水に映す、わたしたちの社会の姿 ーあかちゃんとおとなのための演劇 ベイビーシアター 『水の駅』に寄せて
↓動画によるダイジェスト版もございます!↓
『水の駅』上演のきっかけ
BEBERICAに新しい風を吹かせたい
弓井:戯曲を使いたいな、という気持ちは実は2年ほど前からありました。
今までの作品の作り方は、私があかちゃんと「何を作りたいか」「何を一緒に考えたいか」といったテーマを先に見つけて、それを台本に落とし込んでいました。
そんな中で、私がかつて俳優として学んできたことをふと思い出したんです。俳優の仕事はもちろん「演じること」なんですが、それには色々な意味が含まれています。渡された戯曲をより深く理解すること、それからその戯曲の魅力を広げたり、あるいは再発見したりすること。そして戯曲から得たものをいかに作品という形にして外へ伝えるか、考え抜くこと。もしこの作業をあかちゃんと一緒にやってみたら、素晴らしい舞台が作れるんじゃないか、と思ったのがきっかけです。
演出として谷さんにお声がけしたのは、ここらでBEBERICAに新しい風を吹かせたいと思ったから。私の目から見て谷さんは「パーク(公園)」を作る演出家なんです。私の恩師である佐藤信さんが仰っていた言葉に「劇場は広場である」というものがあって、私たちが作るベイビーシアターはまさにそういった演劇空間なんですね。いわゆる公園や広場のひとつというか。
谷さんの持つ演劇観はそういったパブリックな視点を非常に大事にしていると思います。谷さんだったら、観客がどういう体験をしたり、どう動いたりするかを設計してくれるのではないかと。お客さんや参加するあかちゃんをどう定義するか、どのように巻き込んでいくか、という部分を考えられる演出家ってそう多くはいないと思うので、今回新たな挑戦の一歩に携わってくれること、とても嬉しく思っています。
谷:僕は以前から、弓井さんの主催するベイビーシアターの研究会に参加したり、BEBERICAの作品にもドラマトゥルクというか、相談役のような形で関わっていたんです。あかちゃんや子どもに対しては、母が保育士だったり、大学で教育学部に在籍していたのもあって、わりと元から抵抗がない方だと思います。
アートとの関係でいうと、山口情報芸術センターで働いていた時に「コロガルパビリオン」(2015年)、「コロガルガーデン」(2016年)というプロジェクトにスタッフとして携わりました。このプロジェクトは、大人と子供が楽しめるメディアの仕掛けを多用したインスタレーションを、<公園>というコンセプトで展開するものなんです。そこでは多くの子どもたちやあかちゃんと接する機会があり、あかちゃんというのは実に感覚が繊細で、思っていたよりもたくさんのリアクションをしてくれるんだなと気付いたんです。今は僕自身にも上が2歳と下が0歳の子どもがいて、より身近な存在になりましたね。
そんな中で、今回弓井さんにお話をいただき、そういえば僕はまだあかちゃんに演劇をみせたことがないし、あかちゃんがみるであろう演劇を作ったことがないなとしみじみ思いまして。これは僕にとっても今後のために非常に良い経験になると感じています。"自分だけが観るもの" を作るのではなく、
"自分以外の人が観るもの" を作るからこその面白さというものがある。なので、幸いにもこうして演出を担当する形で公演に参加することができて良かったなと思います。
『水の駅』の魅力とは
そこに水道があって、ただ水が流れている
弓井:まず一つは個人的な思い入れの深さですね。作者の太田省吾さんは私の大学時代の先生でもあるんです。
それから作品としても『水の駅』はとても衝撃的な戯曲だと思います。俳優はかなりゆっくり動くし、セリフもないし、舞台装置として水が出る水道がポツンとあるだけ。だけど、そのシンプルさが実はあかちゃんが物事をとらえる時の視野にすごく近いなあと思うんです。あかちゃんって、根源的に物事をみていると思っていて。大人が見ているようなものとは違う、非常にシンプルで本質的な「問い」をもって「水」をみてくれるのではないか、という期待があります。
そこに水道があって、ただ水が流れている。この単純な構造こそが、あかちゃんと相性抜群だと思うんですよね。
『水の駅』では水道の周りに人々が集まり去っていくという単純な光景が繰り返されます。それは太田省吾さんの目に映った、1980年代当時の社会の人々の「像」だと思うんです。そういった人々を描くことによって、観客に社会というものを再提示していたのではないでしょうか。
いわゆる一般的な演劇ではお客さんは舞台に上がることはできませんが、ベイビーシアターの場合はあかちゃんが舞台に入ってくる可能性も想定しています。その時、あかちゃんは「舞台=私たちが再提示している社会」に入ることになるんです。それが私が描きたい『水の駅』の姿でもあります。私たちが描く社会にあかちゃんが入ってくることで、俳優とコミュニケーションをとったり、別のあかちゃんやお客さんと交流したり、みんなが「水」と触れ合ったり……そんな光景をすぐに想像することができたのも、この『水の駅』を上演しようと思った理由のひとつです。
谷:『水の駅』を扱うことに関しては全く違和感がなくて、弓井さんの提案を聞いてすぐ了解しましたね。この戯曲は、「水が出ているところに色んな人がやってくる」っていう、とにかくそれに尽きるんです。でもその「色んな人」って、はたしてどういう人なんだ?ってことを改めて問い返されるようでもあります。
『水の駅』って作る側としてはかなり難しいんです。構造が非常にシンプルなので、演出家の腕や演劇観を強く問われる。僕がいつか取り組んでみたいと思っていた名作のうちの一つなのですが、あまりできる気がしないし、わざわざ僕がやる理由もないなと思っていて。そんな時にベイビーシアターとして、あかちゃんと一緒に観るつもりで作る、ということになり、フッと「これはいけるぞ!」と手応えを感じたんです。自分の中でバラバラだったパーツが揃ったというか。それが一体どういうことかっていうのは、大人のお客さんに注目してほしいポイントかなと思います。
新しい演出って、新しいお客さんを迎え入れるために生まれるものだと思うんです。時代が変わったりお客さんの対象が変わったり、あるいは空間の広さや地域の変化などですね。今回は、あかちゃんとみるという前提が加わったおかげで、新しい演出への挑戦が可能になったと言えます。世の中にたくさんの『水の駅』がある中で、この『水の駅』が最高なのでは?!と思えるような上演にしたいと思っています。
谷:めちゃくちゃ普通に『水の駅』作ってますよ(笑)。全然ひねりなし! 幸いスタッフにもあかちゃんのいる人たちがいるので、直接あかちゃんにみてもらいながら「あ、今のはちゃんとみてくれたね」、みたいなことを確認したり、愚直に積み上げながら素直に良い上演をやろう、という風に落ち着いてきています。
とにかくみんなで色々と探りながら、使えるものは全て使って面白い上演にしたいと思っています。今まではその面白さを共有して一緒に遊べる相手が大人中心でしたが、今回はあかちゃんとも遊べるのがいいなと思っていますし、共演の方々もナイスな人たちが揃っているので、そういう人たちとあかちゃんが『水の駅』に集まってひとしきり遊んで帰ってくれたらなと。さっきは上演の難しい戯曲なんて言いましたが、お客さんたちは気軽に来てもらって大丈夫ですよ!と言いたいです。
おわりに
谷:BEBERICA theatre companyの新作『水の駅』、だんだんと形が見えてきてますます面白くなってきたと思います。ぜひ劇場でお会いできると嬉しいです。
弓井:『水の駅』は大人単独の観劇も大歓迎です。各回の数は限られてしまうのですが、ぜひお気軽にお越しいただければと思います。そしてお近くにあかちゃんがいらっしゃる方にも、こういう公演があるよ、とお伝えいただけたらと思います。あかちゃんがみられる演劇というものは、日本ではそうたくさん開催されているわけではないので、ぜひこの機会にみなさんと一緒に楽しみたいです。
ベイビーシアター 『水の駅』公演概要
【話し手/プロフィール】
谷 竜一(たに りゅういち)
詩人/演劇作家 舞台芸術ユニット「集団:歩行訓練」代表。1984年福井県大飯郡高浜町生まれ。山口大学教育学部卒。東京芸術大学大学院音楽研究科芸術環境創造領域修了。社会に内在する演劇性を基盤に、シリアスに、しかしあくまで軽やかに作品を答えるべき問題に転化する作風で、独特の評価を得ている。主な作品に『ゲームの終わり』(2013, 作:S.beckett)、『不変の価値』(2012, F/T12公募プログラム他)。現代美術や文化・芸術関係事業のディレクターとしても活動。『コロガルパビリオン』プレイリーダー(山口情報芸術センター[YCAM], 2013-2014)など、教育普及事業や参加型のアートプロジェクトの現場にも関わりが深い。京都芸術センターアートコーディネーター、京都府地域アートマネージャー(山城地域担当)を経て、2021年より京都芸術センタープログラムディレクター。BEBERICA theatre companyではこれまでドラマトゥルクとして協働。『水の駅』が初のベイビーシアター作品の演出となる。
弓井 茉那(ゆみい まな)
BEBERICA theatre company代表、一般社団法人日本ベイビーシアターネットワーク理事、演劇教育者。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)、座・高円寺劇場創造アカデミーで舞台芸術と演劇教育を学ぶ。俳優として10年ほど活動し、その後ドイツ・デュッセルドルフの児童青少年劇場で演劇教育士として、日本人コミュニティへのアウトリーチ、インリーチプロジェクトに従事。国際児童青少年舞台芸術協会の世界大会のプログラムで次世代の担い手の一人に選ばれる。2016年より、0~2歳の乳幼児とおとなを観劇対象とする演劇作品 「ベイビーシアター」 を制作するBEBERICA theatre company(ベベリカ・シアターカンパニー)を設立。2020年にアジア初となるベイビーシアター実践家のネットワーキングを目的とした国際イベント「第1回アジアベイビーシアターミーティング」を開催。共訳書に『出産を巡る切り絵・しかけ図鑑』(化学同人)。
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