬でぱっと見て、他の子の動きを感じながら動いているように見えました。
保育士としての目や経験を持ちながら、ケアを一旦横に置いた状態での公演は、すごく楽しそうに映りました。
土肥:それは本当に楽しかったです!ケアの部分を、親御さんやスタッフさんなど信頼し合える人たちに任せられるので、やりやすかったと感じました。
普段の保育の現場では、一人で5~6人を見る必要がありますし、同時に安全管理もしなくてはいけません。本番では、自分自身のびのびとやることができたと感じます。
山本:私は「危なくないかな」という目が働いてしまい、集中しきれていなかったと反省することがありました。
土肥さんも仰るようにスタッフワークが素晴らしかったので、もっと信用ができたと思います。
悪いなと思わずに、人を信用してお願いしたり、親御さんを信用して、子ども自体を信用することが本当に大切だと感じました。
■上手く行かない時間の積み上げの末に、聖母のようなシーンに出会った
――弓井さんは、今回の公演をどのように感じられましたか?
弓井茉那/BEBERICA代表(以下、弓井):周りを信じることや、もっとあかちゃんを信じるということ。土肥さんも、大人に対してシャッターが閉じ気味だったのを、どんどん巻き込むようにシャッターをあけて切り替えてくれました。二人ともとても努力してくれました。
最初は稽古場にあかちゃんが来ると、二人はケアをする保育士モードになっていたので、それをほぐしながら、最終的にはとても変化してくれました。
自分自身の課題に取り組んでくれたと感じます。
口だけで説明するのは難しいのですが、すごく二人が美しかったシーンがありました。
美術セットの外にあかちゃんが出てしまった時に、土肥さんが即興的にあかちゃんを抱っこしてお母さんの元に戻してくれたシーンがありました。山本さんも、あかちゃんを抱いて現れるということがありました。
これは今までの俳優たちの中では、ハードルが高くてできなかったことです。あかちゃんを抱っこするということ、それを演技の中でできたのは初めてのことでした。
二人だからできたのだと、できる表現がみつかったのだと感じました。
とても美しかったし、あかちゃんが届けられると、お母さんもとても嬉しそうでした。
俳優が美しさを見せるのは並大抵のことではできません。本当に観客を信頼して、自分の心を出さないとできないことです。
二人は努力の末にそれができ、かつあかちゃんを抱き上げた。
上手く行かない時間の積み上げの末に、本当に聖母のように美しいと感じたシーンに出会いました。
シアターという場で、自分の子どもが他人から愛を持って接せられている光景はあまり見ないものです。家族や家から与えられるものとはやはり違います。
あかちゃんがふっと愛をもってお母さんの手の中に帰ってくる・・・脳裏に焼き付いて、今も忘れられないシーンです。
今回の試みは第一歩目ですが、保育士さんたちとのゼロからの作品づくりに可能性を感じました。
――視聴されていた方で質問はありますか?
視聴者:私も保育士をしていて1才の娘がいます。バレエやコンテンポラリーダンスをしていたので、機会があったらぜひベイビーシアターに挑戦してみたいと感じました。
保育士は研修にとても意欲的で、自己研鑽の意識が高い方が多いです。
ベイビーシアターに挑戦することで、自分の保育を振り返り、保育士として得られるものがたくさんあると感じました。
保育士は本来人間性の豊かさが求められるので、その意味でも、ベイビーシアター自体を保育研修の一環にできるのではと感じました。「あかちゃんの目線になってみよう」という公演前のワークは、演劇そのものですよね。子どもの目線をみんなで感じ、おうちの方と共有する場としてすごく良いと感じます。
出演者のお二人に質問です。ベイビーシアターの要素を、保育や子育て支援に活かせると感じたところはありますか?
山本:感度が高まったので些細なことに感動しますし、共感したいという思いが強く続いています。子どものやりたいことに自然と寄り添うことができていますね。
今までなら「次はこれしようよ!」と、積極的に遊びの提案を投げかける形でした。原点に返って、その子にそっと寄り添うことが大事だと気付きました。
今回の作品では、「観客をミラーする」=観客の真似をしながら心に寄り添うことをしました。それは人間としても当たり前に持ちたい感覚で、大事にしたい感覚ですよね。
保育士としても、親御さんとそんな関係を作ることが身に沁みて大事だと感じました。
土肥:感度が上がったのは本当にそうですね。あかちゃんが、音がしたことに対して首を振ったり、目が合って口角が上がったり。そうしたちょっとした反応に「あっ!」と気付けるようになりました。
ベイビーシアターを通して、保育士としての質が上がったと感じます。お便りノートに書けることがすごく増えましたね。
「こんなことをしたら微笑んで、大きい子たちの動きをずっと興味深そうに見ていた」と書けるようになりました。
普段見える子どもたちの幅がすごく増えているから、その積み重ねを持ってベイビーシアターに戻ったときに、また糧になると感じます。
保護者の方にあかちゃんの様子を伝えるとやっぱり嬉しそうで。具体的な話しをされると嬉しいですよね。
伝えることで、お母さんも見方を得ることができますし「うちでもそうでした!」と言われることもありました。
そういう意味でとても良かったと感じます。
視聴者:保育士自身が感度を上げて、子どもを信頼して関わって、寄り添って、その姿をまたおうちの方にお伝えして。
親子の関わりそのものを保育士が信頼して見ること、そしてフィードバックを返せることが、より良いことに繋がると思えました。
弓井:土肥さんと山本さんのお話しにとても感動しました。本当に参加してくれてありがとうございました。
進行:山下あやね、谷竜一(BEBERICA theatre company)
主催:京都芸術センター(明倫ワークショップ)
山下あやねさんプロフィール
1988年生まれ。鹿児島大学大学院教育学研究科修了。
幅広く、子どもと演劇に関わる教育活動を専門とする。
大学院在籍中は、小学校の「総合的な学習の時間」において、演劇を取り入れたコミュニケーション能力育成のための授業をファシリテーターとして実施。現在は静岡県にある保育士養成を行う専門学校で、未来の保育者の指導に当たる。その他、子育て関係の書籍へ監修・寄稿も行っている。